【投稿】岩手・宮城内陸地震が警告したもの
<<「発生確率0%」の直下型地震>>
5/12に発生した中国・四川省大地震の記録映像かと思わず錯覚しそうな、崖崩れどころか、山崩れそのものといった映像が、日本の東北地方で現実に展開された。道路の寸断、橋の崩落・損壊、巨大な地滑り・落石、土砂崩れ、土石流が山間地域、市町村、温泉宿を急襲した。6/14の「岩手・宮城内陸地震」である。震災ダム決壊の恐れも四川大地震と同様である。地震は震源の深さ8キロ、規模がマグニチュード(M)7・2と推定されている。内陸部の直下型の地震であり、1995年1月の阪神大震災や昨年7月の新潟県中越沖地震などと同じタイプの地震である。
今回の震源地付近、岩手県南部の奥羽山脈と北上盆地の境界には、奥羽山脈を持ち上げるような逆断層が南北に走っており、付近の主な活断層として、北上盆地の西側にある「北上低地西縁断層帯」については、政府の地震調査委員会が長期評価の対象にしてきたものである。しかし地震調査委員会は2001年6月に、北上低地西縁断層帯全体でM7.8の大地震が起きると予測していたが、30年以内の発生確率はほぼ0%と評価していたものである。さらに震源付近には、この断層帯の一部を構成する出店(でたな)断層帯(長さ約24キロ)があるが、岩手県が、政府の交付金でおこなった活断層調査でも、同断層で想定される地震の規模はマグニチュード7・3だが、300年以内に発生する確率はほぼ0%と評価していた。しかしこうした評価は現実によって完全に覆されてしまった。活断層調査の不徹底と限界を誰の目にも明らかにしたといえよう。
東北地方は、太平洋側から太平洋プレートが、日本列島が乗っている「北米プレート」の下に沈降する、東西に圧縮される力が常に働き、ひずみが蓄積され、地下の断層を動かし、海岸部のみならず、内陸部であっても、しばしば地震が発生してきた地域である。その意味では今回の内陸直下型の地震は、日本全国どこで起きてもおかしくはないタイプのものでもある。
<<史上最大級の揺れ>>
現実の岩手・宮城内陸地震を起こしたとみられる断層は、付近にある活断層「北上低地西縁断層帯」とは離れた位置にある、いわば「空白域」の中の「未知の断層」であるが、それが震源地の南北15キロにわたって地表に現れ、50~80センチの段差で、西側の地盤が東側の地盤に乗り上げる形で地表が変動しており、場所によっては断層のずれが、最大で垂直方向に約3メートル、水平方向に約4メートルにも達しており、地下では長さ30キロ幅10キロ前後の断層が動いたと考えられている。片方の地盤がもう片方に乗り上がる「逆断層型」というタイプの地震であった。
しかもその揺れの強さは、史上最大級を記録している。震源に近い岩手県一関市西部で、瞬間的な揺れの強さを示す最大加速度が、これまでの観測史上最大の4022ガル(ガルは加速度の単位)を記録していたという。国内の地震で、4000ガルを超える加速度が記録されたのは初めてである。これまでの記録は、気象庁が2004年10月に新潟県中越地震で観測した2515.4ガルが最大であった。
2006年3月24日の金沢地裁判決は、「電力会社の想定を超える地震動が原子炉の敷地で発生する具体的な可能性があるというべきだ」と認定して、「北陸電力は、志賀原子力発電所2号原子炉を運転してはならない。」という画期的な判決を出したが、その判決の中で、「我が国において、過去の地震活動性が低いと考えられていた地域で大地震が起こった例が珍しくはない上、むしろ従前地震が起こっていない空白域こそ大地震が起こる危険があるとの考え方も存在する。・・・原子炉敷地周辺で、歴史時代に記録されている大地震が少ないからといって、将来の大地震の発生の可能性を過小評価することはできない。そうすると、被告が設計用限界地震として想定した直下地震の規模であるマグニチュード6.5は、小規模にすぎるのではないかとの強い疑問を払拭できない。」と述べていた、その強い疑問が、今回またしても的中してしまったのである。
<<28.1ガルの揺れでも>>
今回のような直下型地震が、山間部ではなく、人口の密集した都市部で発生していたら未曾有の大災害を引き起こし、想像を絶する被害を受けていたであろうとことは言うまでもない。しかしそれ以上に身の毛がよだつのは、もしこうした直下型地震が原発立地や六ヶ所村再処理工場などを襲っていたとすれば、日本のみならず、取り返しのつかない全世界的人類的大災害を引き起こしていた可能性が極めて大きいということである。
今回の地震に関しては、東北電力によると、女川原発(宮城県)2、3号機に異常はなく、地震後も通常通り運転中という。同1号機と東通原発(青森県)は定期点検中で運転していなかった。そして東京電力によると、福島県の福島第1原発(双葉町、大熊町)、福島第2原発(富岡町、楢葉町)も、通常通り運転を続けているという。いずれも海岸部に位置し、揺れも影響も軽微だという。女川原発で観測された地震の最大加速度は57.1ガル、東通原発で5ガル、福島第1原発で33.1ガル、福島第2原発で28.1ガルであったと発表されている。また原子力安全・保安院の発表によると、その他の近隣の原子力関係施設、日本原燃(株)六ヶ所再処理施設、濃縮施設、埋設施設には警報の発報はなく、六ヶ所再処理施設の使用済燃料貯蔵プールにおける水の飛散も確認されておらず、JAEA東海再処理施設、原子燃料工業東海事業所、三菱原子燃料でも警報の発報はなく、JAEA東海再処理施設の使用済燃料貯蔵プールにおける水の飛散も確認されていないという。
