【投稿】米露間で右往左往の安倍政権

【投稿】米露間で右往左往の安倍政権
          ―自滅した早期解散総選挙戦略―

<2島を追ったが1島も得ず>
 12月15,16日に行われた日露首脳会談は「引き分け」どころか安倍の一本負けに終わった。年内のプーチン訪日がほぼ確定した時点での獲得目標は「最低でも歯舞、色丹の返還」であったのが、結果的にゼロ回答という安倍政権にとって惨憺たるものとなった。
 今回の山場は15日に山口の温泉旅館で行われた、6時間にも及ぶ首脳会談であったが、プーチンはこれに2時間半も遅れた(467号でシリア情勢如何では訪日も不安定になると指摘したが、遅刻で済んだようである)
 旅館のエントランスで待つ安倍は、時計を気にしたり、傍らの昭恵さんの服装を直すなどそわそわした様子で、どちらが武蔵か小次郎か会談前から明白であった。まさに所は同じく長州、21世紀の巌流島である。安倍を手玉に取ることなど、プーチンにとっては秋田犬を手なずけるより容易であっただろう。
 会談進行中も途中退席したラブロフ外相が「シリアやクリミアの問題で我々の見解は一致した」「日露2+2(外交、国防閣僚)会議再開に合意」と発言、会談終了後にはウシャコフ補佐官も「経済活動はロシアの法律に基づき行われる」と述べるなど、巧みにジャブを小出しにし、会談がロシア側のペースで進んでいることを印象付けた。
 16日には、ロシア側が望んでいた東京での首脳会談が行われたが、これもプーチンの山口出発が遅れ、後にはビジネス対話や大統領の「最重要ミッション」である講道館訪問があったため窮屈な日程となり、形式的なものとなった。
 会談終了後の共同記者会見で二人は、4島での共同経済活動実現に向けた協議開始で合意したと明らかにしたが、安倍は活動を「特別な制度」で行うための交渉開始も合意したと付け加えた。さらに安倍は領土問題解決に向けての「大きな一歩を踏み出すことができた」と指を立てて強調するなど、成果を誇示するのに懸命であった。
 これに対してプーチンは、安倍のロシア訪問招請と「4島での日本との協力が今後の平和条約交渉の雰囲気づくりを促進する」と外交辞令を述べるにとどまった。一方質疑応答では「1956年にダレス国務長官に『2島で合意したら沖縄は返さない』と言われ妥協した」と60年前の話を引合いに現在の日米関係に釘を刺すなどなど、日露の温度差が露呈した。
 また記者会見とは別に出されたプレス向け声明は、もう少し詳細な事項が書かれているが、平和条約、領土問題に関する合意事項は全くなかったことが明らかになった。
 しかし経済協力に関しては、漁業、養殖、観光、医療、環境など4島での共同活動へ向けての協議開始、さらに極東地域などでの医療やエネルギーなど8項目80件、総額3000億円の案件を進めることで合意した。
 ただプーチンは記者会見で「共同経済活動が実現すれば4島は対立の種ではなく、両国を結びつける場所になる」「経済活動ばかりに関心があるのではなく平和条約も重要」と述べ、日本側の淡い期待を継続させる配慮を忘れなかった。
 安倍政権としては4島での経済活動が推進すれば、日本の影響力が拡大し、平和条約交渉にも有利に働くとの期待があるのだろうが、そもそも千葉県程の面積がありながら、人口が1万7千人であり、生産も消費も期待できない4島で何をするのか。
 経済を活性化させようとすれば人口を増やさなければならない。しかし日本から移民を送り込むことなどできないわけであるから、ロシア本土からの移住者が重要となる。そうすれば日本側の目論見とは裏腹にますます「ロシア化」が進むと言う矛盾に直面するだろう。
 「特別な制度」についても昔の「租界」や「治外法権」的なものは考えられず、今後実施されるビザ発給要件緩和のさらなる拡大、日本人や企業に対する有利な在留資格か税制面での優遇ぐらいしかなく、4島の「日本化」などは容易に進まないと考えられる。
 今回の首脳会談で領土問題の成果が全くなかったことに関し、国内から批判が噴出している。プーチンへの手紙をしたためた元島民達には墓参の便宜が図られるにとどまった。
 与党幹部の多くは、成果を取り繕うのに躍起になっているが、二階幹事長などは「国民の大半ががっかりしている」と述べるなど政権内にも冷ややかな見方がある。
 
