<<「H-1B」問題の浮上>>
1/20に米トランプ次期大統領の新政権発足が控えているにもかかわらず、政権与党・共和党内部、そしてトランプ再選の原動力となってきたMAGA運動(Make America Great Again・アメリカを再び偉大に)内部の亀裂が露呈し、対立が先鋭化し始めている。
きっかけは、移民排除をめぐる外国人労働者問題の浮上である。対立の発端は「H-1B」ビザプログラムである。このビザは、大卒資格を必要とする専門職を対象とし、最大6年間の滞在を許可する、外国人材の就労ビザであるが、大手独占企業とハイテク企業が、差別的な低賃金労働を確保する手段として徹底的に利用し、多大な利益を享受してきたことにある。
このビザについて、経済政策研究所(EPI)は報告書(April 11, 2023)で、H-1Bビザは「米国労働者の賃金や労働条件に悪影響を与えることなく、熟練職種における真の労働力不足を補う」ために使用されていない実態を明らかにし、「テクノロジー企業やアウトソーシング企業は、大量解雇の時期にH-1Bビザプログラムを悪用し続けている。上位30社のH-1B雇用主は、2022年に34,000人の新規H-1B労働者を雇用し、2022年と2023年初頭に少なくとも85,000人の労働者を解雇した。」ことを明らかにし、「このプログラムを支配している残りの企業は、熟練した移民労働者に低賃金を支払い、米国の仕事を海外に移転することでこのプログラムを悪用するアウトソーシングビジネスモデルを採用している」現状を厳しく警告している。
しかも、雇用主はH-1B労働者に市場価格よりはるかに低い賃金で労働者を雇用し、なおかつ雇用主がビザを管理しているため、転職を事実上制限し、劣悪な労働条件を長期にわたって強制することによって、膨大な超過利潤を懐に入れてきたのである。
そして現在、インドの報告によると、2023年には約69,000人の低技能、中技能、高技能のインド人がH-1Bビザを承認され、さらに210,000人がビザの3年間延長を受けている。さらに少なくとも60万件のインド人H-1Bビザについて、イーロン・マスク氏にグリーンカード取得の支援を求めている、と言う。
こうした横行するH-1Bビザ乱用のその最大の受益者の一人が、トランプ氏に代わる「影の大統領」と言われるイーロン・マスク氏である。トランプの再選活動に2億5千万ドル以上もの資金を投じた世界一の富豪イーロン・マスク氏にとっては、「就労ビザ制度がなければ、ビジネス界(あるいは現在の政府)で現在の地位にまで上り詰めることはなかった」と自ら述べている。
対して、トランプ氏のMAGA運動の支持者たちは、このプログラムこそが米国の雇用を奪っていると主張し出したのである。
<<トランプ氏の寝返り・裏切り>>
そしてトランプ氏自身も、前回大統領選に際し、2013年の声明で「私はH-1Bビザの使用を永久にやめ、アメリカ人労働者の雇用を絶対的に義務付ける。例外はない。」と断言し、「H-1Bプログラムは高度技能でも移民でもありません。これらは海外から輸入された一時的な外国人労働者であり、アメリカ人労働者の代わりを低賃金でするという明確な目的があります。私は、横行するH-1Bビザの乱用をなくし、フロリダのディズニーでアメリカ人が外国人の代わりを訓練することを余儀なくされたようなとんでもない慣行を終わらせることに全力で取り組んでいます。私は、H-1Bビザを安価な労働力として利用することを永久にやめ、すべてのビザおよび移民プログラムにおいて、アメリカ人労働者をまず雇用するという絶対的な要件を制定します。例外はありません。」と公言していたのである。
ところが今回、トランプ氏は、何と、イーロン・マスク氏に同調し、高度な技能を持つ労働者の移民ビザを支持すると述べ、「私は所有する不動産に多くのH-1Bビザを持っています。私はH-1Bの信奉者です。何度も利用してきました。素晴らしいプログラムです。」と一転、宗旨替え。完全な寝返り・裏切りである。「H-1Bビザの使用を永久にやめ、例外はない。」と断言していたことに対して、いくばくかの弁明も釈明もまったくなし、この人物のいい加減さを臆面もなくさらけ出している。
いずれにしても、テクノロジー界の大物でフェイスブック創設者のマーク・ザッカーバーグ氏やアマゾン創設者のジェフ・ベゾス氏が、過去にトランプ氏に批判的だったにもかかわらず、屈服し、それぞれ100万ドルをトランプ氏の就任式に寄付しており、こうしたハイテク業界の大物たちが次々とフロリダ州にあるトランプ氏のマール・アー・ラーゴ・クラブを訪れ、直接会って多額の献金をし、トランプ氏はこれを大歓迎、有権者に約束した政策を放棄し、H-1Bビザで利益を得ているこれら大資本・富裕層の側に立っている ことには、以前と全く同様、変わりはない、それが現実である。しかし、この変節・裏切りは、広範な政治的・経済的危機をもたらすであろうことも確実である。
<<「卑劣な愚か者」vs.「幼児だ」>>
マスク氏は、X(旧Twitter)のコメントで、「スペースX、テスラ、そしてアメリカを強くした何百もの企業を築いた多くの重要な人々とともに私がアメリカにいるのは、H1Bビザのおかげです。」と自慢し、「H-1Bビザの使用を永久にやめろ」などと叫ぶのは、「一歩下がって、自分の顔にクソにしてしまえ」(“Take a big step back and f**k yourself in the face,” )「くたばれ」とまでののしり、「この問題について、あなた方には到底理解できないような戦いを挑みます」と宣戦布告している。
マスク氏はさらに強硬姿勢を見せ、移民とテクノロジー業界を非難し続けているMAGA支持者は「卑劣な愚か者」だと述べ、「彼らを排除しなければ共和党は間違いなく没落する」と述べている。
対して、MAGA運動を支援、主導してきたスティーブ・バノン氏は、イーロン・マスクについて「この男は政府の契約と納税者の補助金で暮らしている…あなたはアメリカ人ですらない、ただのグローバリストだ。アドルフ・ヒトラーから小切手を受け取るつもりだ」と切って捨て、イーロン・マスクを「幼児」と酷評している。
そして、移民やH-1Bビザに関するマスク氏の見解を批判した複数の著名なアカウントがプレミアム機能にアクセスできなくなり、保守派、極右陣営から「マスク氏は検閲の疑いがある、報復的な検閲に他ならない。」「我々はHB1ビザに反対を表明したのに、@elonmuskが意図的に我々を締め出したようだ。これがアメリカで最も「自由な」ソーシャルメディアプラットフォームの新たな現状なのか?」と非難される事態である。
慌てたマスク氏は、「このプラットフォームに、もう少しポジティブで美しい、または有益なコンテンツを投稿してください。」と弁明している。
こうした事態の進行は、まさに次期トランプ政権の政治的・経済的危機の顕在化である、と言えよう。
(生駒」敬)