【投稿】参院選・争点隠しをめぐって 統一戦線論(25)
<<安倍ペーパーに失笑>>
中身もなければ、成果もまったくなかった、ただただ“神国日本”へのお義理立てに終始したG7伊勢志摩サミット。安倍首相が「日本の精神性に触れていただくには良い場所」として、国家神道の総本山・伊勢神宮での開催にこだわったのであるが、そのこと自体に、初めから政教分離原則上からも問題ありであった。さらにその実態は、5月26日のサミット初日に安倍首相が各国首脳に示した“リーマン・ショック前夜”という数枚のペーパーに象徴されている「安倍の精神性」である。「世界経済がリーマン・ショック目前の危機に瀕している」とするこのペーパー、これには異論が噴出、失笑が出るほどの、おそまつさであった。
安倍政権の前回の消費税増税と新自由主義・市場原理主義政策で、弱肉強食の規制緩和を横行させ、非正規雇用と格差を拡大させ、実質賃金をさらに低下させてきた、こうしたアベノミクスの失敗こそが、日本経済の低迷と消費税増税再延期に追い込んだのであった。それを安倍首相は、自らの失政を何とかごまかし、カッコ付けるために、サミットを私的に内政に利用しようとしたわけである。
そもそもサミット三日前の5月23日、内閣府が発表した「月例経済報告」では「(世界経済は)全体として緩やかに回復している。先行きについては、緩やかな回復が続くことが期待される」と楽観的な報告をしたばかりである。各国首脳は、議長国日本のそのあまりのご都合主義にあきれかえり、そんなことに付き合わされてがっかりして、そそくさと日本を後にしたのは間違いないといえよう。
参院選を目前にして、サミットの成果を大々的に打ち上げ、衆参同日選をも強行せんとしていた安倍首相の伊勢志摩サミット利用戦略は完全に失敗してしまったのである。内閣支持率の高さにあぐらをかいていた安倍首相の高慢・軽率な目論見は、そうそううまくいかないものである。
サミット後、安倍首相は、消費税再増税の延期を表明した6/1の会見で、アベノミクスは順調だ、しかし新興国の経済が陰っている、だから来年春の10%への消費増税は延期する、と苦しい言い訳に終始した。これまで「リーマン・ショック級、大震災級の事態が起こらない限り」再延期はしない、としていたことについて、「確かにリーマンショック級の出来事は起こっていませんし、大震災も起こっていないのは事実であります。ですから、新しい判断をした以上、国民の声を聞かなければならないわけであります」と釈明せざるを得なかったのである。サミットでの首相のペーパーはいったい何だったのか。たった一週間もしないうちの右往左往、もはや支離滅裂である。
安倍首相は、消費税や戦争法、憲法改正、地震の頻発と原発再稼働、沖縄新基地建設といった真の対決点を徹底的に回避し、安倍首相の私的な「新しい判断」による、「アベノミクスの全開」と「一億総活躍社会」といった争点隠しに、またもや切り替え、逃げ込んだのである。
<<白々しきオバマ広島初訪問>>
サミットと関連して安倍首相が、唯一胸を張れたのは、オバマ米大統領の広島初訪問であった。これによって安倍内閣の支持率は多少とも上昇したのである。
しかし、オバマ大統領は、せっかく初めて広島を訪れたというのに、原爆資料館の見学はたったの10分足らずですまし、それに反して平和公園・原爆碑での美辞麗句を並べ立てた演説は17分間も行い、「核兵器なき世界」を唱えたが、原爆投下に対する謝罪はせず、核兵器の非人道性や大量無差別殺戮の犯罪性については一切触れなかったのである。もちろん、核兵器廃絶への道筋については何も言及しなかった。
核武装も憲法上可能と広言させ、戦争法で暴走している安倍首相が、このオバマ演説に便乗して「核兵器のない世界を必ず実現する」「日本と米国が世界の人々に希望を生み出す灯火となる」などとよくもいえたものである。オバマ氏の広島訪問は、抽象的空文句で核兵器廃絶の希望を打ち砕き、日米同盟強化を誇示するパフォーマンスの場に利用されたのである。これが、オバマ広島訪問の本質と言えよう。
オバマ大統領の就任は2009/4/9、同じ年の4/5、プラハで「核兵器のない世界」を演説し、12月にはノーベル平和賞を受賞している。この時点では世界は希望を抱いたし、抱かせたのである。しかし少なくとも2年間は「核兵器のない世界」に向けて具体的に踏み出せる有利な議会の力関係があったにもかかわらず、核関連予算を増額し、CTBT(核実験全面禁止条約)の批准もせず、逆に、オバマ政権はこっそりと核兵器の更新を開始していたのである。この時点ですでにノーベル平和賞を詐取していたのだともいえよう。しかもなお現在、オバマ氏の広島訪問と期を一にして発表されたアメリカの「核への責任を求める同盟」(Alliance for Nuclear Accountability)の報告書によると、 米国がひそかに核兵器を新型に更新中で、小型でより精度の高い核爆弾の開発のため、今後 30 年間と総額1 兆ドルをかけた大規模な取り組みを行っている」ことが明らかにされている。「核兵器なき世界」を言うならば、先ず自らの襟を正し、こうした計画を中止すべきであろう。
<<共産党まで翼賛報道>>
しかし、日本のマスメディアの現状は、オバマ訪問を礼賛する翼賛報道が圧倒的である。さらに嘆かわしいのは、共産党までがこの翼賛報道に右へならえの現状である。
