【投稿】「慰安婦」問題・日韓合意と共産党
<<ますます居丈高な安倍首相>>
「慰安婦」問題に関する日韓合意をめぐって、安倍首相は「最終的かつ不可逆的」に解決した問題を、何をいまさら蒸し返すのだという態度でますます居丈高になっている。
1/18の参院予算委員会で安倍首相は、先月の日韓合意について、「(旧日本軍慰安婦に関し)戦争犯罪のたぐいのものを認めたわけではない」と開き直り、「(慰安婦問題は)日韓請求権協定で解決済みとの立場は変わらない」と断言。さらに、「日本のこころを大切にする党」の中山恭子議員が「国際社会に日本に対する誹謗があるが、歴史的事実をきちんと知らせて名誉を守るべきだ」との発言に乗じて、「海外プレスを含め、正しくない誹謗中傷があることは事実だ。性奴隷、あるいは(慰安婦の数が)20万人といった事実はない。政府として、それは事実ではないと、しっかりと示していく」と強調、外国メディアの報道に噛み付いている。岸田外相も海外メディアが軍隊慰安婦を「性奴隷」と記述していることに対し、「不適切であり、使用すべきではないというのが日本の考え方」と述べ、「(性奴隷という表現は)事実に基づかないもので、日韓外相会談で韓国政府はこの問題の公式名称が『日本軍慰安婦被害者問題』であることを確認した」と答弁。
こうした首相や外相の居直りとも言える発言に対して、韓国政府・外交部の当局者は「日本政府の慰安婦強制動員はすでに国際的にも立証された確固たる真実であり、日本側がこれを論議の対象にしようとすることにいちいち対応する価値もない」と一蹴。さらに「日本軍が慰安婦を強制動員したという事実は被害者の証言、連合国の文書、極東国際軍事裁判所の資料、インドネシア・スマラン慰安所関連のバタビア臨時法廷判決、クマラスワミ報告書、オランダ政府の調査報告書など、さまざまな資料で確認されている」と反論。岸田外相の発言に対しては、「名称が何であれ、その本質が戦時女性性暴行、すなわち戦争犯罪という事実は変わらない。国際社会でその本質通りに性奴隷と呼ぶのは当然のこと」と反論している。
また、韓国外務省報道官は1/31、慰安婦問題に関し、日本が「政府が発見した資料の中に軍や官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」という立場を示していることについて「慰安婦の動員、募集、移送の強制性は否定できない歴史的事実だ。国際社会が明確に判断を下している」と反論。さらに報道官は「日本政府が、慰安婦問題の(日韓)合意の精神、趣旨を損なう言動を控え、被害者の名誉と尊厳を回復し、傷を癒やすという立場を行動で示すよう」求めている。
ところが、安倍首相は、1/22の相当に長い施政方針演説の中で、この日韓合意について触れたのは、「韓国とは、昨年来、慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認し、長年の懸案に終止符を打ちました。」と、たったこれだけ、合意の内容について、首相自身の「心からのおわびと反省の気持ち」の表明について一切触れようとさえしなかったのである。岸田外相が合意の際、代読した「安倍内閣総理大臣は、日本の内閣総理大臣として、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒やしにくい傷を負われたすべての方々に対し、心からのおわびと反省の気持ちを表明する」という立場など、まるでなかったかのようなそ知らぬ顔である。「長年の懸案に終止符を打った」という、安倍首相の傲慢で、何の誠意もなく、卑劣で、薄っぺらな政治姿勢が露骨に見て取れる。
安倍政権は、日韓合意などどこ吹く風で、「慰安婦」問題の本質が「戦時女性性暴行、すなわち戦争犯罪である」「その本質通りに性奴隷と呼ぶ」という国際社会の共通認識の全否定に乗り出しているのである。
<<国際社会での蒸し返し>>
さらに安倍政権が悪質なのは、日韓合意で「今後、国連等、国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」と合意していたにもかかわらず、日本側から再び「慰安婦」の強制連行はなかった、性奴隷ではなかった、などと国際社会の場で蒸し返しだしたことである。
2/16、ジュネーブの国連欧州本部でおこなわれた国連女性差別撤廃委員会による日本報告に対する審議の中で、日本政府代表団の杉山晋輔外務審議官は「慰安婦」問題について、「日本政府が発見した資料の中には軍や官憲による、いわゆる強制連行を確認できるものはなかった」と問題をあらためて蒸し返し、さらに、「性奴隷という表現は事実に反する」と述べ、列席の委員から「だれも歴史を変えることはできないし、逆行することもできない」と厳しい批判を受けても、「委員のご指摘は、いずれの点においても、日本政府として受け入れられるものでない」とあくまでも固執したのである。
