【投稿】トヨタのリコール問題の背後にあるもの

【投稿】トヨタのリコール問題の背後にあるもの
                           福井 杉本達也

1 リコールとは何か
トヨタがリコール問題で揺れている。今回、3種類のリコール問題が発生した。昨年8月28日に米国でレクサス車の①フロアマットの不具合によるアクセルが戻らず4人の死亡事故が発生し、リコールに追い込まれた。その後、10月に米道路交通安全局(NHTSA)の調査でカローラ、カムリなどの量産車の②アクセルペダルが戻りにくく死亡事故が他社の2倍に上り多すぎるとしてさらに大きなリコールになった。そして今回(2010.2.9)、日本を含め、三代目プリウスの③ブレーキシステムがリコールになる状況が発生した。新聞には「トヨタ不信の包囲網」(朝日:2.9)「ユーザー募る不信」(毎日:2.9))との見出しが踊る。
そもそも、『リコール』とは何か。メーカーが製品を作り、ユーザーがそれを使いはじめると、すぐに不具合が出てくる場合もあるし、ナショナルのFF式ファンヒーターやパロマガス湯沸器のように何年もかかって不具合が顕在化してくる場合もある。その不具合によって最悪の場合は死亡事故を引き起こす。「そうしたときに、その危険を取り除くべき対策(多くの場合は部品などを取り替えて補修すること)…全部いったん市場に出したものを、その危険性故にメーカーの責任でこれを回収すること」(畑村洋太郎『リコールに学ぶ』日刊工業 2007.4.25)をリコールと呼ぶ。しかし、リコール自体が悪いこと、リコールを出したメーカーは社会的制裁を受けるべき企業かというと、そうではない。技術に完璧なものはない。現在使われている製品の潜在的リスクを放置しておくのではなく、「そこでトラブルが起こったことの原因の究明が行われ、そしてそれが次の製品に反映されて生かされていくことこそが、技術の進歩にとって不可欠なことがらであり、リコールはこのフィードバックの結果として生じる一種の工程の一つと考えることができる。従って巷間でいわれているようにリコール自体が悪いことであったり、あってはならないことであるとする考え方は間違った考え方」(畑村:同上)なのである。

2 フロアマット、アクセルペダルの問題
まず、①フロアマットと②アクセルペダルの問題であるが、失敗学の畑村洋太郎氏はVideonewsドットコム(郷原信郎氏、永井正夫氏(東京農工大)との緊急対談2010.2.9)の中で、かつてのボンネットのフックが『半がかり』になり高速走行中に外れてボンネットが開いた事故を例に、フロアマットやアクセルペダルについて、「摩耗粉などのごみ」がペダルのピンなどの回転部にたまりうる構造などがあるとして、こうしたことを経験で学ぶことが積み重ねになるとし、それを「知識化」して部品メーカーなどとの「共有化」を図る必要があるにもかかわらず、2000年以降の生産量の倍増などや生産拠点の変更などによって「知識の共有化」がなされなかったのではないかと指摘する。また、設計の考え方については、図面というものは「こういうものを作れ」と図と文字で指し示して作らせるものであるが、全体ができて組み上がったものは「使う状態で違う」ものであり、設計通りやったとしてもトラブルが起こることはありうるとする。トヨタとしては部品の買い入れの検収が不十分だった可能性、また、車の設計が複雑化し全体の部品点数が急上昇している中で「ぬけ」がなかったのかどうかが問われると指摘している。さらには、米国の部品メーカーはトヨタ以外へも部品を供給していたのかどうか。供給していたとすれば、NHTSAは他のメーカーも調べたのかどうかが1つの焦点になると指摘する。ようするにトヨタ狙い撃ちかどうかの判断基準である。

3 プリウスのブレーキシステムの問題
③プリウスのブレーキシステムについて、畑村氏は最近の車は走るコンピューターというようにハイテク機器化しており、これまでのエアバックやシートベルトといった『衝突安全』の考え方からABSや横滑り防止装置といった『予防安全技術』へシフトしていると指摘する。かつてABSのない時代、アイスバーンで車がスリップし田んぼに転落した経験があるが、ちょっとブレーキを踏んだだけで車があっという間に180度回転し、ハンドル操作を全くできずに落ちてしまった。今回のABSが絡んだブレーキシステムは雪や雨などで車輪がロックしないように-つまりハンドルが切れるようにすることで事故を回避する能力が高まるもので、車輪をロックさせないということは制動距離を長くするものである。雪道などでABSが働くと多少“ガクンガクン”と小刻みに動く感じが掴める。一部報道にあるような制動距離が短くならなければならないと考えるのは錯覚なのである。畑村氏はこの制動距離の感覚が個々人の感覚に適合(マッチ)していないこと(人間と機械との関係)が違和感の原因になっているとし、メーカーとユーザーによるコラボレーションで個別適合の安全技術を発展させていけばよいとし、『個別回収』でもよかったのではないかと指摘する。
企業のコンプライアンスの問題として、郷原氏はトヨタが記者会見で「フィーリングの違い」と言ったことがマスコミに大きく取り上げられ、「ユーザー軽視」、「消費者利益軽視」と受け取られたことで『リコール』に追い込まれたと指摘する。畑村氏は根本的な問題としてブレーキシステムを制御するソフトウェアに『バグ』があるかもしれないが、その点を『感覚の問題』で切り抜けようとしたことで、疑念を持たれ、信頼されなくなくなった。説明がへたくそで、騒ぎがここまで大きくなったと指摘する。

