【投稿】斜陽の帝国アメリカと供に、没落する日本
福井 杉本達也
1 「カニが高い」と日本人観光客がひと騒動
「カニでひと騒動」:9月30日付けの日経新聞は、シンガポールの名物料理「チリクラブ」で、「日本人観光客が食事後にカニ1匹に 938シンガポールドル(約10万円)を請求されたことに反発し、警察を呼ぷ騒動となった」、「来店した日本人客が料金を高額に感じた背景には、円相場がシンガポールドルに対して過去2年で3割下落した影響もあるだろう」(日経:2023.9.30)との小話が掲載された。
「円の実力過去最低」・「8月 円安響き1970年を下回る」。国際決済銀行(BIS)の21日発表によると、8月の実質実効為替レー卜(2020年=100)は73.19と、これまで過去最低だった1970年8月(73.45)を53年ぷりに下回った。「足元の円安が1ドル=360円の固定相場制だった当時よりも円の価値が相対的に割安になった」ことを意味する。「実質実効レートの低下は、日本人が海外旅行で支払ったりモノを輸入したりする際の負担が増えていることを示す」。逆に、インバウンドは日本のモノ・サービスが割安であることを意味する(日経:2023.9.22)。
2 「円」の崩落が始まっている
千葉商科大学の磯山友幸教授は「ひと昔前は安かったアジア諸国でもレストランに入ると日本と変わらないくらいの価格になっている。アジア諸国が経済発展して物価が上昇していることもあるが、それ以上に日本円が猛烈に安くなったことが大きな要因になっている」、「もはや『円』の崩落が始まっている」と書いている(2023.9.30)。
「『安いニッポン』の元凶は10年続くアベノミクスだ。安倍、菅、岸田の歴代自民党政権が、30年以上、浮上できずにもがき苦しむ日本経済にトドメを刺した」。「ドルベースの1人あたりのGDP(国内総生産)は、民主党政権の頃は6兆ドルありました。ところが、円安が加速し、安倍政権で4兆ドル、岸田政権では3兆ドルまで縮んでいます。安倍氏は『悪夢の民主党政権』と批判していましたが、民主党政権当時の日本は頑張っていた。いまや日本は先進国とは言えず、中進国です。汗水たらして働いても、海外の物が買えなくなった日本人は幸せなのでしょうか。購買力平価やビッグマック指数、企業の実力から考えても、バランスが取れるのは1ドル=100円程度です。超円安の結果、実質実効レートは1970年ごろに戻っている。1ドル=360円の時代です。歴史を50年前に戻してしまった。50年間の日本の成長を全部吹っ飛ばしてしまいました」(斎藤満氏:『日刊ゲンダイ』2023.10.1)。
3 没落する日本
『日刊ゲンダイ』は、「円の価値を下げ、国の価値を下げたことで、産業、物流、小売り、人材、あらゆる現場に構造的なひずみが生まれている。それなのに、岸田は根本的な対策に手を付けることなく、相変わらずのバラマキ政策に邁進する」と続けるが(2023.10.1同上)、問題は、なぜ、「円の価値を下げ、国の価値を下げ」続けるのかである。
日本没落の原因はどこにあるのか。コロンビア大学のジェフェリー・サックス教授によれば、1980年代日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(Japan as Number One: Lessons for America)となった。日本は半導体やその他の分野で圧倒的な製造大国となった。しかし、米国は、日本の経済を止めなければならないと考えた。そこで、対米輸出を止めさせるため輸出制限を課した。そして日本円を大幅に切り上げた。いわゆる、1985年9月のプラザ合意である。「これは驚くべきアイデアであった」。1980年代末には日本の成長は止まった。日本は公の場でそれを受け入れた。1990年代半ば、日本のある経済政策立案者と話をしたとき、私は「通貨安にできないのか」と尋ねた。そうすると彼は「ジェフ、アメリカがそれを許してくれない」と答えた。日本が直面したのは地政学だった。アメリカの支配下にあったため、直接文句を言わなかったと述べている(ShortSort News 2023.9.20)。
現在も同様の状況が続いている。円安を阻止するにはドル売り介入する必要がある。日本の外貨準備高は1兆2510万ドルであり、他のG7諸国の約4〜13倍に積み上がっている。過去20年間で4倍となっている。そのほとんどを米国債が占めている。一方、3.1兆ドルと、世界最大の外貨準備高を持つ中国の米国債が占める比率はどんどん少なくなっている。中国が保有する米国債の2022年12月末の保有額は8670億ドル(約116兆円)と、12年半ぶりの低水準になっている(日経:2023.2.16)。日本以外には誰も米国債を買うものはいない。そこに日本が米国債を売り円買い介入するということはドル暴落を誘発する。債務上限問題で揺れる米国としては何としても避けねばならない事態であり、今日も「アメリカはそれを許してくれない」のである。米国債を買わされることによって、日本がウクライナ戦費を負担している。
4 米欧の物価を支配するOPECプラス
「サウジアラビアは5日、ロシアの輸出制限とともに自主減産の延長を表明し、市場の価格に大きな影響をあたえる自国の力を誇示した」「インフレ克服に苦しむ米国を露骨に挑発している。」「サウジは8月、南アフリカで開いたBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南ア)首脳会議に外相が参加し、正式にこの枠組みに加わることを決めた」(日経:2023.9.7)。原油は1バレル100ドルの大台に迫ってきた。世界的なインフレ再燃の懸念が強まっている。
1986年、CIA長官を務めていたウィリアム・ケーシーはサウジを訪れ、原油採掘量を増やすよう協議した。サウジは採掘量は日産200万バレルから1000万バレルに増やした。価格は1バレル32ドルから10ドルに急落した。ソ連経済にとっては、石油による大収入にすでに慣れていたため、これは致命的な打撃だった。1986年だけでも、ソ連は200億ドル(ソ連の歳入の約7.5%)以上を失った(ゲオルギー・マナエフ「サウジアラビアの石油政策がいかにソ連崩壊につながったか」:『ロシア・ビヨンド』2020.3.14)。そのサウジとロシアが今度は同盟を組んで米欧の物価を支配する権限を握った。米国はインフレに対応するためさらにドル紙幣を印刷する必要に迫られた。また、インフレを他国に“輸出”するため高金利政策をとる必要がある。結果、日本の円は実効為替レートでは50年前の1ドル=360円台に戻ることとなった。米国にとって日本への債務(米国債)は返さなくてもよい借金である。ドルを切り上げ、円安に誘導すれば、安い日本製品を手に入れることができる。結果的にインフレを抑えることができる。いくら輸入しても紙屑となる恐れのあるドル紙幣を印刷して支払えばよい。しかし、それは日本だけである。サウジは「ペトロ・ダラー」体制に見切りをつけた。BRICSはドルを使わない貿易決済を始めた。ドル暴落の足音は着実に迫っている。岸田政権は、これ以上国を売ることをやめるべきである。