【投稿】ドル―IMF-世銀体制の没落か「水晶の夜」の再現か

【投稿】ドル―IMF-世銀体制の没落か「水晶の夜」の再現か
                              福井 杉本達也 

1 国家自らがデモを組織する不思議?-フランス紙襲撃事件
 1月11日フランス全土で、週刊紙シャルリ・エブド社襲撃事件に抗議するデモが行われた。370万人が参加し、オランド仏大統領やメルケル独首相、キャメロン英首相、レンツィ伊首相、ラホイ・スペイン首相のほか、イスラエルのネタニヤフ首相、パレスチナ自治政府のアッバス議長らも参加するフルキャスト・フルメンバーであり、世界のデモ史上、最も華麗、かつ豪華絢爛なデモ行進と報道された。むろん、デモ大衆とは別の小さな通りで、治安機関職員に取り囲まれてのヤラセであるが(「The Voice of Russia 」2015,1,14)。
 しかし、国家権力が組織したデモとは何かが問われなければならない。普通、デモは権力も、暴力手段も、宣伝手段もない民衆が最後の抗議手段として自らの体を張って行うものである。国家権力は逆にこれら全てを持っている。その国家がデモを企画した目的が問われなければならない。武田邦彦中部大学教授は、仏のデモとナチスの行進を並べたブログを掲載した(2015.1.15)。ナチスの行進の目的は「反ユダヤ」・「反共産」という国家権力の意志を国民に力で押しつけ、国論を統一することにあった。まさか、国家権力が「ペンの自由」という間の抜けた呼びかけをすることはない。今回のデモは「反イスラム」・「反ユダヤ」ではない。アッバス議長もネタニヤフ首相も参加している。「反ロシア」でもない。ラブロフ外相も参加している。欧州国家がその権力を持ってしても背けず、デモで「抗議」しなければならない相手とは、消去法であるが「反ナチズム」=「反米」以外にはない。間髪を入れず米共和党・メディアはオバマ政権の反テロ行進への不参加を「手痛い失点」と非難した(日経:1.14)。今年に入り、オランド大統領は、ウクライナ危機の解決で進展があった場合、ロシアに対する各国の制裁を解除することを提案したとAFP通信が伝えていた。15日に独仏ロとウクライナによる首脳会談が行われる予定であった(日経:1.11)。これらの動きはウクライナのナチズムに裏から糸を引く米国にとっては非常に都合が悪いことであった。欧州の「移民問題」という弱点にテロを仕掛けることによって欧州を脅したのである。

2 ドル高・円安をどう捉えるか
 米国はウクライナのナチズムを支援してクーデーターを起こしたものの、現在の米国の経済力では支えきることはできない。ウクライナは破産状態であり、電力危機でウクライナの古い原発はこの間何度も事故を起こしている。このままではチェルノブイリの再来も間近である。石炭も不足しており、親ロ派の支配する共和国にしかない。南アフリカ・ポーランドからの石炭購入は支払い能力なしということで断られ、ロシアから輸入するしかない(ロシアNOW 2014.12.5)。
 ドル高・円安・ユーロ安というのは、米国に資金を集める政策である。ドルは基軸通貨であり、ドルに不安がないのであればなにもドル高にして無理に資金を集めることはない。ドルさえ持っていれば世界中で使用できるからである。しかし、米国はアフガン侵略・イラク侵略等々戦争に次ぐ戦争でドルを乱発し、ドルの信用に疑問符がついている。
 ドルの外貨準備が最も多いのは中国の3兆9,900億ドル、日本が1兆2,600億ドル、EUが5,859億ドル、ロシアが4,189億ドルなどとなっている。米国はこの海外ドル資産を米国に再投資するように圧力をかけており(マイケル・ハドソン『超帝国主義アメリカの内幕』1945年米国―カナダ協定等)、各国とも事実上ドル外貨準備は「肉を冷蔵庫に入れて電気を切る」状態に置かれている。
 外貨準備の中で金準備が最も多いのは米国の8,134トンであり、これに次いで、ドイツの3,348トン、イタリアの2,452トン、フランスの2,435トンとなっている。これに次ぐのが、この間ルーブル安であるものの、金準備を着実に増やしているロシアが1,150トン、そして中国の1,054トンである。日本はわずか765トンに過ぎずそのほとんどは米国の金庫に保管されていることとなっている。スイスでは「スイスの金を救え」というスローガンで中央銀行の金準備増強と海外保管の金(=米国保管)の国内へ移送するという政策は11月30日の国民投票で否決されたものの、フランスでも同様の要求が高まっており、オランダは一部移送を実施した。しかし、ドイツは米国の圧力により移送を断念している。スイスやオランダが金準備を国内に移送しようとしたのは、米国の金準備が実際はほとんど使われてしまってNY 連銀の金庫の中は空で、各国の米国内に保管されている金準備にまで手を付けているのではないかという「疑心暗鬼」によるものである。逆に言えば、ドルの信認が無くなり、紙くず同然となる日が近いということでもある。

