<<4/2「解放の日」から、5/12「降伏の日」へ>>
5/12、スイスのジュネーブで「経済貿易協議」を行った米中両国が、相互に課している追加関税を、115%引き下げることで合意した、との共同声明を発表した。それによると、米側は91%の追加関税を撤廃し、中国側もこれに応じて91%の対抗関税を撤廃。また、米側は「相互関税」のうち24%を一時停止し、中国側もこれに応じて対抗関税のうち24%を一時停止することが確約されたのであった。これによって、米国の対中関税は145%から30%に、中国の対米関税は125%から10%となる。115%のうち、24%分は90日間の一時的な停止。残る91%分は取り消される。
両国は経済貿易協議の枠組みをつくり、今後、協議を継続することでも合意。交渉に当たったベッセント米財務長官は「米中のデカップリング(切り離し)は望んでいない」と話し、中国側の何立峰副首相は「さらなる相違の解消と協力の深化のための基礎を築いた」とそれぞれ成果を強調した。
5/13、中国側は、「今回の会談によって、今後の交渉の基礎が固められ、前提条件が明確になり、環境が整えられた。これは良いスタートだが、根本的な問題解決のためには、米側が一方的な追加関税という誤ったやり方を徹底的に是正し、互恵協力を絶えず強化し、中国側と共に今年1月17日の両国首脳電話会談における重要な共通認識を積極的に実行に移し、相互開放、継続的な意思疎通、協力、相互尊重の精神に基づき、取り組みを継続していくことが必要だ。」(「人民網」2025年5月13日)と、明確な釘を刺している。
4/2の得手勝手な「解放記念日」にトランプ氏が発表した世界各国に課した一方的な「相互関税」(対中国34%)の貿易・関税戦争開始に引き続き、4/7に、トランプ大統領自身が、「米国に報復する国は、当初設定された関税に加えて、直ちに新たな大幅に高い関税を課されるという私の警告にしたがって、中国が明日 2025 年 4 月 8 日までに、既に長期的貿易濫用に対する 34% の増税を撤回しない場合、米国は 4 月 9 日より中国に対して 50% の追加関税を課します。さらに、中国が要求している米国との会談に関するすべての協議は終了されます。」と宣言し、中国への関税、125%への即時引き上げ、協議打ち切りを宣言したのであった。いったい、この145%にも達する大上段な関税の脅しは何だったのであろうか。
5/12は、4/2の「解放の日」から一転して「降伏の日」となってしまったのである。自称「関税男」のトランプ氏は、
排外主義的なMAGA急進・強気派の淡い期待をさえ裏切る形と速度で、一カ月余りで、いわば早々に「屈服」してしまったのである。
5/12のウォールストリートジャーナル紙の社説は「トランプ大関税の撤廃 大統領はアダム・スミスとの貿易戦争を開始した。そして敗北した」と断言している。
<<「トラック運転手と港湾労働者」>>
5/14、ワシントン・ポスト紙は、トランプ大統領は、関税が米国および世界経済を崩壊させ、米国の中小企業経営者の生産コストを押し上げていることにはほとんど無関心であった、中国製部品の箱を開けただけで、5,649ドルの注文に8,752ドルの請求書が加算される事業主たちの苦境にも無関心であった、と報じている。145%の関税を30%に引き下げた動機は、企業経営者の怒りではなかった。匿名の情報筋はワシントン・ポスト紙に、「主な論拠は、これがトランプ大統領の支持者、つまりトランプ陣営に打撃を与え始めているということであった」と語った。トランプ大統領の運命を決定づけたのは、トラック運転手と港湾労働者だった。匿名の情報筋2人によると、ホワイトハウスのスージー・ワイルズ首席補佐官、ベッセント財務長官、その他の側近がトランプ大統領に対し、自身の有権者も関税の脅威を感じていると述べたことで状況は一変したのだという。これはまずい、自らの存在価値が否定されようとしている、と感じたのであろう。
もちろん、こうした状況の一変、事態の急変もトランプ氏お得意の「ディール」、「取引」、一時的姿勢の変化に過ぎないという可能性もある。しかしともかくも、トランプ氏が課した145%の関税が少なくとも90日間は30%に引き下げられた、そうせざるを得なかった、後退と屈服を余儀なくされたのである。大統領就任以来の、初めての明確な「敗北」と言えよう。今や全世界は、トランプ氏が関税政策でやってきた、一貫性も論理性もなく、脆さと弱さ、完全な混乱状態に陥った現実を直視している、直視できる事態の変化をもたらしたのである。
そして、トランプ氏の関税は単に失敗、敗北しただけではない。あれだけ強気な口調で語っていたにもかかわらず、現実が目の前に突きつけられると、トランプ氏は、あるいはお追従に取り囲まれたトランプ政権は、全く無力な実態をさらけ出し、中小企業は倒産し、家族経営の農場は競売にかけられ、企業は転嫁できない原材料費の重圧に押しつぶされ、米国に実質的な損害を与え、消費者に打撃を与え、輸出業者を圧迫し、雇用を大幅に喪失させ、インフレを煽り、総じて経済的危機を激的に深化させてしまったのである。「トラック運転手と港湾労働者」は、まさにその危機の前面に立たされていたのである。この危機に対処できないトランプ政権、トランプ氏自身にとっても、取り返しのつかない、まさに虚勢ばかりが目立つ「張り子の虎」である実態を露呈させてしまったのである。
対する中国は、少なくとも10年前から市場戦略をアジア、ASEAN諸国、そして世界最大の自由貿易協定である東アジア地域包括的経済連携(R-CEP)の市場へと転換を推し進めてきており、その加盟国は世界のGDPの約30%を占めている。取引は現地通貨、人民元などあらゆる通貨で行われ、対米貿易の比重はまだまだ重要な位置を占めているとはいえ、米ドルの比重はどんどん下がりつつある。そしてロシアと共に、BRICS諸国とグローバル・サウス(主にBRICS諸国と約10カ国の準加盟国から構成)への貿易拡大に注力し、その市場は世界人口の約85%、世界GDPの約40%を占めるに至っている。トランプ関税は、この現実にこそ屈服したのだ、と言えよう。
(生駒 敬)