【投稿】中東パワーバランスの変化
<動揺するオバマ>
8月21日、内戦の続くシリアの首都ダマスカス近郊で、化学兵器による攻撃が行われ、数千人に及ぶ死者、負傷者が出た。
アメリカオバマ政権は即座に、これをアサド政権によるものと断定し、軍事行動の準備を開始した。アメリカ的にはここで化学兵器の使用を看過すれば、イランの核開発への圧力が保持できないとの判断だったが、思惑は揺れ動くこととなった。
当初は、米英仏など有志連合による攻撃が月内にも開始される、との見方が有力であった。しかしイギリスが議会や世論の反発で早々に脱落、フランスもオランド大統領が、国連現地調査団の報告を待つという慎重姿勢を示すなか、オバマ大統領も議会の承認を得ることを条件としたため、早期の軍事行動は遠のいた。
9月5、6日、サンクトペテルグルブで開催されたG20サミットでは、シリア情勢について急遽、米露首脳会談が行われるなど、事態の進展が図られたが、アメリカの目指す軍事行動への賛同は広がらず、プーチン大統領が主張する政治的解決への機運が高まる結果となった。
9日にはロシアのラブロフ外相がアサド政権に、化学兵器を国連監視のもと引き渡して廃棄することを提案した。翌日にはシリアのムアレム外相がロシアの提案を受け入れることを表明した。
これを受け、10日にオバマ大統領はホワイトハウスで演説し、アサド政権に化学兵器の放棄を求める国連安保理の決議案採択を通じて、問題の政治的解決を目指す方針を表明し、武力行使から方向を転換した。またオバマ大統領は、「アメリカは世界の警察官ではない」とも述べた。
12日になり、アサド大統領が化学兵器禁止条約へ加盟する意向を明らかにし、断続的に協議を進めてきた米露外相は14日、シリアの化学兵器廃棄に関する枠組みに合意した。
今後、シリア政府の提出するリストに基づき、国際調査団が11月までに入国しチェックを進め、化学兵器を国外に移送したうえ、来年半ばまでに全廃するとしている。
こうした政治交渉が進む中で、国連調査団は16日調査報告書を公表し、8月21日の攻撃と被害はサリンによるものと断定、これは戦争犯罪であるとした。
国連は、化学兵器を使用したのが誰であるか明確にしていないが、様々な証拠や情報から、犯人は政府軍であるというのが国際的な共通認識となっている。
<強気のプーチン>
ロシアも政府側の仕業であることを確認していると思われるが、外交戦術上アサド政権を強引に擁護し、政治的解決路線を押し通した。ここまではプーチン大統領の優勢であり、アメリカにとっては手痛い失策となった。
攻撃後の明確なプランも存在せず、アメリカは最初から中途半端であった。8月21日以降、間髪を入れずに攻撃することができなかった。最も大きな誤算はイギリスの脱落であった。同じ要因でEUの理解も得られなかったのも痛かった。
イラク、アフガンそしてエジプトの失敗から戦略面ではアサド政権転覆が目的ではないと縛りをかけ、戦術面でも地上軍は投入せず、駆逐艦からの巡航ミサイルと小規模な空爆という限られた選択肢しかなかった。
また攻撃準備完了から米議会承認まで半月もの猶予があれば、攻撃を実施してもいくつかの施設を破壊するだけで、憎悪と混乱を助長する結果に終わっただろう。
これに対して、ロシアの目標はアサド政権擁護と武力行使阻止という明確なものであった。ロシアは現在地中海東部に、太平洋、黒海、バルト海の各艦隊から派遣された巡洋艦、駆逐艦など7隻で「地中海艦隊」を編成し監視体制を強めている。
さらに太平洋艦隊から巡洋艦1隻、北方艦隊から空母1隻を派遣するという情報もあり、この地域における権益と安定の確保に向けた決意を見せている。
アメリカは巡航ミサイルを搭載した駆逐艦のほか、強襲揚陸艦、輸送艦を配置しているが、空母は紅海に止まっている。
この海域には他にドイツ、イギリス、フランス、イタリアが駆逐艦や情報収集艦を展開、またブラジル、バングラデシュ、インドネシア、ギリシアが国連のレバノン平和監視活動の一環として艦艇を派遣しているが、ロシアの集中度は群を抜いている。
加えてアメリカは、当面国内開催がないオリンピックには無関心で、対シリア攻撃をした場合、IOC総会で隣国のトルコのみならず周辺地域に悪影響を及ぼすことなど考えていなかっただろう。しかし、来年ソチ五輪を控えるロシアは、古くはモスクワ五輪、近くでは北京五輪の際の南オセチア戦争の経験から、混乱の波及など許しがたいものがあった。
さて、アメリカに一端は軍事行動を決断させた要因となった、イランの核開発問題であるが、24日から開会中の国連総会では穏健派のロウハニ大統領がシリア問題も含め、どのような対応を見せるかが注目されている。
アメリカの影響力が低下し中東でのパワーバランスに変化が起きつつある中、新たな平和的イニシアチブの確立が求められている。(大阪O)
【出典】 アサート No.430 2013年9月28日