3 ブレトンウッズ体制(金・ドル本位制)
 1944年、金だけを国際通貨とする金本位制ではなく、ドルを基軸通貨とする制度を作り、単なる紙幣(紙)に過ぎないドルを金と同様の価値があるとし、金とならぶ国際通貨とした。第二次世界大戦後は世界のほとんどの金が米国に集中しており、米国は圧倒的な経済力と軍事力を誇っていた。ドルと各国の通貨価値を連動させたことから、ブレトンウッズ体制(IMF体制)のことを、金・ドル本位制という。
 この制度では、金とドルの交換率を、金1オンス=35ドルと決め、金との交換を保証し、今日のように毎日・毎時為替レートが変動することはなく、為替が固定されていたことから、固定相場制という。ちなみに当時円は1ドル=360円に固定されていた。

4 変動相場制
 しかし、米国は、1960年代にベトナム戦争での大量支出や、軍事力増強などを行った結果、金の裏付けのないドル紙幣を大量に発行し、NY連銀の金庫からは金がどんどん流出し、金との交換を保証できなくなくなっていった。当時、ドル紙幣をため込んだフランスなどは、これを金に換えようとしたことから米国は破綻宣言=1971年8月15日、米大統領ニクソンは、ドルと金の交換停止を発表した(ニクソン・ショック)。これにより、米ドルは信用を失い、1973年よりに変動相場制へと移行した。
 その後、米国はドル危機を避けるため高金利政策を取り、資本の吸収を図ったものの、莫大な貿易赤字が計上され、財政赤字も累積していった。特に、日本とドイツがアメリカの圧力により赤字解消のための為替を大幅に切り上げざるを得なくなった(プラザ合意)。その後今日まで、米国はその軍事力を背景に、紙くず同然のドル紙幣を押しつけ、赤字を垂れ流す体制を続けてきた。「米国債本位制により、アメリカ経済は、アメリカの外交官がIMFを通じて他の債務国に命じる行動、つまり緊縮財政をみずから実践する必要がなくなった。アメリカだけが、国際収支への影響をほとんど気にせず、国内で拡大路線をとり、外交を推し進める。債務国に緊縮財政を押し付けながら、世界最大の債務国、アメリカは、一人金融的束縛なしに行動する」(マイケル・ハドソン)ことができることとなった。

5 BRICS銀行とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設
 2014年は中国主導によるBRICS銀行とアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設が合意された。AIIBは基本は新興国が加盟するが、ニュージーランドも参加することを表明し、枠はどんどん拡大している。金の裏付けのなくなったドルを中心とするドル基軸体制=ドル―IMF―世銀体制を根本から揺るがす事態となっている。BRICS銀行やAIIBが機能するようになれば、新興国の貿易や投資はNYを経由することなく、決済が行われ、ドルは紙くず同然になる。「この合意は、第二次世界大戦後の米国主導の国際金融レジームに対するだけでなく、冷戦後の国際秩序そのものに対する一つの挑戦」(六辻彰二)である。これまでのIMF・世銀は借り入れ国に経済政策や制度の改革を求め、実行されなければ融資を引き揚げるという先進国の新興国収奪の先兵として権力をふるってきた。 場合によっては、その国の政権を転覆してでも債権を確保し、無理やりに市場経済化を推し進めてきた。たとえば、1973年チリではアジェンデ政権が転覆され、IMF/世銀の要求により1997年に南米のボリビアでは、水道事業が民営化され、米国ベクテル社の子会社に売却された。
 これまでも、IMFへの新興国の参加=具体的には中国の出資額の日本レベルへの引き上げやSDRの強化なども議論されてきたが、いずれも米国の強い反対により潰されてきた。そのような機関ができれば、これまでのような無制限なドルの垂れ流しも、新興国の収奪も出来なくなり手足を縛られてしまうからである。これまでと異なるのは、ロシア・中国の軍事力と中国を始めとする新興国の十分な外貨準備高によって担保されていることである。
 米国としては自らの覇権を根本から引っ繰り返される恐れのあるBRICS銀行やAIIBを何としても潰したい。そのための攻撃がウクライナであり、イスラム国であり、香港雨傘革命等々である。ウクライナ問題に対するロシア制裁を巡っては欧州には反対の意見が根強い。昨年12月に行われたG7でもドイツなどが米国の制裁強化に反対したと伝えられる(福井:2015.1.16)。しかし、正規の軍事行動は経済情勢から見ても制限せざるを得ない。とすれば非正規の軍事行動が幅を利かすこととなる。現代版「水晶の夜」(Kristallnacht)を再現してはならない。 

 【出典】 アサート No.446 2015年1月24日

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