4 米国の国家戦略と前原国交相の対応
一連のトヨタのリコール問題は、米国からの貿易戦争の影が色濃い。既にGM、フォードはトヨタ車からの乗り換えに1,000ドルを支給するキャンペーンを開始し(日経:1.29)、2月24日には下院での公聴会への豊田社長の招請を求め、また、カーク米通商代表は2月3日、日本のエコカー補助の対象となる米国車(今回の対象車:大型スポーツタイプ多目的車(SUV)ハマーH3V8もエコカーなどというのは悪い冗談にしかならない:直嶋経産相はトヨタ出身?)が少ないことを日本政府に抗議している(SANKEI 2.4 )。さらに、ラフード米運輸長官が2月3日の米下院公聴会で、トヨタ自動車(回収・無償修理)対象車種の保有者はその車の運転をやめるべきと発言している(ロイター:2.4)。
ところが、前原国交相は2月5日の閣議後の記者会見で「『設定の問題との説明を受けたが、(不具合かどうかは)使う側が決めること。トヨタの対応は顧客の視点がいささか欠如している』」(日経:2.6)と発言したが、自動車安全の主管大臣として米国側とメーカー側のどちらの方を向いているのか疑問を感じる。ユーザーには使い方の詳しい中身は分からない。メーカーとユーザーが協力してこそ自動車の安全を高められる。単なるプリウス「いじめ」では日本の国益を大きく損なうことになる。
そもそも、ソフトウェアを駆使した『予防安全技術』や回生ブレーキなどの省エネルギー技術は今後の日本の技術の核となっていくものであり、日本の得意とするいわゆる『摺り合わせ型』生産技術(藤本隆宏東大教授らの研究で詳しい)の最たるものである。逆に米国や中国・韓国が得意とするのが『モジュラー型』(パソコンに代表されるようにインターフェースを標準化することにより、世界的に最も安く最適な部品を組み合わせる生産方式)である。今回の米国の貿易戦争の狙いは米国が不得意とする分野である『摺り合わせ型』生産技術への効果的攻撃にあるといえる。
さらに、トヨタの戦略上の失敗にカリフォルニア州・NUMMI(New United Motor Manufacturing, Inc.)からの撤退がある(今年3月)。経営判断的には1984年の設立以来赤字続きであり、合理的選択ではあるが、戦略的にはNUMMIこそ、日米貿易戦争の「妥協」(GMとの合弁・人質)の象徴であり、しかもUAWが組織された唯一の工場である。米国の雇用情勢が大幅に悪化する中でトヨタを守る基礎を自ら崩してしまったことである。さらには、NUMMIだけがトヨタ式生産方式=カンバンを持ち込んだ工場であり(小池和男『仕事の経済学』などに詳しい)、米自動車産業は結局、『摺り合わせ型』のカンバンをあきらめたということである。

5 なぜ、米国は貿易戦争を始めたのか
米財務省が2010年1月19日に発表した国際資本流動報告(TIC)によると、中国の米国債保有残高は2008年11月から873億ドルを積み増して2009年8月に8005億ドルとピーク達したが、その後109億ドル減らし11月末時点で7896億ドル(約71兆9781億円)で、依然として国別で世界第1位ではあるものの、これ以上米国債を積み増すのかどうか非常に不安定な状況となっている。第3位が英国と、シティにアクセスする石油輸出国と、シティへの中継基地であるカリブ諸国のアングロサクソン金融資本の合計であるが1年間で1204億ドル増やし6450億ドルとなった。しかし、昨年11月のドバイ危機以降この“身内の”資金調達はほとんど当てに出来なくなっている。一方、日本は11月末で前年比で1321億ドルも増やし、保有残高は7573億ドルと“順調に”中国に急接近してきているが、1年間の推移を見ると1258億ドルは麻生政権までの積み増しで、月平均100億ドル買い増しされてきたが、鳩山政権に交代した10・11月では63億ドル積み増しただけであり、いかに米政権が政権交代を危惧しているかが読み取れる。

6 米国債を売ろうとする者は武力で脅す
1997年6月、自民党の橋本龍太郎首相は、アメリカのコロンビア大学での講演で、「本当のことを申し上げれば、われわれは、大量の米国債を売却しようとする気になったことは、幾度かあります。」と米国債売却の可能性について触れた。翌日のニューヨーク市場は、1987年のブラックマンデー以来最大の192ポイントの下げ幅を記録した。橋本首相の発言は「反米」とみなされ、その後、1997年11月から翌年にかけ、山一證券や日本長期信用銀行の破綻などの金融危機を仕掛けられることとなり、橋本首相は金融危機と参院選敗北の責任をとる形で退任せざるを得なくなった。
ところで、ポールソン前米財務長官が2月1日発売の回顧録『オン・ザ・ブリンク(瀬戸際)』の中で、ロシアが金融危機を助長しようとしたとして、「ロシアの最高幹部が中国に接近し、米住宅金融機関の債券を共同で大量売却することを持ちかけていた」と暴露した(日経:2010.1.31)。ポールソン長官は2008年8月19日にオリンピックで北京を訪れた際、中国幹部から知らされたとしているが、実際は事前に察知してグルジアをけしかけロシアとの軍事衝突を8月8日に起こしたということが真相であろう。米国の債券を売ろうとする者は武力で攻撃するというのが米国の流儀である。この間、中国の米国債売却にはグーグル問題・台湾への武器売却・ダライ・ラマと米大統領との会談などで牽制している。日本では2月3日、亀井金融相がゆうちょ銀行の資金を米国債で運用すると発言したが(朝日:2.4)、米国への妥協なのか、変化球なのか、貿易戦争をからめて今後の鳩山政権の対米交渉を厳しく見つめる必要があろう。

【出典】 アサート No.387 2010年2月20日

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