<情勢変化に対応できず>
 こうした拙速な対露外交の根底には、外交面での効を焦り、都合の良い情報のみに依拠する安倍の主観主義がある。
 5月のソチ会談で安倍はプーチンに「新たなアプローチ」として経済協力プランを提示した。これは四島の帰属問題を最優先とする外務省の領土原理主義から、甘言につられ経済産業省の実利主義に乗り換えたわけである。経産省にしてみれば財務省に続き外務省にも勝利したことになる。
 9月には世耕経産相をロシア経済分野協力担当相に任命、さらに前のめりの姿勢を強め、同月のウラジオストック会談後には、歯舞、色丹の返還は確定したような観測が流布された。
 この時期までは領土問題―平和条約での具体的な進展が見込まれたのだろうが、11月のリマ会談時にはトランプ当選など様相が一変していた。この直後からロシアは様々なアクション、メッセージを発してくる。
 11月末にロシアは国後、択捉両島にアメリカ艦艇に対する新型地対艦ミサイルを配備した。もともと、千島(クリル)諸島には中千島の新知(シムシル)島および択捉島に1960年代に開発された旧式のミサイルが配備されており、この更新は本来2014年に予定されていた。
 それが何度か延期されたのであるが、既定方針とはいえ、日露首脳会談直前にこれまで配備されていなかった国後島へも配備されたのである。このうち択捉島に配備された「バスチオン」は対地攻撃も可能で、直前にはシリアで実戦使用されたことが明らかになり、驚愕した安倍政権はロシアに「遺憾の意」を伝えざるを得なかった。
 さらに12月1日プーチンは年次教書演説を行い、重要な国の一つとして日本を挙げたが領土問題にはふれず、同日発表されたロシア政府の新たな外交指針でも対日平和条約問題は記載されなかった。
 7日には、読売新聞、日本テレビとの単独インタビューでプーチンは「ロシアは領土問題は存在しないと考えているが、日本が問題というのなら話はする」と言い放ち日本側の楽観に止めをさした。
 これら一連の言動はロシアの一方的なものでもなさそうである。朝日新聞によれば11月初旬に訪露した元外務次官の谷内国家安全保障局長は、ロシア高官が「歯舞、色丹が日本領になった場合米軍基地は置かれるのか」と尋ねたのに対し「その可能性はある」と答えたと言う。
 2001年の森・プーチン会談での同様のやり取りでは明確に否定された問題を、一官僚がひっくり返したのは、外務省の経産省に対する意趣返しでは済まないだろう。
 こうした流れの中、安倍政権もリマ会談以降は領土問題に関する見通しをトーンダウンさせてきたが、日本側が設定した首脳会談を止めることはできないまま12月15日を迎えることになった。
 おりしもこの日、アサド政権は要衝アレッポの完全制圧を宣言、これに対し日本を除くG7の米、英、仏、独、伊、加の6か国は、シリアとロシアを非難する声明を発表した。安倍は日頃「地球儀を俯瞰する外交」を吹聴しているが、実は自分の足元しか見ていないことが明らかになったのである。
 
<アメリカで取り戻す>
 日露首脳会談での領土問題の進展が潰えたるなか、12月5日、突如安倍の年内真珠湾訪問が発表された。1年前も突然の慰安婦問題合意があったが、今回はアメリカである。
 5月にオバマが現職大統領として初めて広島を訪問したにもかかわらず、安倍は真珠湾訪問に関し口をつぐんでいたどころか、早々にトランプに乗り換えるという変わり身の早さで世界を驚かせた。ところがオバマ政権から想像以上の苦言を呈され、11月20日リマAPECでは立ち話で終わった。さらに期待したプーチンにも袖にされることが明らかになり、外交失策を挽回するためオバマに戻ったのである。
 官邸は「オバマの広島訪問の返礼でいかざるを得ないようになった、と解釈されるのを避けるため時期が今になった。以前から慎重に検討しリマで首相が大統領に伝えた」取り繕っているが、安倍に行く気があったなら広島訪問と同時発表すればよかったのである。
 広島訪問後、オバマの任期中に行けば、いつであろうと返礼と思われるだろうし、そもそも現職総理としては初めてというのが真珠湾訪問のウリであった。しかし発表後に吉田茂首相が1951年に訪れていたことが明らかになるというドタバタが、いかに慌てて設定された訪問かを物語っている。
 菅は「当時はアリゾナ記念館が無かったので、そこを訪れるのは現職総理としては初めて」と苦しい弁明をせざるを得なかった。さらに右派からの批判に「謝罪に行くのではない」と釈明を重ねるなど、苦肉の策である真珠湾訪問はパフォーマンスとしてのインパクトに欠けるものになりつつある。
 このような中、沖縄でオスプレイ墜落事故が発生した。開き直る米軍に対しこの間いろいろお世話になった安倍政権は、形式的な申し入れを行うだけで早々に飛行再開を認めた。
 ロシア、アメリカには低姿勢の安倍であるが、内政での高圧的姿勢はますます酷くなり、先日閉会した臨時国会ではTPP、年金、カジノなど問題を抱える諸法案をまっとうな議論なしに可決、成立させた。
 「北方領土解散」も「真珠湾解散」も立ち消えとなり、総選挙は来秋以降に遠のいたとみられるが、民進党を始めとする野党は残された時間はあまりないと認識すべきであろう。(大阪O)

【出典】 アサート No.469 2016年12月24日

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