【投稿】米覇権国家の後退とプルトニウム国家への道か否かの選択
福井 杉本達也
1 高純度プルトニウムと高濃縮ウランの米国への返還
3月31日~4月1日、米国の首都ワシントンで核安全保障サミットが開催された。共同声明ではプルトニウムや高濃縮ウランなどの核物資の管理強化が明記された。サミットに先立ち、3月23日には日本から米国に高純度のプルトニウム239が返還された。プルトニウムは原子力研究開発機構の東海村にある「高速炉臨界実験装置(FCA)」で使われ、331kgあるとされるが、8kgを1発分の核兵器に換算すれば40発分にも相当する。高速増殖炉開発の中でプルトニウムの挙動を研究するために米国から提供を受けたもので、使用していた施設が目的変更されたことで、本来の利用目的外のプルトニウムを保有しないとの方針と、米国による「核兵器転用可能物質の管理」方針により米国に返還されることになったというのが公式での建前である。また、核サミットにおいて、京都大学研究用原子炉からの高濃縮ウラン45キロも撤去されることが合意された。
米国の本音は核弾頭数十発分のプルトニウムや高濃縮ウランを日本に預けておいては不安なので、米国に引き揚げたのである。米国は、日本の「独自核武装」を恐れている。核弾頭数十発分のプルトニウムなど恐ろしくて日本においておくべきではないというのがホワイトハウスの決定である。
2 トランプ米共和党大統領候補発言の衝撃
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が3月26日に掲載したインタビューで、トランプ氏は日米安保条約について「片務的な取り決めだ。私たちが攻撃されても、日本は防衛に来る必要がない」と説明。「米国には、巨額の資金を日本の防衛に費やす余裕はもうない」とも述べ、撤退の背景として米国の財政力衰退を挙げた。その上で、インタビュアーが「日本は世界中のどの国よりも駐留経費を負担している」とただしたのに対し、「実際のコストより、はるかに少ない」と強調。「負担を大幅に増やさなければ、日本や韓国から米軍を撤退させるか」と畳み掛けられると、「喜んでではないが、そうすることをいとわない」と語った。トランプ氏は、日本政府と再交渉して安保条約を改定したい考えも表明。日韓両国が北朝鮮などから自国を防衛できるようにするため、「核武装もあり得る」と述べ、両国の核兵器保有を否定しないという見解も示した(時事)。
世界のまともな主権国家で70年間もの長期にわたる軍事占領を許し、首都の空まで横田空域として明け渡している国家はない(国家の体をなさない属国である)。米軍の撤退を掲げるトランプ発言が本音ならば、普天間の問題も沖縄の基地も解決するので大歓迎である。発言に大慌てなのは、米軍の占領・基地使用を「国体」とする日本の官僚機構である。
3 「核兵器・憲法上は禁止せず」答弁書と日本独自核武装論の行方
新党大地(鈴木宗男)系の鈴木貴子衆議院議員が提出した質問主意書に対し、政府は4月1日の閣議で、核兵器の保有や使用について、「憲法9条は一切の核兵器の保有や使用をおよそ禁止しているわけではない」とする答弁書を決定した。これは横畠内閣法制局長官が3月18日の参議院予算委員会で、「憲法上、あらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えていない」と発言したことを踏まえての政府答弁である。これまでも「独自核武装」論は度々政府首脳の口から発せられてきたが、今回はブッシュ政権が始めたイラク戦争の失敗によって米国の覇権が決定的に揺らぐ中での発言だけに無視できないものがある。
こうした政府の答弁におおさか維新代表の松井大阪府知事は「何も持たないのか、抑止力として持つのか」議論すべきと浅はかな考えを語っている。さらに「自国ですべて賄える軍隊を備えるのか、そういう武力を持つならば最終兵器が必要になってくる」「米国の軍事力がなくなった時にどうするのか。夢物語でなんとかなる、ではすまない。」とも述べている(朝日:2016.3.30)。大量の放射性廃棄物やプルトニウムを抱えた原発を海沿いに50基以上も並べて「抑止力」を云々できる感覚は理解できない。核兵器でなくても通常兵器で格納容器の破壊は十分可能である。国内の原発が戦争やテロなどで攻撃を受けた場合の被害予測を、外務省が1984年、極秘に研究していたことが分かった。原子炉格納容器が破壊され、大量の放射性物質が漏れ出した場合、最悪のシナリオとして急性被ばくで1万8千人が亡くなり、原発の約86キロ圏が居住不能になると試算していた(東京新聞2016.4.8)。
4 「もんじゅ」の行方
原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再利用する日本の青森県六ケ所村の再処理工場について、3月17日、米国務省のカントリーマン次官補は「再処理に経済的な合理性はなく、核不拡散上の心配を強めるものだ。米国は支持しないし、奨励もしない」、「再処理事業から撤退すれば非常に喜ばしい」とし、日本の再処理事業に懸念を表明したが、外務省はこれに反発した(朝日:2016.3.18)。
