<<「完全かつ即時の停戦」>>
インド占領地カシミールのパハルガムの観光客をパキスタンを拠点とするイスラム過激派テロ組織「抵抗戦線(TRF)」が襲撃したのが4/22であった。犯行声明ではカシミール地域に「8万5千人以上の部外者」が定住し、「人口構成の変化」が起きていることへの不満が表明されていた、と報道されている。この襲撃で、ヒンドゥー教徒観光客25人と ガイドで地元のイスラム教徒が重武装したテロリストに立ち向かい死亡した。
この事件から2週間以上経過した5/7未明、インド政府は、「シンドゥール作戦」なる大規模な軍事報復作戦を開始、自国領内からのパキスタン領内へのミサイル攻撃について、「集中的かつ慎重で、エスカレートしない」「標的の選定と実行方法において、相当の自制を示している」「パキスタン軍の施設は標的ではない」と政府声明で述べ、パキスタン領土内9か所を爆撃。ラジナート・シン国防相は、少なくとも100人のテロリストが死亡したと主張している。
対して、パキスタンは「ブニャン・アル・マルス作戦」を開始し、インドの軍事目標に対する攻撃を開始、インド軍の航空機6機を撃墜したと発表。インドは戦闘機3機を失ったことを認め、他の2機は「墜落」したと発表。
インドは当初、テロリストの拠点のみを標的とするとしていたが、パキスタンによる反撃、プーンチのグルドワラとモスクへの攻撃により、攻撃範囲は拡大、パキスタンの奥地に位置するパンジャブ州にまで攻撃を拡大、戦線も海上を含め拡大。もはや国境での小競り合いではなく、危険な全面戦争直前の事態へとエスカレートさせてしまった。そして、両国は核兵器の保有量はほぼ互角で、それぞれ約180発の核弾頭を保有している、核戦争への危険性さえ現実化され出したのであった。
ここに至るまでに明らかなことは、発端となったテロ事件そのものについて、インド政府は、第三者、あるいはそれ以上の当事者の関与も得て共同調査を行い、犯人を特定し訴追することを追求、主張する代わりに、パキスタンへの一方的な軍事的報復攻撃という手段を選択したことである。その意味においては、テロリストの罠に落ち、テロリストは目的を達成したのである。
5/10、トランプ米大統領は、Truth Socialで、「米国の仲介による長時間にわたる協議を経て、インドとパキスタンが完全かつ即時の停戦に合意したことを喜んで発表します。両国が常識と優れた情報に基づいて行動したことを祝福します。この問題への関心に感謝いたします!」と発表した。
この発表直後、インド外務省は、両国の軍事作戦責任者が、パキスタン側主導による電話会談で、すべての敵対行為を停止することで合意したと発表。パキスタンのイシャク・ダール外相も、「パキスタンとインドは即時停戦に合意した」と発表。インド外務省によると、インドとパキスタンの停戦は5/10土曜日の現地時間午後5時に開始された。
続いて、トランプ氏のTruth Socialへの投稿から約25分後、ルビオ米国務長官は、48時間にも及んだインド、パキスタン首脳陣との会談・協議を明かし、Xに次のように投稿した。
「過去48時間にわたり、@VP Vance氏と私は、ナレンドラ・モディ首相とシェバズ・シャリフ首相、スブラマニアン・ジャイシャンカル外務大臣、アシム・ムニル陸軍参謀総長、アジット・ドヴァル国家安全保障顧問とアシム・マリク国家安全保障顧問を含む、インドとパキスタンの高官らと協議を行ってきた。
インドとパキスタン両政府が即時停戦に合意し、中立的な場所で幅広い問題に関する協議を開始することを発表できることを嬉しく思う。
モディ首相とシャリフ首相が平和への道を選んだ賢明さ、慎重さ、そして政治手腕を称賛します。」
<<「核の狂気のダンス」>>
ところが、である。停戦開始の数時間後には、ミサイル攻撃と報復攻撃の報告が相次ぎ、停戦違反で両国が互いを非難しあう事態である。
