【書評】三浦耕喜『兵士を守る──自衛隊にオンブズマンを』

【書評】三浦耕喜『兵士を守る──自衛隊にオンブズマンを』
                 (2010年7月発行、作品社、1,800円+税) 

 「自殺者数は1995年度で44人だったのに対し、1996年度は52人、1997年度には61人と増加。2004年度には94人が自ら命を絶った。この数字は自殺率で言えば、一般国家公務員の倍以上だ。2004年度の一般国家公務員の自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)は19だったのに対し、自衛官は39.3にも上る。その後は下がったものの、2008年度は76人と高止まりのまま。自殺率は33.3で、一般国家公務員の21.7より10ポイント以上高い(評者注──この年の一般国民は25.3)」。
 ここに述べられている数字は、自衛官の自殺の数字である。この数字は、自衛官の男女構成比や年齢構成の若さを考慮しても、一般国民よりも高いと言わざるを得ない。諸外国との比較では、2008年ドイツでは、連邦軍兵士10万人当たりの自殺率は7.5(一般国民は11.5)、イラク戦争中の米国では20.2(兵士と同じ年齢構成では一般国民は19.5。ただしイラク戦争前では、兵士の自殺率は9.8であった)。「文化的背景はともあれ、イラクで戦争している米国よりも日本の自衛隊の方が自殺率は高いのだ」。
 本書は、これまでの憲法九条、自衛隊をめぐる論議でほとんど顧みられる事のなかった個々の自衛官の問題に焦点を合わせる。その事情を本書は次のように指摘する。
「振り返れば、日本の国政において、自衛隊は長く『できれば見ないで済ませたい』存在だった。これを用いる側は政治的リスクを小さくするため、極力、自衛隊の活動を『大したことではない』ように言い繕ってきた。(中略)一方で、自衛隊を好まない勢力は、その存在自体を認めようとはせず、自衛官の口を封じ続けた」。
 この中で事実として自衛隊が担う役割が大きくなり、任務が厳しいものになるにつれてストレスもまた大きくなる。そして一番犠牲になっているのが一線の隊員たちであり、その結果が自殺率の増大につながっている、と本書は述べる。しかし自衛隊を是とする者にも、非とする者にも、本書は呼びかける。「その両者にとって大切なのは、まずは自衛隊で任務に就くひとりひとりの自衛官について『知ること』ではないのかと。兵士のつぶやきに耳を傾け、その思い、悩み、不満、苦しみをくみ取るところから議論は始まるのではないのかと。そのような声を聞かずして、自衛隊をめぐる是非を論じることはできない。自衛官の生の声を聞くための仕組みを考え、人間としての自衛官を大切にすることが、すべての出発点ではないのか」と。
 そしてこのことは、民主主義国家として自衛隊を正しくコントロールしていくためにも重要とされる。機密性が特に重大な意味を持つ軍隊は外部から見えにくいだけに、兵士の苦悩も隠され勝ちであることを考えれば、兵士の声を直接聞く制度が不可欠となる。
 このような視点から本書は、兵士のありのままの姿を把握するための軍事オンブズマン制度の設立を要求する。周知のようにオンブズマン制度とは、議会・市長などから任命されて、任命者から独立して行政の活動を調査、苦情を処理する機関を指すが、この場合は、防衛省や自衛隊幕僚監部から独立して、幹部自衛官のフィルターを通さずに第一線の自衛官たちから直接彼らの訴えを聞き、問題を処理していく機関である。
 本書では、このオンブズマン制度が確立しているドイツ連邦軍を紹介しつつ、その効果を強調する。そこではかつてのナチス・ドイツ時代の軍隊の反省から、兵士を「制服を着た市民」として扱い、「ひとりの兵士を大切にすることを目的としながらも、それによって信頼される軍隊を築き、国外での活動を円滑に進めている」実例が示されている。またドイツ軍自体が兵士に対して、自分自身で判断できる能力を身につけ、自分の良心に反する命令には逆らうよう指導をしていること(「内面指導」)、さらには兵士に対する命令の最後の責任は決定した政治家にあるとして、兵士自身が団結して声をあげる「軍隊の労働組合」(独連邦軍協会)の活動が紹介される。そしてこれらの諸策によって、軍全体を民主主義国家のコントロールの下に置き、社会とのつながりを維持し、国民的合意を形成していく道筋が語られる。
 翻って日本では、自衛隊の成り立ちからしてドイツとは異なった経過を歩んでき、与野党で現実からかけ離れた論議が繰り返されたが、しかし組織としての自衛隊において自衛官一人ひとりの悩みが問題にされることはほとんどなかった。この秘密主義、政治や国民との風通しの悪さが、互いの不信感を生み、高い自殺率とつながっていると言えよう。この意味で本書は、自衛隊のあり方の論議に一石を投じたものである。さまざまな立場からの議論が沸き起こることが期待される。
 最後に参考までに、命令への「服従」を規定した日本の自衛隊法とドイツの兵員法の条文を掲げておこう。(R)

○自衛隊法、第57条【上官の命令に服従する義務】「隊員は、その職務の遂行に当っては、上官の職務上の命令に忠実に従わなければならない。」
○兵員法 第11条【服従】「(1)兵士は上官に従わなければならない。兵士は最大限の力で、命令を完全に良心的に、かつ遅滞なく実行しなければならない。ただし、命令が人間の尊厳を侵し、勤務目的のために与えられたものでない場合には、それに従わなくても不服従とはならない。(2)命令は、それによって犯罪が行われるであろう場合には、兵士は命令に従ってはならない。(後略)」 

 【出典】 アサート No.411 2012年2月25日

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