六ヶ所村の再処理工場と並んで日本の核燃料サイクルの結節点にあるのが敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」である。「もんじゅ」の真の目的は燃料の増殖にあるのではなく、軍事用プルトニウムの生産にある。「もんじゅ」の炉心を取り巻く核分裂しないウラン238を主体とするブランケットと呼ばれる燃料集合体の部分にあるウラン238が高速中性子を吸収し核分裂性のプルトニウム239に変わる。その燃料集合体を毎年半数取り出せば純度98%の軍事用プルトニウムを62kg生産することができる。昨年11月、原子力規制委員会は、「もんじゅ」の運営主体である「日本原子力研究開発機構」に対し、運営する「資質なし」として運営主体を代えるよう所管する文部科学省に勧告した。文科省の「もんじゅ」の新運営主体の検討会(有馬朗人座長)では、またまた看板の付け替え(「動力炉・核燃料開発事業団」(1967年発足)→「核燃料サイクル開発機構」(1998年)→「日本原子力研究開発機構」(2005年)→新法人への改組)でお茶を濁し、軍事用プルトニウムの生産を諦めない動きが強くなっている(座長:「新法人に外部評価を」福井:2016,4.7)。
5 「核なき世界」に近づくどころか瀬戸際戦略に回帰するG7外相会議
4月10,11日に広島市を舞台に開催されたG7外相会議において『広島宣言』が出されたが、新聞各紙は「原爆投下は『非人間的な苦痛』」という見出しで、あたかも米国が原爆投下を謝罪し、米英仏の核保有国が核兵器を廃絶するために日本が会議を主導したかのように「演出」を行った。宣言原文「human suffering」を外務省は「非人間的な苦痛」と訳したが、「非人間的」という意味はない。「人的被害」と訳することが正解である(朝日:2016.4.13)。核兵器使用の非人道性を明示したものではない(中村桂子・福井恫喝のための:4.13)。核兵器が「毒ガス兵器や「生物兵器」のように「非人間的」なものであれば、それを使用しようとする国家は「非人間的国家」として倫理的正当性を失い、国際的非難を浴びることとなる。しかし、「人的被害」であれば、兵器とは必ず人的被害を出させることが目的であり、それを使用したからといって国際的非難を浴びるものではない。
外務省はどうしてこのような小細工を弄するのか。『広島宣言』とは日本は今後もけっして米国の「核の傘」を離れて「独自核武装」への道は進みませんという誓約であり、今後も軍事占領を続けてくださいという意思である。しかし、それでは対国民に対しては具合が悪いので、あたかも核兵器を廃絶する会議を日本が主導したかのように=日本は独立国であるかのように見せかけているのである。
では、一方の当事者米国はどうか。ケリー国務長官は原爆慰霊碑に献花したが頭は下げなかった。5月の伊勢志摩サミットではオバマ大統領の広島訪問も検討されているが、その論理は「たった1発の核兵器の威力よって東洋の野蛮国をひれ伏させ属国とした」という凱旋以外にはない。米国は欧州では核による恫喝のために核兵器近代化プログラムを進めており、北朝鮮の核実験を出汁に東アジアにおいても日本・韓国でミサイル迎撃態勢(MD)を整備しつつあり、核兵器を廃絶する気などさらさらない。
『広島宣言』のもう一つの相手は中国である。宣言では「透明性を向上させたG7の核兵器国の努力を歓迎し、他国にも同様の行動を求める」としており、核兵器保有数を明らかにしていない中国を批判している。また、『海洋安全保障に関する声明』においては、南シナ海における「航行および上空飛行の自由の原則」を強調し中国を牽制している。「対中脅威論」を煽り、対米従属を継続させることが日本官僚の存立基盤であるが、米国には必ずしも日本を中国の攻撃から防衛する義務はない。安保条約第5条は「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」となっており、米国が参戦する場合、議会の承認が必要である。中国との正面衝突は避けたいのが本音である。米国も日本の基地は使い勝手がよいし、中国脅威論が高まれば日本に兵器も売り込みやすくなるが、日本などの為に中国と一戦交えたくはないと考えており、たとえ米中間で緊張が高まっても、日本の「独自核武装」は阻止し、日本を米国の影響力の範囲内に置き想定外の事態が発生することを防ぐというのが核をめぐる一連の流れである。アフガン・イラク戦争を経て米国の「世界の警察官」としての役割が後退する中、今後も米国の属国として、中東・アフリカまでも付き従うのか・「独自核武装」して放射能の海に自滅するのか・米国の覇権を相対化してアジアでしかるべき独立国としての位置を占めるのか、プルトニウム(高濃縮ウランを含む)の現物をめぐり水上・水中において激しいバトルが行われている。無論、我々は、そこにおいては欧州の「イスラム国」(IS:米CIA・サウジ・トルコ・イスラエルが養成した外人部隊)によるテロといった自作自演の謀略や情報操作などにも注意しなければならない。
【出典】 アサート No.461 2016年4月23日