【投稿】 IAEAの「福島原発事故最終報告書」を全く無視する日本政府とマスコミ
福井 杉本達也
1 事故の教訓を各国と共有したくない日本政府
9月14日から19日まで、ウイーンで国際原子力機関(IAEA)年次総会が開催された。今総会には「東京電力福島第一原子力発電所事故最終報告書」が提出された。 報告書は240ページの要約版と1000ページを超える詳細な技術報告書からなる。報告書は「日本に原発は安全だという思い込みがあり、原発の設計や緊急時の備えなどが不十分だった」と指摘。東電や日本政府は巨大な津波の発生の危険性を認識していたにもかかわらず、実効性のある対策を取らなかった批判した。しかし、市民の健康については、これまでのところ事故を原因とする影響は確認されていないとし、健康影響の発生率が将来、識別できるほど上昇するとは予測されないと政府報告をそのまま追認するなど欠陥も多い。当該報告書は既に今年5月に英文案が紹介されており、東京新聞・朝日新聞を始め各紙共5~6月に記事に取り上げているので目新しくはないが、今回は朝日新聞は1段のみ・日経新聞は国際欄のダイジェスト扱い、共同通信もベタ記事で、ほとんど黙殺に近い。原子力推進を目的とする国際機関の最終報告書であるから、日本の福島原発事故への対処に大甘でもよいはずだが、どうも日本政府にとっては耳障りな文面も多いようである。日本政府代表を務める岡芳明原子力委員長は代表演説の報告書に触れ、「日本は同報告書の内容を真摯に受け止めている」と強調したが、言葉とは裏腹に「事故の教訓を各国と共有し、原発の安全性の向上」につなげたくはないようだ。
2 津波に対策に厳しい評価
報告書は「事故以前に、合意に基づく手法を上回る波源モデルや手法を使用した幾つかの試算が事業者によって実施された。日本の地震調査研究推進本部が2002 年に提案した波源モデルを使用した試算は、最新の情報を使用し、シナリオについて異なるアプローチをとり、当初の設計及びそれ以前の再評価において出された見積りより相当に大きな津波を予想した。事故当時、更なる評価が実施されていたが、その間、追加の補完措置は実施されなかった。」とした。これは津波を「想定外」としていいわけしようとする日本政府にとっては痛い指摘である。
さらに続けて報告書は「2007~2009 年の間に適用された新しいアプローチは、福島県の沿岸沖合でマグニチュード8.3の地震が起こることを想定した。このような地震は、福島第一原子力発電所において(2011 年3月11 日の実際の津波高さと同様の)約15m の津波遡上波につながる可能性があり、その場合主要建屋は浸水することとなる。」「東京電力は、これらの津波高さの予想値増加に対応した暫定的補償措置を取らず、原子力安全・保安院も東京電力にこれらの結果に迅速に対処するよう求めなかった」と厳しく東電・保安院を批判した。
そして「事故に先立つ12 年間の日本及び他の地域での原子力発電所の運転経験は、洪水から重大な影響を受ける可能性を示していた。関連する運転経験には、1999 年にフランスのブレイエ原子力発電所の2 基の原子炉で洪水を引き起こした高潮、インドのマドラス原子力発電所の海水ポンプが浸水した2004 年のインド洋津波、及び2007 年の日本の新潟中越沖地震が含まれる。後者は、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所に影響を及ぼし、地下の外部消火配管の破損により、1 号機の原子炉建屋の浸水を引き起こした」と国外・国内の4事例を紹介、津波対策の教訓も期間も十分にあったと結論した。
3 過酷事故についての不十分な対応
IAEAは事故時に適用される深層防護概念として、通常運転の故障から、過酷事故による放射性物質の大量放出までを5段階に分けているが、日本では事故が起きても設計基準内に抑え込むレベル3までの対応しかとっておらず、炉心溶融など過酷事故を意味するレベル4や、住民を放射性物質から守るため、避難させるレベル5の事故は、全く想定していなかった。東京電力は、「交流電源が迅速に回復されると想定していた」。また「直流電源及び高圧空気など、その他の主要なユーティリティが、計装に電力を供給し、弁の操作を行うために常時利用可能であると想定した」と、全く甘い防護手段しかなかったため、事故の進行を止め、その影響を抑えることは不可能であった。2007年にIAEA は日本に対し「設計基準を超える事故に関する規制要件の必要性を提案し、原子力安全・保安院がこれらの事象の考慮に対する系統的アプローチを開発し続けること、及び確率論的安全評価とシビアアクシデントマネジメントの補完的使用について提案した」が日本は何の対応もしなかったと厳しく批判している。ようするに、IAEAの勧告に全く耳を貸さなかった結果事故を起こしたと評価した。
4 報告書無視・開き直りの川内原発再稼働
