【投稿】福島を再び水俣のように切り捨ててはならない
福井 杉本達也
1 統計でウソをつく方法
西内啓著『統計学が最強の学問である』が異例のベストセラーとなっている。西内氏は「統計学は「不確かな現実」に判断を下すためにある」とし、「「間違った仮説を採用する」という間違いだけでなく、「正しい仮説を採用できない」という間違いについても同じくらい重視すべきだ」と述べている(ダイヤモンド社HP 2014.4.25)。福島第一原発事故の放射線の影響はまさにこの西内氏の言葉が当てはまる。
産業技術総合研究所フェローの中西準子は著書『原発事故と放射線のリスク学』の中で、すべてのタブーに挑戦したと言っている。「一つは、外部被ばく線量の計算値。第二に、小児甲状腺検診の問題。第三に除染費用の限界。第四に、リスクを受け入れなければならないという現実。そして、帰還のための線量目標値。」「すでに被ばく線量のデータなどは出尽くしていると言ってもいい状態です。有害性については、分からない、分からないと学者や政治家、評論家が言い続けていますが、これくらい分かっているものは他にありません。」といっているが、ほとんど、政府機関や県発表、伝聞により構成されており、特に小児甲状腺がんの福島県『県民健康管理調査』を扱った部分は最悪である。
平成23年度の調査結果について中西は「当初思ったより、A2の割合が高いという感想を持った…その疑問に応えるかのように、やがて福島県以外の三県の結果が示され、それは、A1(異常なし)、A2(5㎜以下の結節や20㎜以下ののう胞)、B(5.1㎜以上の結節や20.01㎜以上ののう胞)の比率が福島のそれとほぼ同じであった。そして、超音波の検出力が高く…チェルノブイリのときと比べると、A2の比率も高くなっているという説明であった。その説明は納得できるものだった」と述べる。A2の数字が福島県で高いというのは事実である。
2 『県民健康管理調査』をどう読むか
小児甲状腺がんの発生率は非常に少ない。日本における15~19歳における発生率はわずか100万人に5人である(1975~2008年)。これまではわずかな発生率であったものが、『県民健康管理調査』では2011年調査で14人、2012年調査で54人、2013年調査で21人、合計90人のがん症例が見つかったのである。もちろん調査年度によって調査対象地域も原発周辺地域から比較的影響の少ない会津地域までと異なる中でこの数字をどう読むべきかということである。
中西のように90人も5人変わらない。「たまたまだから」と切り捨ててしまうこともできる。しかし、90人という数字は、他地域と比較してどうなのか、今後どうなっていきそうかということを予想するのが統計学的考え方である。津田敏秀氏(岡山大)の計算によると、2012年度調査の二本松市・本宮市など中通りでの発生率は40.81倍(15~19歳比)であり、誤差は95%の信頼度で低くても21.36倍、高ければ73.51倍の範囲内に入る。2013年度調査のいわき市では19.64倍(同)、低くて11.37倍、高ければ24.57倍の範囲内に入る(津田:『科学』2014.7)。また、福島県内では比較的放射線量の低い会津地方(合津若松市除く)などを1とし、他の地区を比較した「有病オッズ比」では二本松市・本宮市など中通りは11.22、いわき市は5.40であり明らかな違いが見られる。
また、小児甲状腺がんとは別の統計だが、ハーゲン・セアブ、ふくもとまさお氏らによる「フクシマの影響 日本における死産と乳児死亡」(『科学』2014.6)による国の『人口動態統計』データの解析から、茨城・福島・宮城・岩手県の「高汚染都道府県」の死亡率(自然死産率+出生後1年未満の乳児死亡率)は2011年12月時点でオッズ比1.052と5%程度高くなっている。同統計からも放射線の影響が見て取れる。
3 環境省の3県調査の発表には作為がある
中西は調査の結果を否定するために福島県以外の3県調査を持ち出しているが、3県調査は6~15歳が45.7%、16~18歳が20.8%を占め福島県の調査と比較して高い年齢層に偏っておりデータ補正をしなければ福島県との正確な比較はできない。補正すればさらに福島県の異常さがきわだつことになる(津田:同上)。環境省の3県の追跡調査事業結果(2014,3,28)によると、平成24年度調査でB判定とされたもののうち1名が甲状腺がんであることが判明した。調査の数字にウソはないが、それを根拠に発症率を「福島県外と同程度」に結びつけようとしている。1名では統計学上の誤差があまりにも大きく比較対照はできない。環境省の「住民の皆様の理解促進に役立てることを目的に、福島県外の3県の子どもを対象に、県民健康管理調査と同様の超音波検査を実施し、その結果の妥当性について、情報を提供することとしたものです。」(2013.3.29)という言葉には明らかに世論誘導の作為がある。生データのみではなく、統計学上のデータ補正と解説を付けて発表すべきである。
