【投稿】人員削減の嵐と派遣労働
福井 杉本達也
1.急速に悪化する雇用情勢
雇用情勢が急速に悪化している。いまトヨタが昨年中に派遣社員5800人、今年3月末までに期間工5300人を、日産が派遣社員2050人を削減し3月までに非正社員をゼロに、マツダも1300人の派遣社員を削減するなど全完成車メーカーが人員削減に着手した外、キャノンが1200人、ソニーが全世界で16000人の削減を打ち出すなど、名だたる大企業が率先して大量解雇を行っている。福井においても電子部品大手子会社の福井村田製作所が1000人の派遣社員のうち400人を解雇し、残り600人も検討中という(福井:2008.12.12)。トヨタ系自動車部品製造のアイシン・エイ・ダブリュ工業も400人の“首切り”(日経:11.29)など、これまで比較的好調であった雇用は急激に悪化している。昨年11月の有効求人倍率は1.01とかろうじて1を超えてはいるが、隣県の石川は0.90、富山は0.77と1を大きく割り込んでいる。『東洋経済』(2008.12.20)によると、08年の1~10月までの有効求人倍率の減少幅のワーストは、愛知の▲0.48を筆頭に、三重・滋賀・石川・福井と自動車・電機産業が集中するこれまで景気を引っ張ってきた地域の落ち込みがひどい。
こうした中、年末31日から1月5日まで東京日比谷公園で行われた「年越し派遣村」は全国的に注目を集めた。こうした中、国会では野党が2004年から解禁されている製造業への派遣を再度禁止する労働者派遣法改正の動きをみせている(毎日:2009.1.15)。
2.急速な雇用情勢の悪化は雇用政策の大転換に
雇用悪化の原因は1999年に雇用政策を大転換したことにある。1985年の労働者派遣法成立(施行1986年)当初は専門知識が必要なソフトウェア開発など常用雇用の減少にさほど影響しないと思われる業務のみが許可されたが、派遣業務を原則自由化したのである。これまでのポジティブリストがネガティブリストに転換され、港湾運送・建設・警備・医療・製造の5業種が禁止対象とされた。それが2004年には製造業がネガティブリストからはずされ解禁されてしまう。さらに、当初1年以内とされていた派遣期間も2007年3月には最大限3年に延長されることとなった。
中野麻美氏は派遣法の労働スタイルを「労働者の派遣とその条件を取り決めた労働者派遣契約が、業者間の”商取引契約“であるのに派遣労働者の雇用や労働条件を実質的に決める機能がある」とし、「それが、働き手には大きなリスクとなる反面、ユーザーである派遣先に、必要に応じて受け入れたり排除したりでき、また労働条件もダンピングできるといった、”使い勝手のよさ”」で、派遣元企業間の激しい料金競争の中で派遣労働者を「技能・労働時間・料金などあらゆる角度から競争させ」「労働法による規制が機能しない、働き手が自己責任で使う側本位に決めた値段で成果物やサービスを提供するという労働の液状化」が起こっているとし、「働く条件を決めるのは市場原理であり、各人の力」であるという「働き手にとっては最も過酷な商品としての性質に収斂」される様を「雇用の融解」と表現している(岩波新書『労働ダンピング』2006.10)。
3.短期利益を追求する国際金融資本・多国籍企業に振り回される労働力
どうして米国発の金融危機が、即日本の派遣労働者の解雇につながるのか。時価会計の導入以降、日本の企業も米国流の四半期ごとの短期の利益を追い求める経営が主導的になっている。「派遣切りの問題は、ここ数年高まっていた資本主義原理主義とでも言うべき流れと切り離しては語れない…会社が株主のものであり、株主の利益のみに奉仕すべきである、という思想が強まった結果…経営資源をいかに効率的に使っているかを極めて短期的な視点で判断されるようになったことだ。…経営者は根拠なきレバレッジで膨らませた資金をつかって参入してくる株主の胃袋を満たすために短期的な成果をあげ続けていかねばならない。…直ちに(つまり四半期以内に)対処できることが株主的には有能な経営者であるわけで…製造業で通常固定費の大きな部分を占める人件費の一部を変動費化することはこれも当然の経営判断(Blog「厭債害債」2009.1.6」となったのである。
野村證券金融経済研究所によると2007年度の配当と自社株買いによる株主還元額は12兆3千億円と、前年度比1兆6千億円増加し、3兆円台で推移していた1990年代と比較すると4倍もの還元を行っている(日経:2008.8.2)そして、その配当の多くが海外に持ち出されている。ゴーンの日産やフォードのマツダなどの自動車産業ばかりでなく、キャノンやソニーなどは資本の過半数を外資が握っており、その経営思考は外資そのものである。村田製作所など電機産業の多くも外資比率が30%を超え、役員の解任要求ができるなど、経営者はたった「3ヶ月で」どう“成果”を出すかを迫られている。米国発金融危機以降、外資は自らの傷んだ財務の補填のためわずか半年間に21兆円もの資金を引き上げたが(日経:2009.1.14)、その点、派遣切りは短期に結果を出せる格好のターゲットとなったのである。「経済は変質した。国際金融資本や多国籍企業の視線に国家も国民も振り回されている。」しかし、「日本企業はまだ米国型に百%染まってはいない。役員会で労働者を切って配当を確保しようという財務担当者に対して、雇用を守ろうと必死に主張する人事担当者がいると信じたい。」(朝日:2008.12.28)と品川正治氏(経済同友会終身幹事)は述べている。