しかしそれでも福島第2原発の建屋内では放射性物質を含む水の飛散が計5カ所で発生している。飛散が見つかったのは、4号機原子炉建屋5階(使用済燃料プールの1階下)通路での飛散、原子炉内で中性子計測などに使った部品を一時保存するサイトバンカ建屋2階の固体廃棄物貯蔵プールの周辺で7箇所の飛散(合計約14.8リットル、放射能量約29万ベクレル)、サイトバンカ建屋2階のピットの底部内に水溜まり約1リットル(放射能量約7,110ベクレル)、2号機原子炉建屋4階東側通路空調ダクトの下への飛散、である。いずれも放射線管理区域内で、放射性物質の外部への漏えいなどはないという。28.1ガルの揺れでもこれほどの放射性物質の飛散が発生しているということに驚きを禁じ得ない。海岸部でも今回と同じような直下型地震が発生する可能性はきわめて高く、4000ガル前後の激しい揺れがこうした原子力施設を直撃した場合、施設そのものの崩壊まで覚悟しなければならないであろう。
<<「断層隠し」「断層刻み」>>
今年の3月31日までに、東京、東北、四国、中国、関西電力など全12事業者が、原発の新耐震指針に基づいた耐震性再評価に関する中間報告を経済産業省原子力安全・保安院に提出している。それによると全12事業者が「揺れ想定」を軒並み引き上げ、想定される最大地震の揺れの強さ(加速度)である「基準地震動」を1・2~1・6倍に引き上げると発表し、それでも現状のままで耐震性に問題はないと説明している。
ところが今回の調査で新たに明らかにされた中には、高速増殖炉「もんじゅ」の直下数キロや横数百メートルに、昨年の新潟県中越沖地震並みの地震を起こす恐れのある活断層が走っており、「もんじゅ」の直下1キロには別の活断層も存在していることが原子力事業者自身によって確認されている。活断層が原発敷地内に存在することが明らかになった日本原子力発電の敦賀原発(福井県)についても、従来は耐震性の検討対象にしていなかった敷地内の断層を、長さ約25キロでマグニチュード(M)6・9の可能性がある活断層と認定せざるを得なくなった。北海道電力の泊原発は、原発30キロ圏内を含む五カ所の活断層を新たに評価対象に加え、九州電力の玄海原発は、旧指針の断層が4カ所から8カ所に増加し、中国電力の島根原発は、原発近くの活断層を10キロと過小評価していたものを22キロに再評価せざるを得なくなった。関西電力の美浜原発についても、いくつもの断層を細切れにして影響はないとしていた断層を15キロと11キロの活断層として新たに認定し、上下の2つの断層が同時に動いた場合を最大地震の揺れとして評価せざるを得なくなった、等々、これまでの「断層隠し」や、影響を過小評価させるための「断層刻み」など、これまでの官民一体のごまかしの実態が露呈されている。
<<原発急襲を前提にした議論>>
今回の再評価・見直しの実態は、柏崎刈羽原発直下の岩盤で1000ガル近い揺れを観測しているのに、最大想定で浜岡原発の800ガルにとどまっている。東北関係では、
女川 想定宮城県沖地震(M8.2) 580(←375)ガル
福島第1 敷地下方の地震(M7.1) 600(←370)
六ケ所再処理 出戸西方断層(M6.5) 450(←375)
といった見直しでしかない。
これまで東北地方では、宮城県沖や三陸沖で数十年おきに繰り返し起きるプレート境界直近の海溝型の大地震への警戒が地震対策の中心にすえられてきていたが、今回の「岩手・宮城内陸地震」は、地震発生のメカニズムは同一だとしても、発生形態はまったく別の内陸直下型地震であり、震源域が浅ければ浅いほど、断層の隆起、沈降、横ずれ、移動が直接甚大な被害をもたらすことを明らかにしている。
しかもこの内陸直下型地震は、これまでの従来から知られていた活断層以外の、これまでいわばなおざりにされてきた「空白域」で突如発生する可能性が大であるという、発生周期も不明で予測が非常に難しく、したがって対応策も設定しづらいという問題を投げかけている。「未知の活断層」、内陸直下型地震が原発直下や六ヶ所村再処理施設や濃縮施設、埋設施設を急襲する現実的可能性を前提にした議論、調査、対策こそが真剣に求められている。
しかしこれは東北地方に限られた問題ではなく、日本列島そのものがプレート同士がせめぎ会う境界域の真っ只中に存在している以上、こうした内陸直下型地震が日本列島のどこにでも発生しうることを明らかにしている。
福田首相は「まるで『山が動いた』かのような大きくえぐれた崖崩れの跡、・・・上空から目の当たりにした被害の状況に、今回の地震のすさまじさを改めて実感しました」(6/19付け福田内閣メールマガジン)と述べているが、一時しのぎの捜索活動と復旧活動を語るのみで、「地震のすさまじさ」から当然導き出すべき、真の危機管理対策にとって最も決定的な「原発震災」については触れようともしていない。原発政策の根本的見直し、全面的撤退政策への転換こそが求められているにもかかわらず、この点では、与野党共に実に鈍感であり、現状追随的でさえある。今回の岩手・宮城内陸地震は、こうした事態を放置している現状に対して、重大な警告を発したものと言えよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.367 2008年6月28日