4 細かく調べたので小児甲状腺がんが沢山発見されたというウソ
中西の県民調査で小児甲状腺がんの発見が多いのは「スクリーニング効果」(それまで検査をしていなかった方々に対して一気に幅広く検査を行うと、無症状で無自覚な病気や有所見〈正常とは異なる検査結果〉が高い頻度で見つかる事(首相官邸HP:2014.2.12山下俊一コメント))であるというが、津田氏は「今回、内部比較でも被ばく量に沿ったと思われる有病オッズ比の明瞭な上昇がみられた。これは、スクリーニング効果だけでは、甲状腺がんが数多く発見されているという多発を説明することがまったくできない」(津田:『科学』2014.3)ことを示しているとして、明確に否定している。スクリーニング効果からは福島県内地域でのがん発生率の差は説明できないであろうということである。中西は何の検証もせず「納得」してしまっている。中西は科学者としての自らの実験で「納得できない」データは「異常値」として切り捨て、「納得できる」データのみを採用していたのであろうか。これは研究不正以前の由々しき非科学的態度である。
5 帰還の目標値“20ミリシーベルト”は「放射線の影響はない」という前提
政府は放射線の年間積算線量が20ミリシーベルト以下の区域を順次避難指示解除する方針を示している。「100 ミリシーベルト以下の被ばく線量域では、がん等の影響は、他の要因による発がんの影響等によって隠れてしまうほど小さく、疫学的に健康リスクの明らかな増加を証明することは難しい」、1ミリシーベルトは、「放射線による被ばくにおける安全と危険の境界を表したものではない」(復興庁:『田村市説明資料』2014.2)として解除を決めた。これは、丹羽大貫(元京大放射線生物研究センター教授)らが主張するもので、発がんの突然変異要因は放射線等5つほどあり、残りの4つの要因を減らせば=「生活習慣で放射線のリスクが変動する」(中西:同上)という怪説を唱えている。丹羽説に従えば、『県民健康管理調査』の結果は何なのか。他の要因により隠れてしまうほど小さいものなら、なぜ、小児甲状腺がんがこれほど見つかるのかの証明はできない。確かに喫煙の発がん性は明らかであるが、まさか、福島県の子供がタバコを吸っているとか著しく肥満であるとは言えまい。丹羽説を真に受けた『放射線に負けないからだをつくろう―生活習慣のポイント』(福島市HP)という呼びかけは犯罪である。また、指示解除する区域では「希望の方には誰でも個人線量計を貸与」(復興庁:同)するという。解除後は個人の責任で放射線を浴びてもらうということで、国は一切関知しないということである。つまり、将来、被曝してがんになっても国は補償しないということである。
6 水俣病の重い教訓
1956年5月に公式確認された水俣病は60年近く経過したいまも「誰が水俣病患者か」を巡って争いが続いている。1968年9月にはチッソ水俣工場の廃液に含まれる有機水銀が水俣病の原因であるという政府見解を発表した。しかし、国は水俣病の認定に対し、感覚障害だけでなく複数の症状が揃うことを要求していた。その後、裁判での争いとなり、最高裁は2013年4月感覚障害だけの患者(故人)に水俣病と認定する判決を下した。それでも国は新たな運用指針として症状と水銀摂取の因果関係を客観的資料の提出を患者側に求め続けている(日経:2014.3.8)。国とその取り巻きの医師たちは原因と結果を一対一の関係と思い込み、蓋然性を定量的に与える裏付けとなる疫学調査(統計学的手法)を行ってこなかったからである(津田『医学的根拠とは何か』)。
中西は「濃密な検診が福島の若者の幸福につながるのかについて相当の疑問を感ずる」「問題でないものを、えぐり出して」いる(中西:同上)というが、近代統計学上の「「間違った仮説を採用する」という間違いをするか、「正しい仮説を採用できない」という間違いをするのか。水俣病の推定患者3万人中、県の認定患者はわずか2,265人。どちらの間違いが今後の日本社会の運命に影響が大きいかは明らかである。低線量被曝で再び水俣病と同じ愚を犯させてはならない。事故当時19歳以上の者や福島県に隣接する栃木県・茨城県・宮城県南部の症例把握も含め早急な対応が求められる。また、甲状腺以外のがん・がん以外の疾患への対策も必要である(津田:『科学』2014.7)。
【出典】 アサート No.440 2014年7月26日