【感想】アサーティブ(assertive)であること

【感想】アサーティブ(assertive)であること

 本紙は、「青年の旗」から1994年に「アサート」に変更した。以来15年が経過しようとしている。当時は決して一般的な言葉ではなかった。前衛主義から決別し、しっかりと主張する、議論する姿勢を示す言葉として、名称変更議論の中から選ばれた言葉が「アサート(assert)」だった。最近、私はこの言葉を最近いろんな文脈で見つけるようになった。
 アサーティブな生き方、アサーティブなコミュニケーションなどである。
 一例を挙げよう。セクシャルハラスメントについて学習するパンフレットにこんな文章を見つけた。「相手の気持ちも立て、自分の気持ちもきちんと主張する力。これからは『アサーション』が大切」と見出しがある。
 「アサーション(assertion)とは、自分の意見を押し通すことだけでなく、相手の気持ちや意思を尊重しつつ、きちんと自分の意思や気持ちを伝える自己主張のことです。こうした、双方が対等に上手に自分の気持ちを伝え合えるアサーティブな関係こそが職場のメンタルヘルス向上にもつながります。このような上手な自己主張の方法を日ごろから職場などで研修したり、練習することもセクハラ防止の大切な手段です。」と。
 「アサーティブ・ジャパン」というNPOもある。アサーティブなコミュニケイションを研修する団体らしい。そのHPには、以下の文章があった。
 「アサーティブトレーニングは、1970年代における人権擁護の思想と女性解放の理論を土台として発展してきました。そして責任を伴った主体的な自己主張・自己表現および交渉の方法論として欧米を中心に、広くマネージメントの場面を中心に取り入れられてきました。」
 「 私たちが日常生活のなかでついとりがちなアサーティブでないコミュニケーションのパターンには、次の3つがあります。
・人に食ってかかる攻撃的なタイプ(攻撃的)
・自己犠牲的で、ふみにじられても黙っているタイプ(受身的)
・攻撃性を隠して相手をコントロールするタイプ(作為的)
それに対して、自分の気持ちと意見を誠実に、率直に、対等に伝えられるタイプをアサーティブであるといいます。」
 つまり、相手と対等に、そして自己主張も行う、そんなコミュニケーション・スキルとして、アサーティブな態度・発言・関係が重視されているということだ。
 アサート194号では、『「ASSERT」は英語の動詞で「主張する」という意味です。第183号から第187号に連載された依辺瞬氏の論文「労働組合運動の再構築にむけて」の一節「<主張的>(assertive)であることが自立した個人の重要な要素である」(第184号所収)からヒントを得て・・』と説明されているが、とても現代的であり、我々の姿勢を現す言葉であることを再認識している次第である。
 『「アサーティブネス(Assertiveness)」の訳語は、「自己主張すること」。しかし、アサーティブであることは、自分の意見を押し通すことではありません。自分の要求や意見を、相手の権利を侵害することなく、誠実に、率直に、対等に表現することを意味します。』まさに、我々の姿勢そのものであると言える。最近、自己主張から遠ざかっている読者の皆さん、どんどん自己主張(投稿?)していただければ、幸いである。(H)

 【出典】 アサート No.363 2008年2月23日

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