【投稿】「福島県県民健康調査」甲状腺がんデータを巡る原発推進派と共産党系学者の奇妙なシンクロ

【投稿】「福島県県民健康調査」甲状腺がんデータを巡る原発推進派と
                      共産党系学者の奇妙なシンクロ
                            福井 杉本達也 

1 低放射線の影響について・雑誌『日本の科学者』が豊田論文を巡って・共産党系野口邦和氏らの反論掲載拒否
 日本科学者会議の機関誌『日本の科学者』2015年10月号において,増田善信氏の「福島原発事故による放射性ヨウ素の拡散と小児甲状腺がんとの関連性,およびその危険性」と題する論文が掲載されたが、この論文を「間違った情報と知見にもとづいて執筆された問題だらけの論文」と決めつけ、清水修二(「県民健康調査」検討委員会委員)・野口邦和・児玉一八3氏が連名により増田論文への反論文の掲載を同誌編集部に求めたが、これを拒否されたため、「放射線被曝、放射線影響に関する限り、日本科学者会議はもはや科学者集団ではなくなったと言わざるを得ません。」)として、3名が退会した(清水修二2015,12,9「左巻健男ブログ」から転載2015,12,19より)。
 野口氏らは反論文で「原発事故の影響で小児甲状腺がんがふえるかどうか、今の時点で結論を出すのは時期尚早である。…今度の事故による程度の低線量被曝では、統計的に確認できるほどの増加が観察される可能性は小さい。それでも考えられる評価基準のすべてにおいて「シロ」である確証が得られない限り、「疑わしきはクロ」とみるのが正義だ、と増田氏は主張されるだろうか。それで誰が救われることになるのか、考えてほしいものである。」(『放射線被曝の影響評価は科学的な手法で―甲状腺がんをめぐる増田善信氏の論稿について』清水修二・野口邦和・児玉一八 2015,10,13「同上:左巻」)と述べ、「放射線はシロ」の判断を下した。100万人に1~2人といわれる極めて稀な病気であるはずの小児甲状腺がんが、事故後なぜ20~50人と多発しているのか。野口氏らの論理は将来、小児甲状腺がんになるかもしれない被災者を切り捨てる国家・国家の意見を代弁する山下俊一氏らと同一である。このような、反論文を掲載すれば『日本の科学者』編集部は永久に「科学者」ではなくなる。編集部が掲載拒否したことは至極当然である。

2 山下俊一氏らと野口邦和氏らとの奇妙なシンクロ
 野口氏らはUBSCEAR(国連科学委員会)2013年報告書や政府・東電発表の資料を金科玉条のごとく扱っているが、事故直後に「メルトダウン」を認めた発言をした原子力保安院の中村幸一郎審議官を直ちに更迭し、事故を「レベル5」と発表したような政府の資料をそのまま鵜呑みにすることはできまい。水俣病に取り組んだ故宇井純氏が民間会社で働いていた時、氏は年間50kgの水銀を工場外に捨てていた。3人で150kg、20年間で3,000kgは流していた。ところが会社から国への報告はたった34 kgで2桁の差だったという。野口氏らが、チェルノブイリでは「5日間以上も国民に隠されていたため初期の緊急時対応がまったく採れなかったのに対し…それなりの緊急時対応を採ることができた」(同上:反論文)というが、全くのデタラメである。浪江町では放射性物質が流れた方向に避難させられ、飯館村が全村避難となったのは事故後1ヵ月もたった4月11日である。その間、山下俊一氏らは飯館村を訪れ「放射線は怖くない」と説得して回っていたのである。野口氏らはこうした事実に目を背けている。

