【投稿】盗人猛々しい:福島第一原発放射能汚染水の海洋放出計画
福井 杉本達也
1 無理やり福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出しようとする岸田政権
東京電力福島第一原発1~3号機のメルトダウンから12年、溶け落ちた核燃料(デブリ)は今後も半永久的に冷却し続けなければならない。原発事故の終息などというのは夢想にすぎない。ましてやデブリの取り出しなどというのは永久に不可能である。デブリを冷却するために注入する水や、流入する地下水が直接デブリに接することで大量の放射能汚染水が発生し続けている。原発の敷地内のタンクにこの放射能汚染水を貯め続けてきたが、その数は現在、1083基=全容量(137万トン)の98%(134万トンあまり)にも上っている。しかも、今でも、毎日100~130トン前後の汚染水が生じている。
菅前政権は、2021年4月・東京電力福島第一原発で増え続ける放射能汚染水の処分に関し、2年後を目途に海洋放出の方針を正式決定した。そして、今年に入り、岸田政権は1月に「海に放出し始め時期について2023年の『春から夏ごろ』との見通しを示した」(日経:2023.1.14)。しかし、放出反対を貫く漁業者に対しては、西村経産相は「『風評対策の徹底に万全を期す』と述べた。水産物の消費拡大など、地元や漁業者の理解を得るための取り組みを続りる。」(日経:同上)として、漁業者の懸念は、あくまでも「風評」であり、「実害」の放射能汚染はないとの一方的な主張を行った。札束でひっぱたけば賛成するだろうと、完全に地元住民をなめ切った対応である。6月26日には海洋放出に使う約全長1,030mの海底トンネル工事が完了。7月には「IAEAの安全基準に合致している」と結論づける報告書を公表、国際的お墨付きも得たとして強引に進める考えである。
2 尹韓国政権の抱き込みも図る
米国の強い圧力下で、韓国の尹錫悦政権は日本との関係改善を図るため、「汚染水」という言葉を「処理水」に変えることを考えている。韓国政府は5月に専門家による視察団を福島第一 原発に送った。しかし、「日本側が説明してきた安全性は十分浸透していない。韓国の野党が主導して放出に反対」し、尹政権を批判している(日経:2023.7.4)。「処理水の放出で海水を原料とする塩が汚染されるとの情報が出回り、ス一パーなどで塩の買い占めが起きた」(日経:同上)。
カン・ビョンチョル氏は、『ハンギョレ日本語版』において、「科学の名で他人の無知を批判したいという誘惑にかられた時は、まず自分が十分に知っていのるかを振り返ってみるべきだ。…政府与党が先頭に立って汚染水の海洋放出の安全性を擁護しているのは、おかしなことという次元を超え、超現実的だ。日本の立場を理解したとしても、それは日本政府がなすべきことではないのか。私は、今回のことが悪い先例となって放射性物質の海洋投棄が日常化するのではないかという恐怖を感じる。」(「安全なら海に捨ててもよいのか」カン・ビョンチョル:hankyoreh japan:20230.7.24)と書いている。
3 汚染水に含まれるトリチウムの危険性
国・東電はトリチウムはエネルギーの低いβ線しか出さないから安全だと主張している。隣国の韓国や中国も日本の原発以上に放出していると主張している。確かに、トリチウムの出す放射線のエネルギーは18.6keVとセシウムの1/7である。それでも私たち身体の細胞結合の1000倍ものエネルギーであるから、放射線を受ければ細胞はズタズタになる。トリチウムは三重水素で、自然界では酸素と結合して水として存在するから、水から水を分離することはできない。福島第一の放射能汚染水は国の基準をオーバーしている。これを海水で薄めて、濃度を国の基準の40分の1となる1リットル当り1500ベクレル未満まで下げ、太平洋に流してしまえという理屈だが、薄めてもトリチウムの総量は変わらない。タンクに入れておけば目に見える。海に捨ててしまえば見えなくなるというだけの発想である。見えなくなれば原発事故を「なかったことに」できるという浅はかな考えである。しかし、福島第一の溶融したデブリは永久に取り出せない。常に地下水が接触し汚染水は増え続けるから永久に海に捨て続けなければならないので「なかったことに」できるはずはない。
4 「汚染水」は「汚染水」―「処理水」ではない
松野博一官房長官は、7月6日、「放射性物質トリチウムの年間放出量は中韓両国を含む海外の多くの原子力関連施設と比べて低い水準にあると説明した。放出計画について『核汚染水』などと批判する中国に反論した(日経:2023.7.7)。しかし、溶融したデブリに接触した「放射能汚染水」と、正常に運転されている原発の炉心に直接接触していない「排水」は本質的に異なる。発生源が異なり、含まれる放射性核種が異なり、処理の難度が異なる。デブリに接触してきた「汚染水」には、含まれる核種が極めて多く、ALPSで取り切れないものも多数含まれまれる。原発が動いている段階では、トリチウムを含め核分裂成分はジルコニウムという金属製のパイプでできた燃料棒に閉じ込められている。燃料棒の中に閉じ込められていればまだ良い。ところが、福島第一原発では、この燃料棒が溶け落ちて、中に閉じ込めっれているべき核分裂成分が全て外に出てきてしまった。そのデブリを冷却水で冷やし、また地下水も湧き出ている。事故を起こした崩壊した炉心を通した水である。トリチウム以外に62種の放射性物質があり、濃度や組成はタンクによって均一ではない。通常運転時に放出されるトリチウムと同一視することはできない。「汚染水」という表現こそが科学的であり、「処理水」と表現するのは、「詭弁」である。
5 「人類の生命・健康にかかわる」と日本の強引な動きをけん制する中国
7月14日、ジャカルタのASEANと日中韓3カ国の外相会議で、中国の王毅政治局員は「処理水を『核汚染水』と呼び、海洋政出は『海洋環境の安全と人類の生命・健康にかかわる』などと批判した。」(日経:2023.7.15)。’これに対し林芳正外相は「科学的観点から意思疎通する」と反論した。
その後、7月18日には、中国税関当局は日本からの輸入海産物に対する全面的な放射線検査を始めた。また、香港もこれに追随した。日本からの海産物の輸出に占める割合では、中国・香港を合わせると約40%を占め、日本の漁業にとって大きな打撃となる。
7月27日付けの『人民網日本語版』は「日本は、国際社会、とりわけ利害関係者と十分な協議を行わないばかりか、世界の反対を押し切ってまで原発汚染水の海洋放出計画を強引に推し進めている。」とし、「原発汚染水の処分問題において、日本は誠意ある協議の原則に従うどころか、自国の過ちを認めずに他国を非難し、日本側の提案した科学に基づく専門家同士の対話を中国側が再三拒否してきたと主張した。これは、原発汚染水の海洋放出の強引な推進という誤った決定を日本が全く考え直していないことを示している。日本は自問すべきである。日本が海洋放出という結果をあらかじめ設定した前提の下で対話や協議を行うことに何の意味があるのか。日本に本当に協議をする誠意があるのなら、海洋放出開始の一時停止を宣言し、近隣諸国など利害関係者による原発汚染水の独自のサンプリング・分析を認め、海洋放出以外のあらゆる可能な処分方法を検討することに同意すべきである。」と書いている。これ以上強引に海洋投棄を行おうとすれば、漁業関係者のみならず、日本は放射能による被害ばかりか経済的にも大きな打撃を受け、国際的信用も失墜する。中国を始め国際社会の声に真摯に対応すべきである。