4.場当たり的な人材活用
佐藤博樹氏は日本の製造業の競争力は、①工程内での品質の作り込みや現場での改善能力、・安全確保力を含めた現場の技術力の高さ、②企業内における開発部門と生産部門の間の情報共有や緊密な連携、③企業を超えたメーカーと協力会社の間の情報共有や緊密な連携にあるが、「もの造りの担い手に外部人材が加わることによって、こうしたもの造りの競争力基盤を構成する現場の技術力にマイナスの影響がもたらされている」(『Business Labor Trend』2005.2)と指摘する。『日経ものづくり』2008年11月号-特集「派遣の現場」レポートによると、製造現場は減少する正社員を派遣社員が必至になって支えているのが実態であり、短期的には企業はコストメリットを享受できるが、長期的には外部人材を請負から派遣、派遣から請負へと入れ替えるたびに作業訓練を施さなければならない等々、「コスト削減の追求」→「外部人材の乱用」→「内部人材の弱体化」→「独自技術・技能の断絶」→「業績の悪化」→「コスト削減の追求」という負のスパイラルに陥いると懸念する。2007年の『労働力調査』では、派遣・契約・パートアルバイト等の非正規労働者は1732万人と全雇用者数の33.5%を占めている。製造業への派遣解禁前の2003年に電機連合が実施した実態調査では、正社員と請負スタッフの作業分担では、請負スタッフが主に行う仕事としては、加工・組立・検査・梱包・運搬などの「1週間程度の経験や訓練でこなせる仕事」が最も多いが、「工程の設定や切り替えの仕事」「機械の故障や工程のトラブルなどへの対応をともなう仕事」なども正社員と同様に行っている割合も高い(藤本真「製造現場における業務請負活用の実状と課題」『Business Labor Trend』2005.2)。調査時点以降、急速に派遣労働者等が増え、雇用者数の1/3を占めるまでになっていることを考えるならば、非正規労働者がこうした「すりあわせ技術」に深く関与し、正社員の分野をも蚕食しており、非正規労働者を解雇したとたん現場の技術力の空洞化につながりかねない。「コスト削減のみを重視した場当たり的な外部人材の活用は、生産現場におけるもの造り競争力基盤の弱体化」を引き起こしている(佐藤:上記)。
5.「雇用の融解」か「横断的労働市場」への基礎か
恐慌からの脱出は「ニュー・ディール」では不可能で、第二次世界大戦のような戦争による「有効需要」を起こさなければならないという物騒な話も聞こえるが、既に、米政府の金融危機対策費は8.5兆ドルと、独立戦争~イラク・アフガニスタン戦争までの経費(7.2兆ドル)をはるかに超えている(Blog「本石町日記」2009.1.8:米議会調査局)。このような未曾有の危機にあっても全米自動車労組(UAW)はストライキを背景として労使交渉を進めるという(日経:2009.1.11)。また、ドイツ金属産業労組(IGメタル)は昨秋16年ぶりの高水準の8%の賃上げ要求を掲げて交渉に臨み、各地で時限ストを展開し、11月12日に4.2%の賃上げで合意している(労働政策研究・研修機構HP:2008.12)。労働力商品は資材のように在庫の効く商品ではない。明日の生活があり家族がある。したがって、資本と「自由契約」すれば個別に買い叩かれることは当たり前である。商品として高く売るには労働力商品自らが労働組合を組織して交渉する以外に道はない。もちろん、交渉を自由競争市場の枠外として法が適正に保障することは重要である。しかし、国や自治体による住居の提供や失業対策の事業はあくまでも緊急避難である。
上記『日経ものづくり』は、派遣社員が比較的低い費用で質の高い労働力を提供するようになり、かつ、正社員も疲弊しており、これまでの正規/非正規のバランスが崩れつつあるとし、派遣社員の多くは正社員との間に大きな実力の壁が立ちはだかっていると考えているが、実際の壁はさほど高くないと分析する。株主の1/3という数字が経営に大きな影響を与えるように非正規雇用者の1/3という数字も大きな意味を持っている。国際金融資本・多国籍企業に主導権を奪われる中で、中野氏の表現する「商取引契約」の大海の中で「雇用の融解」によって、企業別労働組合自体も「融解」してしまうのか、企業別に分断されてきた労働市場から、逆説的ではあるが、長年希求してきた「横断的労働市場」の基礎ができてきたとして正規・非正規の枠を超えた交渉を組織できるのか正念場である。
【出典】 アサート No.374 2009年1月24日