<<「影の大統領」イーロン・マスク>>
米大統領選に勝利して7週間、1月の大統領就任までは、そして就任後しばらくは、いわば「蜜月期間」であるはずであったが、トランプ氏自身の行動によって、蜜月も台無しと化している。
12/21、米議会両院は政府資金を3月14日まで延長する土壇場の資金パッケージを可決したのであるが、トランプ氏は、連邦政府を今後3か月間維持するための最新の法案で共和党を統一することができず、実に下院共和党議員38人が法案に反対票を投じたのである。トランプ氏は、次期政権にとっても足かせとなりかねない債務上限の撤廃を「アメリカ第一のアジェンダに不可欠」と強調したにもかかわらず、公然と反対票を投じられる事態に追い込まれたのである。ポリティコ紙は「共和党、トランプ氏に逆らう」と表現している。
ことここに至る前段階で、トランプ氏最大の支援者イーロン・マスク氏は、下院共和党ジョンソン議長が当初提案した超党派の下院支出法案について「可決されるべきではない」と宣言し、法案を廃案にするよう圧力をかけ、旧ツィッターXで2億人を超えるフォロワーに、議員に反対票を投じるよう呼びかけ、賛成票を投じた共和党員は2年以内に議席を失うことになるだろうと警告、脅し、廃案に追い込んだのである(12/18)。混乱と混迷の末、12/21早朝、下院と上院は支出計画の別のバージョンを可決したのであった。しかしそれは、債務上限の延長または廃止というトランプ氏の要求を含まないものであった。
トランプ氏がマスク氏に振り回され、二番手として振舞っている、マスク氏は「影の大統領」のように振舞っており、年老いて疲れ果てたトランプ氏を「鼻先で」操っているとまで揶揄される事態の出現である。
次期トランプ政権が大幅な財政赤字の拡大を提案したとき、たとえ2人でも反対に回れば、トランプ氏が公約に掲げたチップ課税なし、社会保障課税なし、残業課税なしなど、4兆ドルにも及ぶ減税法案の成立は見通せない事態の出現である。
12/22、慌てたトランプ氏はMAGA支持者への演説で、「私が言えるのは、彼(マスク氏)が大統領になることはないということだ」と主張し、「そして私は安全だ。なぜか分かるか? 彼は大統領になれない。彼はこの国で生まれていないからだ」と発言(マスク氏は南アフリカ出身)、この発言が拡散、「これではマスク氏が次期大統領であることが確認される」、「これはJD・ヴァンス(次期副大統領)にとって非常に侮辱的である」と、さらなる逆効果の事態である。
トランプ氏に反対する現職および元共和党員のグループ、リンカーン・プロジェクトは、「歴史上、大統領に選ばれた人物がこんなことを言わなければならなかったことはなかった」と述べ、「トランプ 彼は弱い」と断じている。
<<トランプ次期政権がすでに経済を破綻させている兆候>>
トランプ氏は、次期政権の経済政策の最重要課題として、大幅な金利引き下げを米中銀・FRBに実行させることに焦点を当てている。ところが、FRBのパウエル議長は、12/18、金利を0.25ポイント引き下げたが、「インフレをめぐる不確実性」から、来年の利下げは市場の予想よりもはるかに控えめになると示唆する声明を発表した。これも、いわばトランプ氏に忠誠を誓うものではなく、トランプ氏にとっては予想外であった。この声明を受けて、ダウ工業株30種平均は1123ポイント下落し、終値は1日の安値付近で、10日連続の下落となった。ウォール街のメガバンクは、この日大きな下落を見せ、モルガン・スタンレーは5.25%下落。ゴールドマン・サックスは4.25%下落、シティグループは4.22%下落、バンク・オブ・アメリカは3.44%下落、JPモルガン・チェースは終値で3.35%下落した。(パウエル議長がトランプ次期大統領に大胆なメッセージ)
トランプ氏が、あらゆる輸入品に高関税を課すと脅し続けていることから、引き続くインフレを予測し、FRBは将来の利下げを控えたのだとも言えよう。実際、トランプ氏は「私はEUに対し、米国との莫大な赤字を米国の石油とガスの大量購入で埋め合わせなければならないと伝えた。さもなければ、関税一辺倒だ!」と発言している。