原子力規制委員会は、原発の新しい規制基準を制定。電力会社に想定する地震動、津波の見直しのほか、防潮堤の強化、海水ポンプの防護、建屋の防水強化、代替も含め注水手段や電源の確保などを再稼働の条件としている。九州電力川内原発1号機は8月11日に強引な再稼働を行ったが、再稼働にあたり、福島原発事故の教訓を踏まえでの「全交流電源喪失」に対処する高圧発電機車などをそろえた、「冷却材喪失による炉心損傷」に対しても可搬式注水施設(消防車)を用意したなどとしている。 レベル5の住民避難計画は全くおざなりであり、なんとかIAEA報告書のレベル4の過酷事故が起きた際の「事故拡大を防ぎ、放射性物質の放出を最小限にする」への対応はとったと言いたいのであろうが、そもそも、福島原発事故で消防車は全く役に立たなかった(冷却機能を喪失し水蒸気爆発した3号機使用済み燃料プールへの東京消防庁ハイパーレスキュー隊のスーパーポンパー車による放水は役に立ったが、それとは別に東電は消防車を使い圧力容器への注水を試みた)。炉心溶融で沸騰する高圧の圧力容器への水の注入には消防車程度の低圧力・注水量では全く歯が立たない。規制委の新規制基準では①弁を開放して減圧し、②可搬式注水施設(消防車)による炉心への注水」と指示しているが、低圧の消防車を使うということは高圧の注水を行う非常炉心冷却装置(ECCS)を使わないということであり、でスリーマイル島原発事故の教訓を踏まえた米原子力規制委員会(NRC)の指示を無視している。巨大地震が起これば高圧発電機車や空冷式のディーゼル発電機もあてにならない。 「全交流電源喪失」が起こったとしても、ECCSが使えるシステムを構築しなければ、レベル4に対応しているとはいえまい。IAEAは「過酷事故」に備えよとしているのであるが、福島の「過酷事故」が現実に起こったにもかかわらず、まだレベル3程度までの対策しか行わずに再稼働してしまったのである。むしろ、ECCSを使わないということによって、レベル3からレベル2(1979年のスリーマイル島原発事故以前)へ40年も後退したことになる。報告書を「真摯に受け止める」どころか全くの無視である。
5 報告書が避けた地震への対応と川内原発の基準地震動
報告書は「発電所の主要な安全施設が2011 年3 月11 日の地震によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。これは、日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプローチにより、発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。」としている。これは全くのでたらめである。「全交流電源喪失」はなぜ起こったのか。津波以前に6系統の送電線のうちの鉄塔1基が地震により倒壊し、他の系統も断線したからである。原発建屋本体の損傷ついては放射線値が高すぎて具体的に地震による損傷を確かめられない個所もある。そもそも震度6強(最大加速度550ガル)程度の地震動で「全交流電源喪失」が起こること自体、耐震設計が「保守的」とはいえない。
九電は川内原発についてプレート間地震と海洋プレート内地震について検討用地震を選定せず、基準地震動を策定しなかった。基準地震動は過小評価されている。東日本大震災が起きたにもかかわらず、九電は過去に起こった地震だけを考慮するという非常に古い考え方にしがみついている。太平洋プレート・フィリピンプレートなど多数のプレートが複雑に絡み合う地震大国の日本列島において、地震への対応を意識的に避けたことは、当報告書の最大の欠陥の一つである。
報告書は「発生が非常に低確率の極端な自然事象は、重大な影響を生じることがあり、また、極端な自然ハザードの予測は、不確実性が存在するために依然難しく、論争を招く。」「したがって、信頼できるハザードの予測を確保するため国内及び国外の入手可能な全ての関連データを使用すること、異常自然事象に対する信頼できる現実的な設計基準を定めること、及び十分な安全裕度をもって原子力発電所を設計することが必要である。」と書いている。川内原発の基準地震動評価はこの思想にも反している。
IAEAの報告書は非常に欠陥のあるものであるが、一応、国際原子力機関として加盟各国に対し「世界中で原子力安全、緊急時への備え及び人と環境の放射線防護を更に向上させるための数多くの措置」をとるように勧告している。それさえ無視するというのが今の日本政府である。毎年、IAEA総会では事実上の核保有国であるイスラエルに核拡散防止条約(NPT)への加盟などを求める決議案が出され、今回も否決されたが、日本は報告書が採択されても都合の悪い個所は黙殺するという態度であり、イスラエル以上のグロテスクな国家である。
【出典】 アサート No.454 2015年9月26日