5/28付け「しんぶん赤旗」1面トップ大見出しは「米大統領が広島初訪問」、副題「『核兵器なき世界』を追求 オバマ氏、原爆碑に献花」と続き、「オバマ氏は原爆資料館や原爆ドームを見学。オバマ氏は原爆資料館で、『われわれは戦争の苦しみを知っている。平和を広めて『核兵器なき世界』を追求する勇気を共に見つけよう』と記帳しました」と持ち上げる礼賛記事である。さらに問題なのは、この記事は、「安倍氏は、オバマ氏が述べた後に演壇に立ち、昨年の訪米の際に行った米議会での演説で「日米同盟は世界に希望を生み出す同盟でなければならない」と述べたことを強調。その上で、米国の大統領が被爆の実相に触れた「歴史的な訪問を、心から歓迎したい」と述べました。 」と続けていることである。批判も何もない完全な安倍首相持ち上げ記事でもある。
さらに同紙の志位委員長の記者会見記事は「前向きの歴史的一歩」として「現職のアメリカ大統領が広島を初めて訪問し、平和資料館を訪れ、追悼の献花を行い、追悼のスピーチを行って、被爆者の方々と言葉を交わしたことは、前向きの歴史的な一歩となる行動だったと思っています」と述べ、その後で「核兵器禁止条約へ具体的行動を」と釘は刺しているが、オバマ政権の実態の指摘はなきに等しい。空文句ではなく、具体的前進を求めた人々の希望が一切省みられなかったにもかかわらず、しかも日米軍事同盟の強化を声高にオバマ・安倍両首脳が広島の現地で誇示しているにもかかわらず、それを指摘せずしてどこが「前向きの歴史的一歩」だったのであろうか。これでは安倍内閣支持率上昇に加担しているようなものである。昨年末の日韓「慰安婦問題」合意を早々に「前進と評価」して以来の失態である。
本質的批判は行わない、日米軍事同盟についても遠慮がちにしか言わない、「憲法9条のもとでも、急迫不正の侵害から国を守る権利」を認め、自衛隊の存在のみならず、その大いなる軍事的活用も認める、露骨に政権にすりより始めたこうした共産党の政治姿勢は、日本の主流メディアの翼賛報道におもねっているともいえよう。
<<希望の要>>
こうした共産党の政治姿勢の変化は、明らかに安倍政権の参院選を前にした争点隠しに加担するものでもある。とんでもない、安倍政権に正面から対決しているのは共産党だけです、あれも言っています、これも言っています、ではダメなのである。
希望は、6/7、民進、共産、社民、生活の野党4党と「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」が政策協定を結んだ、統一戦線の前進にある。もちろん、それを歓迎し、下支えした共産党の路線転換が貢献していることは言を待たない。これは大いに評価されるべきであろう。しかしその路線転換が、先に述べたような政権すりより政策と一体となってはならない。
市民連合と野党4党が調印した、市民連合の政策要望書の内容は、
I 安全保障関連法の廃止と立憲主義の回復(集団的自衛権行使容認の閣議決定の撤回を含む)を実現すること、そのための最低限の前提として、参議院において与党および改憲勢力が3分の2の議席を獲得し、憲法改正へと動くことを何としても阻止することを望みます。
II すべての国民の個人の尊厳を無条件で尊重し、これまでの政策的支援からこぼれおちていた若者と女性も含めて、公正で持続可能な社会と経済をつくるための機会を保障することを望みます。
1.子どもや若者が、人生のスタートで「格差の壁」に直面するようでは、日本の未来は描けません。格差を解消するために、以下の政策を実現することを望みます。
保育の質の向上と拡充、保育士の待遇の大幅改善、高校完全無償化、給付制奨学金・奨学金債務の減免、正規・非正規の均等待遇、同一価値労働同一賃金、最低賃金を1000円以上に引き上げ、若いカップル・家族のためのセーフティネットとしての公共住宅の拡大、公職選挙法の改正(被選挙権年齢の引き下げ、市民に開かれた選挙のための抜本的見直し)
2.女性が、個人としてリスペクト(尊重)される。いまどき当たり前だと思います。女性の尊厳と機会を保障するために、以下の政策を実現することを望みます。
女性に対する雇用差別の撤廃、男女賃金格差の是正、選択的夫婦別姓の実現、国と地方議会における議員の男女同数を目指すこと、包括的な性暴力禁止法と性暴力被害者支援法の制定
3.特権的な富裕層のためのマネーゲームではダメ、社会基盤が守られてこそ持続的な経済成長は可能になります。そのために、以下の政策を実現することを望みます。
貧困の解消、累進所得税、法人課税、資産課税のバランスの回復による公正な税制の実現(タックスヘイブン対策を含む)、TPP合意に反対、被災地復興支援、沖縄の民意を無視した辺野古新基地建設の中止、原発に依存しない社会の実現へ向けた地域分散型エネルギーの推進
以上である。「安保法制の廃止」だけではなく、安倍政権の中心的な政策にまで踏み込んだ合意と言えよう。ここには、3・11以来の多くの人々を巻き込んだ市民運動、統一行動を徹底して追求してきた多くの人々のたゆまぬ粘り強い努力、裾野を広げた統一戦線、野党共闘を求める巨大なうねり、これらが相乗効果を発揮し、野党もこれに応えざるを得ないところにまで追い込んだ、その成果が反映されている。これが、安倍政権の争点隠しを許さない、野党共闘をさらに前進させる、安倍政権の暴走を許さない希望の要と言えよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.463 2016年6月25日