さらにパウエル氏は、記者会見で、トランプ氏が仮想通貨の大口寄付者に対してビットコイン戦略準備金を創設するという約束にFRBが関与するだろうという見方を全面否定し、「我々はビットコインを所有することは許されていない」と述べ、「FRBの法律変更は求めていない」と断言したのである。この発言により、ビットコインは急落に見舞われる。
当然、トランプとパウエルの対決が準備されている、と言えよう。
すでに全米製造業協会は、大統領選後の調査で、2025年の設備投資はわずか1.6%しか伸びないと予測している。バイデン政権の破滅的とされる経済政策の下で、たとえまやかしといえども3%以上だった国内総生産(GDP)成長率は、すでにトランプ政権下では来年2.7%に低下すると予測されている。経済収縮にもかかわらずインフレが進行するスタグフレーションの深化である。
公式統計をまとめているウェブサイト「トレーディング・エコノミクス」によると、名目賃金の伸びは10月の5.6%から、2025年第1四半期、第2四半期、第3四半期にはそれぞれ4.7%、3.5%、2.5%に低下する。実質賃金は来年伸びなくなるか、下がり始める、トランプ政権の下での実質賃金の低下である。潤うのは富裕層のみ、さらに貧富の差が拡大することが確実視さる兆候である。
まさに、「トランプ大統領が経済を破綻させている兆候はすでに現れている」と言う現実である。(newrepublic.com December 23, 2024)
<<トランプ「帝国主義」の併合希望リスト>>
10/21、トランプ氏は、通行料が高いためパナマ運河の早急な返還を求めると述べ、運河は「他者の利益のために与えられたのではなく、単に私たちとパナマへの協力の証として与えられたものだ。この寛大な寄付の道徳的および法的原則が守られない場合、私たちはパナマ運河を全額、そして疑問の余地なく私たちに返還するよう要求する。」とパナマ運河の奪還を宣言した。イーロン・マスク氏はこの発言を大歓迎、「2025年は素晴らしい年になるだろう2025年は素晴らしい年になるだろう」と応じ、その後、トランプ氏は、運河の名前を「米国運河へようこそ」と変更して応じる軽率さである。
ただちにパナマのホセ・ラウル・ムリーノ大統領は、同国の主権は交渉の余地がなく、1977年の条約に基づきパナマ運河は完全にパナマのものであると、トランプ氏の要求を拒絶した。隣国コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、「私はパナマの側に立ち、その主権を守るつもりだ…もし米国の新政権がビジネスについて話し合いたいなら、我々は直接会って、国民のためにビジネスについて話し合うが、名誉と尊厳については決して交渉しない」とペトロ氏はXで語り、トランプ氏の発言は地域の安定に対する侮辱だと断言している。
さらにトランプ氏は、12/22、グリーンランド獲得の夢を再び持ち出し、購入は「世界中の国家安全保障と自由」に必要不可欠だと位置付け、これまたイーロン・マスク氏はソーシャルメディアで「おめでとう!アメリカがグリーンランドを獲得できるよう支援してください」とツイートしている。
グリーンランドの首相であるミュート・ブールップ・エゲデ氏は、グリーンランドは「決して売りに出されることはない」、「私たちは売り物ではないし、これからも売り物にはならない。自由を求める長い闘いに負けてはならない」と断固たる拒否のメッセージを発している。
トランプ氏はまた、12/18の投稿で、カナダの首相を「知事」と呼び、「多くのカナダ人がカナダが51番目の州になることを望んでいます。税金と軍事的保護を大幅に節約できます。素晴らしいアイデアだと思います。51番目の州!!!」と宣言している。
さらに加えて、トランプ氏は、米国はメキシコに年間3000億ドルの「補助金」を出していると主張し、「補助金を出すなら、州にしましょう」とまで述べている。トランプ氏と政権移行チームの幹部は、「メキシコをどの程度侵略すべきか」という問題も検討しているとまで報じられている。
いずれも「冗談か」と思われる軽率な発言であるが、トランプ「帝国主義」の併合希望リストとしては、切実な帝国主義的願望を反映していると言えよう。放置されてはならないし、徹底的に孤立化させること、平和と緊張緩和の流れを形成させることこそが要請されている。
(生駒 敬)