こうした日本政府側の発言に対して、韓国外務省の趙俊赫報道官は2/17、「合意の精神と趣旨を損なうような言動を慎み、被害者の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒そうという立場を行動で示すように再度求める」と韓国政府の立場を明らかにしている。ところが、菅義偉官房長官は2/17の会見で「提起された質問に対し事実関係を述べただけであり、韓国政府を非難、あるいは批判するものに当たらないから、合意に反するものではないと思っている」と述べ、「非難・批判」には当たらないと、あくまでも歴史修正主義の立場を今後も蒸し返すことを示唆している。
安倍政権にとって、日韓合意はもう二度と謝罪しない、反省もしない、しかし加害と戦争犯罪の歴史を否定する歴史修正主義は推し進める、誠に都合のよい空証文にしか過ぎなかったのである。
<<「どうしてこんな合意で私たちを愚弄する」>>
「アジア女性基金」の中心メンバーだった和田春樹さんは、責任を認め謝罪するという意思が明確に伝わらなかったことが同基金事業の反省点との認識から、首相自らが謝罪の言葉を伝え、政府の拠出金は「謝罪のしるし」との趣旨をはっきりさせることが必要だと指摘している(「朝日」2015/12/29)。さらに和田さんは、突然の日韓外相会談の合意を「安倍さんの一種の奇襲作戦だった」「それをできるだけ目立たない形で、しかも記憶に残らないようなかたちでやって、アメリカの承認を得ることを狙ったと考えられる。」存在しているのが両国外相の共同発表文だけであり、「首相のやったことではない、外務大臣のやったことになっている。」ことにそのことが示されている。「その謝罪というものが隠された形で出されている。これでは被害者にまったく通じない。」「首相は国会で謝罪答弁を」と述べられている(「社会新報」2016/1/13号)。
この問題が真の意味で前進するためには、まずは首相自らが直接、被害者に謝罪すること、さらに国会で謝罪答弁を明確に行うことこそが要請されているにもかかわらず、安部政権はこれから逃げ回り、拒否しているのである。
1/26、来日した日本軍「慰安婦」被害者のイ・オクソンさん(90)とカン・イルチュルさん(89)は、衆議院第一議員会館の会議室で記者会見を開き、「どうしてこんな合意で私たちを愚弄するのか。なぜ安倍(首相)は一度も出てこないのか」「なぜ被害者の目を瞑らせて、隠し、いくらかのお金なんか持って来て、ハルモニたちの口を封じようとするのか。絶対そうは行かない。悔しくて仕方がない」と、日本政府が公式謝罪し法的責任を認めると共に、安倍晋三首相が直接謝罪することを要求した。この「悔しくて仕方がない」思いにこそ日本政府は応えなければならない。
<<「今からでも遅くはない」>>
前号で、「慰安婦」問題の日韓合意をめぐって、筆者は、「共産党までが翼賛、評価」と小見出しをつけて、この合意直後の昨年12/29の共産党・志位委員長の談話(「問題解決に向けての前進と評価できる。」)を批判し、「今からでも遅くはない、こうした評価を転換すべきであろう。」と指摘した。いまだ転換はなされていないが、情けないのは、安倍首相の施政方針演説に対する志位委員長や山下書記局長をはじめ、共産党の衆参両院議員の誰一人として、本会議や予算委員会での質問で、この日韓合意について一切触れることがなく、当然、安倍首相自らが直接、被害者に謝罪すること、さらに国会で謝罪答弁を明確に行うことをまったく要求しなかったことである。
「しんぶん赤旗」紙上では、さすがに無視しきれなくなったのであろう、ようやく1/24になって初めて、「どうみる日韓合意 弁護士・大森典子さん」を掲載した。しかしそれも「これから何が大事になるのでしょうか」「今回の合意には、被害者が求めている真相究明や教科書への記述に言及していないなど、足りない部分があるとの指摘もあります。」「ソウルの大使館前にある少女像の問題はどうお考えですか。」との、日韓合意を「前進」と評価した志位談話の重石から抜けられないおずおずとした質問で、あくまでもインタビュー記事である。