3 28年前・チェルノブイリの重大な結果を学ばず「広瀬隆批判」を行い、3.11を招いた野口氏
 チェルノブイリ事故2年後の1988年5月、日本科学者会議は、「原子力をめぐる最近の諸問題」というシンポジウムを開催、「広瀬隆『危険な話』は危険な本」というテーマで、原沢進氏(立教大学原子力研究所教授)と野口邦和氏(日本大学)が報告した。野口氏は、「原発推進者を事実上免罪する『危険な話』の危険な結論、きわめてデタラメかつ危険な書物であると指摘」し、報告は、『文化評論』1988年7月号に「広瀬隆『危険な話』の危険なウソ」と題されて掲載され、『文藝春秋』1988年8月号にも「デタラメだらけの広瀬隆『危険な話』」として要約が転載された。
 野口氏は『文芸春秋』おいて、広瀬氏を「『甲状腺ガンがすさまじい勢いで発生する』は、文学的表現であろうか。…しかし『稀にみる真実』であると主張するのであれば、このように情緒的な表現だけを用いるのは間違いの元で、避けるべきであると思う。…甲状腺ガンおよび甲状腺結節の潜伏期はともに10年である。…広瀬さんは『(甲状腺ガン)の兆候は出はじめている』(括弧内の挿入は私)とあっちこっちで講演して回っているわけだから、完全なウソ、作り話である。」とチェルノブイリ事故での甲状腺がんの発生の事実を否定した。しかし、野口氏が強固に否定した甲状腺がんは発生した。今回の福島事故も同様の論理で否定している。
 この野口氏の広瀬批判に対し、吉岡斉氏は「野口の最も基本的な主張は、ソ連報告書をフィクションと断定する広瀬の主張は、広瀬自身がソ連報告書を反証するだけの解析結果を示さない限り、説得力がないという主張であった。つまり野口は事実上、ソ連報告書の内容の全面的な擁護をおこなったのである。ソ連政府による事故情報独占体制のもとで、広瀬がソ連政府の公式見解を反証する解析結果を示すことが不可能であることを承知のうえで、野口はソ連政府を全面的に擁護したのである。(吉岡『新版原子力の社会史』)とその体制擁護を的確に指摘した。情報を独占する体制を擁護し、情報が限られる市井の科学者やジャーナリストには厳しく当たる姿勢は、今回の増田氏への批判にそっくりそのまま当てはまる。野口氏はこの28年間まったく学習していない(参照:Hisato Nakajimaブログ『東京の「現在」から「歴史」=「過去」を 読み解く』2012.1.27)。
 
4 科学至上主義の「神話」
 “専門家”の“科学的評価”は、本当に正しいのか?“科学者”は“中立的立場”なのか?「大企業なり国家なりがスポンサーになるということが第一次大戦の後起こってまいりまして、これが一番成功したものはアメリカのマンハッタン計画であって、確かアメリカの80%以上の科学者がそこで組織されたといいます。」と宇井純氏は述べている。また佐藤文隆氏は米国の物理学の博士号取得者数が第二次大戦後、スプートニク・ショック以降の冷戦激化下で急増し、ベトナム戦争の泥沼化でピークアウトする推移を解説しながら「純粋な基礎研究でも国家に奉仕する仕組みに絡み取られてしまうことである。どんな基礎研究に没頭していても、国家の枠組みからのドロップアウトではなく、国家機構に組み込まれた営みなのである。逆説的だが、どんな役立たずのことをやっていても『お国の為』という網から逃れられないのである」(佐藤『科学者、あたりまえのことを疑う』2016.1.10)と喝破している。 野口氏らはあたかも自身を「国家機構に組み込まれない」、「中立的判断」が可能な第三者を装っているが、国家のステークホルダー(利害関係者)の一員であることに変わりはない。その立ち位置を誤魔化して、あたかも第三者を装い、福島の被災者に「今見つかっている甲状腺がんは、事故由来の放射線被曝の結果であるとは考えられない」と御託を並べることがいかがわしいのである。それを「御用学者」と呼ぶ。
 
