【書評】『「慰安婦」問題を子どもにどう教えるか』 (平井美津子、2017年10月発行、高文研、1,500円+税)

 「『陛下はいわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか、おうかがいいたします』という質問に、昭和天皇は『そういう言葉にアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究してないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができなけます』。『戦争終結にあたって、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか、おうかがいいたしたいと思います』との質問には『原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思っています』と答えている」。
 「私はこの二つの答えを聞いて、言いようもない虚しさというかあほらしさというかなんとも言えない気持ちになったのを今もはっきりと覚えている。大元帥として戦争を最終的に指揮する権限を持った人として、そしてひとりの人間としてあまりにも不誠実ではないのかと」。
 1975年10月31日の昭和天皇の記者会見に衝撃を受けた著者は、その後中学校で教鞭をとることになる。そして1989年1月7日、その昭和天皇が亡くなり、2月24日大喪の礼で学校に公休日と半旗を上げることを文部省が通知してきたことに対して、「現実には、憲法にも教育基本法にも違反していることがいとも簡単に押し付けられていく。国家神道に国民たちがからめとられた時代は決して過去のものではないのだ。当時中学二年生に歴史を教えていた私は、アジア太平洋戦争や憲法の成り立ちなどに授業の必要性を改めて実感した。自分の中で、社会科の教師として何を子どもたちに伝え、考えさせるのかがやっとはっきり見えてきた」と戦争、戦後史学習に焦点を合わせた授業実践を目ざす。
 その内容は、「日本政府『戦後50年決議(村山談話)』」、「沖縄での米兵による少女暴行事件」、「日米地位協定、日米安保をめぐる沖縄、政府の動き」、「誤った歴史認識を持った閣僚による相次ぐ発言」等と多岐にわたるが、中でも「慰安婦」として初めて名乗り出た金学順さんの証言から、授業にこの問題を取り上げることにした。
 しかし当時、この問題を否定したい右派メディアによる教科書への攻撃や「〈明るい日本〉国会議員連盟」(奥野誠亮会長、安倍晋三事務局長)、「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝ら)などによる戦後歴史教育への批判が勢いを得て、著者の実践する戦争、戦後史学習は言うに及ばず「慰安婦」問題学習への圧力は増す一方であった。
 著者の場合、勤務校への在特会メンバーによる脅迫や市会議員からの教育委員会への圧力があり、これに対して事なかれ主義で事態を丸く収めようとする管理職の曖昧な態度などで苦しめられる。しかし著者は、この問題は学校教育全体に対してかけられている攻撃だとして職員会議でのオープンな議論をすることで、問題を共有することに努める。またそれを通じて同僚・教職員組合、そして数少ない骨のある校長などの支えがあったことが著者を励ました。そして何よりも授業実践によって生徒たちが戦争、沖縄戦、「慰安婦」問題についての目を開かれ、自分に関わる問題として考えるようになってきたことが──もちろん反発する生徒やわからないという生徒も当然いるが──授業後の感想文で出てきた。その個々の文章については本書を見られたい。
 「慰安婦」問題を20年にわたって教え続けてきた著者は、こう語る。
 「戦争によって非業の死を遂げたり、人生を破壊されたりした人々の悲惨な体験は何を物語るのか。それは単なる悲劇の物語ではない。終わった過去のことでもない。/そこから学ぶべきは、その真実を知り、記憶し、未来の平和を築くために継承していくことではないだろうか。体験をただ聞くだけでなく問いを立て、その答えを継承していくプロセスを大切にしなくてはいけない。『戦争はいけない』『平和がいい』という言葉をいくら並べても、本質にたどりつけないばかりか、形だけで時がたてば忘れられていくものでしかない」。
 未来をつくる子どもたちに向き合い、戦争の本質を子どもたちに伝える実践の貴重な記録である。ただ欲を言えば、本書に実際の授業計画・資料等が付けられていたら、同様の実践を行なおうとしている教育者たちに大いに参考になったと思われる。(R)

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