インド外務長官のヴィクラム・ミスリ氏は、5/10遅くにパキスタンが協定に「繰り返し違反した」と非難、「私たちはパキスタンに、これらの違反に対処し、深刻さと責任をもって状況に対処するための適切な措置を講じるよう呼びかける」とニューデリーでの記者会見で述べ、インド軍は「国境侵入」に対して「報復」していると発表。
対してパキスタンの外務省も、インド軍が停戦違反を開始したと非難。パキスタンは複数のミサイルを迎撃し反撃したと報告している。シェバズ・シャリフ首相は軍高官を招集し、更なる行動が差し迫っている可能性を示唆。核監視機関の関与も含め、高まる緊張への対応としてあらゆる戦略的選択肢を検討していることまで示唆。パキスタンの核兵器を統括する国家指揮当局は緊急会合を招集した、と報道されている。
パキスタンのイスラマバードにあるイスラム教と脱植民地化研究センターの所長であり、法学、宗教学、国際政治学を教えているジュナイド・S・アフマド教授は、ミドル・イースト・モニター紙(May 7, 2025)に寄稿し、「気をそらす芸術:戦争の太鼓、独裁政権、そして核の狂気のダンス」(The art of distraction: War drums, dictatorships, and the dance of nuclear madness)と題して、次のように断言している。
「懸念されていたことが現実になった。インドはパキスタンの奥深くに軍事攻撃を開始し、イスラマバードは報復措置を取ったと主張している。そのきっかけは? インド占領下のカシミールで1週間以上前に発生したテロ攻撃だ。インド政府は、具体的な証拠を提示することなく、ただ民族主義的な熱狂に付きものの絶対的な確信だけを示し、科学捜査は行わなかった。パキスタンは、この攻撃を非難し、いかなる調査にも協力すると約束したが、調査は無視されることは重々承知の上だった。」「しかし、この芝居がかったミサイル攻撃と民族主義的な行動の背後には、誇示の裏には、はるかに冷笑的な現実が潜んでいる。これは文明やイデオロギーの突発的な衝突などではなく、戦争の有用性を勝利ではなく陽動作戦に見出した二つの政権による、冷徹に計算された策略なのだ。国内危機、揺らぐ正当性、高まる国民の怒りにそれぞれ悩まされている二つの政府は、権威主義の教科書に出てくる最も古臭い手段に頼った。国境に火を放ち、国内の炎をかき消すのだ。」
インドの歴史家、編集者、ジャーナリストであるヴィジェイ・プラシャドは、ほぼすべての労働組合連合を束ねる労働組合共同プラットフォームがデリーで会合を開き、最低賃金の引き上げと固定労働時間の引き上げ、そして政府の反労働者政策の撤回を求めて、2025年5月20日に全国ゼネストを実施すると発表していること、「何億人ものインドの労働者が5月20日にストライキを行う準備ができている。」ことを報告している。彼は、印パ戦争について
1. インドはパキスタンの都市への空爆において、米国の対テロ戦争の戦略を踏襲し、「精密攻撃」という言葉を全面に押し出したが、このようなアプローチからは何の良いことも生まれない。
2. 民間人を危険にさらし、殺害するさらなる発砲は絶対に中止すべきである。
3. インドとパキスタン間の全面戦争へのエスカレーションは誰の助けにもならず、特にカシミール人にとっては助けにはならない。
と表明している。
世界中の戦争と平和をめぐる危険な様相に、この印パ戦争が深く絡み合う事態の進展である。その根底には、移民や難民、異民族を排除する民族至上主義、宗教原理主義と融合した差別的な排外主義の横行が指摘されるべきであろう。トランプ政権の白人至上主義、移民排斥路線とも重なり合う排外主義である。この排外主義の罠と闘う、そして危険極まりない「核の狂気のダンス」と闘うことが要請されている。
(生駒 敬)