しかし、前記の被害者お二人の来日という事態になって、共産党自身の姿勢が問われ、1/28の同紙記事は「笠井・紙議員「慰安婦」被害者と懇談 安倍首相は合意基づき具体的事実認め謝罪を」と題し、「問題解決に向け力を尽くすことを約束しました。」と報じている。しかしその姿勢は、「被害者や支援者らの粘り強いたたかいが今回の合意で安倍政権に『おわび』と『反省』を言わせたと敬意を表し、・・・」などと、いまだに、安倍首相のまやかしの「お詫び」と「反省」を「成果」と認識し、志位委員長の日韓合意を「前進」と評価する談話をあくまでも維持し、見直す意思がまったくないことを示している。それでも「問題解決に向け力を尽くす」ならまだしも、いまだに志位委員長が、あるいは両議員が、この間の幾度もあった国会質問の場で、安倍首相に対して日本の国会での公式な謝罪答弁や被害者への直接謝罪を要求し、まやかしの日韓合意を追及した事実はない。搾取と抑圧、差別と迫害に対して共に闘う、連帯と国際主義の精神はいったいどこに消えてしまったのであろうか。遅きに失したとはいえ、今からでも追及し、要求すべきであろう。
「慰安婦」問題研究の第一人者である吉見義明(中央大学) さんは、岩波書店の『世界』2016年3月号で、「真の解決に逆行する日韓「合意」—-なぜ被害者と事実に向き合わないのか—- 」と題してこの問題を鋭く追及されている。吉見さんは【執筆者からのメッセージ】の中で「日韓『合意』は、よくない意味で衝撃的だった。まず、被害当事者をたなあげにして、両国政府が最終的・不可逆的に解決されることを確認する、としてしまったこと、ついで、この『合意』を歓迎するという声が内外でひろがったことだ。」と指摘されている。この内外の声の中には、志位談話も当然含まれているといえよう。
<<「志位談話の撤回は不可欠」>>
さらに、前述の1/28の「しんぶん赤旗」の記事をめぐって、東京大学名誉教授の醍醐聰さんは、【「慰安婦問題」に関する志位談話の撤回は不可欠である】と題して、以下のように述べられている。(醍醐聰のブログ 2016年1月28日)
「志位氏が代表質問で取り上げた課題は確かに、どれも目下の日本にとって喫緊の問題である。しかし、残虐な人権、個人の尊厳の蹂躙を意味する「慰安婦」問題をいろいろな国内問題と秤にかけてよいのか? 安倍首相の理性、政治家としても品性の崩壊を雄弁に表す彼の歴史認識を質すことは「安倍政治を許さない」運動の一翼とするのにふさわしい問題のはずである。日本共産党が今回の日韓合意後も、正しい見地に立って「慰安婦問題」の解決に貢献する運動に取り組むには、合意を「前進」と評価した12月29日の志位談話を撤回することが不可欠である。あの談話の誤りに頬かむりしたまま、合意後に示された韓国の世論、元「慰安婦」の意思とつじつまを合わせようとするから、我田引水の強弁に陥るのである。
日本共産党への4つの質問
①「今回の合意にもとづき、加害と被害の事実を具体的に認め、それを反省し謝罪することが重要」という発言を裏返すと、笠井氏も安倍首相の「お詫び」は加害と被害の事実を具体的に認めないままの謝罪だったと判断しているに等しい。的確な歴史認識に依拠しない「お詫び」がなぜ「前進」なのか、なぜ、たたかいの成果といえるのか?
②合意後の自民党議員の妄言というが、安倍首相が1月18日の参議院予算委員会で示した「慰安婦」集めに強制はなかった(強制を裏付ける資料は見つかっていない)という発言を笠井氏あるいは日本共産党は「妄言」と考えていないのか? この発言について韓国内では合意に違反するという反発が広がっていることを笠井氏は知らないのか?
③安倍首相や自民党議員の間から、10億円の資金拠出は日本大使館前の「少女の像」の移転とセットだとみなす解釈や意見が公然と出ているが、これについて日本共産党はどう考えているのか? 被害国の市民の発意で建立された「少女の像」の移転を加害国が要求することを日本共産党はどう考えているのか? 政府間の「合意」で移設したりできると考えているのか?
④笠井氏は昨年末の日韓合意で終止符を打ったとする安倍首相の発言を批判し、「今回の合意にもとづき加害と被害の事実を具体的に認め、それを反省し謝罪することが重要だ。安倍政権をこの立場に立たせるよう、一層努力していきたい」と発言しているが、そんな悠長なことを言っていてよいのか?
今回の日韓合意で終止符ではないと日本共産党がいうなら、「不可逆的解決」が既成事実化しないよう、直ちに国会で日韓「合意」のまやかしを質すべきところ、昨日(1月27日)、衆議院で代表質問に立った志位委員長は安保法制の廃止、立憲主義の回復、アベノミックスの3年間の検証、貧困と格差の問題の解決、緊急事態条項の危険性などについて安倍首相に質問したが、日韓合意、慰安婦問題については一言も言及しなかった。
「不可逆的解決」が既成事実化しつつある中で開かれた今国会で、このような代表質問では、懇談した元「慰安婦」に対して2人の国会議員が「一層努力したい」、「問題解決に向けて力を尽くす」と語った約束はどこへいったのか?」
この醍醐聰さんの「日本共産党への4つの質問」にどのように応えるか、共産党の根本的姿勢が問われている。(生駒 敬)
【出典】 アサート No.459 2016年2月27日