5 甲状腺がんでも水俣病における厚生省・東大医学部と同様の役回り
 水俣病は1956年熊本大学医学部の研究チームにより、チッソ水俣工場の排水中の有機水銀原因説が有力視されたが、1960年、厚生省はこれをもみ消すため強引に東京大学医学部を中心に「田宮委員会」を設置し、清浦雷作東京工業大学教授らが「アミン説」という偽説を発表、あたかも原因は未解明であるかのような印象を振りまき、水俣病の解決を決定的に遅らせた苦い教訓がある。
 福島原発事故にかかる甲状腺がんについては、この間、岡山大学の津田敏秀氏らが疫学的な観点から報告しているが(国際環境疫学会・医学雑誌「Epidemiology」(インターネット版)2015.10.6)、野口氏らは争点の軸をずらし、「放射性物質の放出量が少ない」、「チェルノブイリでは4~5年後から急増しており、事故直後から発病することはありえない」、「スクリーニング効果である」、「日本は海産物を通して日頃からヨウ素を十分摂取している」、「日本は事故直後から食品摂取規制を行った」(反論文)等様々な理由をつけている。山下氏も同様であるが、津田氏の疫学からの指摘に対し、何の裏付けもなく、その場しのぎの「偽説」を強引に振り回すことではない。甲状腺に影響を及ぼす放射性ヨウ素131は事故から8日間で半減してしまったが、その動きはほとんど分かっていない。なぜ、20~50倍も発生しているかを真摯に考えることである。宇井純氏は「誤ちを認めることがなければ、今後も誤ちは繰り返されるであろう。」と指摘したが、同様のことが今回も繰り返されようとしている。まことに戦慄すべきことである。
 
6 「核」にしがみつく共産党と「核」からの離脱を目指す「日本科学者会議」
 「放射線被曝,放射線影響に関する限り」とする野口氏らの見解は、米原子力委員会主導のABCC(The Atomic Bomb Casualty commission)→重松逸造(放射線影響研究所(ABCC改組)理事長)→長瀧重信→山下俊一氏らと同一線上にあり、この分野については、部外者からの批判を一切受け付けないということである。なぜなら、放射線被曝,放射線影響は核戦略の根幹をなす部分であり、放射性降下物による内部被曝を一切無視し、核兵器の「放射線による長期にわたる殺傷」を隠蔽し、「核兵器は通常兵器と同じ」であるとする米核戦略に沿うように情報を操作する必要があるからである(矢ケ崎克馬『隠された被曝』)。野口氏は28年前のチェルノブイリ事故の隠蔽においては「日本の原発は安全だ」とする「原子力広報」PA(Public Acceptance)担当の役割を果たしたが、福島事故においては、「原子力発電問題は高度の科学論争をともないます。思想性の低さゆえに…『反原子力ムラ』を作ってしまうのは愚かなことだ」(清水:『放射線被曝の理科・社会』野口・清水・児玉共著)などと反原発の隊列を後ろから殴打するなど、野口氏らは国家・東電の犯罪に加担・隠蔽する共同正犯の役割を果たしている。「核」の暴走を化学エネルギーを土台とする現代の技術において制御できなかった福島原発事故直後、共産党の不破哲三前議長は『「科学の目」で原発災害を考える』において、「1930年代に人間は核エネルギーを発見しました。これは、“第二の火の発見”と呼ばれたほどの人類史的な大事件でした。ものすごい巨大なエネルギーの発見でしたから…このエネルギーを使いこなす、そして人間が人間の目的のために制御するには、たいへんな研究が必要でした。」(「しんぶん赤旗」2011.5.14)とし、いまだに「核」エネルギーの亡霊にひれ伏し、しがみついている。また、ネット上においても、野口氏らの論法を支持する投稿も多く、共産党内には「核」を放棄したくない勢力が根強く存在する。共産党が今後とも「核」=軍産複合体の側に留まるのか、「核」からの離脱を目指すのか厳しくその姿勢が厳しく問われている。 

【出典】 アサート No.459 2016年2月27日

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