【投稿】「地方財政健全化法」の狙いは何か
福井 杉本達也
1.連結財政指標は自治体に何をもたらすか
咋年6月、地方自治体財政健全化法(破綻法)が成立したことをうけ、総務省は12月7日に自治体の財政破綻などを認定するための「早期健全化基準」について通知を出した。破綻法制の考え方は、自治体の財政状況を把握し、早期健全化を促すこと、漫然とした財政運営を行い「経営に失敗すれば。自治体も破綻という事態に立ち至る、という危機感を持つこと」(2006.5「総務省報告書」)だとしており、基準は08年度より適用される。破綻認定の基準は、①普通会計の赤字を示す「実質赤字比率」、②病院や下水道など公営企業会計の赤字を含めた「連結実質赤字比率」、③毎年の借金返済の負担を示す「実質公債費比率」、④第三セクターの借金など自治体が将来肩代わりする可能性のある負債も考慮した「将来負担比率」である。
①の「実質赤字比率」はこれまでの財政再建団体に陥り、起債制限される基準である市町村で20%以上、都道府県で5%以上の値が採用されている。「早期健全化基準」はこれまでの地方債協議から許可制度への移行基準と破綻基準の中間値である、市町村で11.25%~15%、都道府県で3.75%となった。これについては、これまでも「再建団体」の指標として自治体関係者は熟知しておりさほどの違和感はない。今回の基準の焦点は②の「連結実質赤字比率」である。破綻の基準は市町村が30%、都道府県は15%とされた。2005年度のデータでは、この破綻基準を超えている自治体は、夕張市、室蘭市、熱海市、泉佐野市など9自治体ある。さらに、市町村16.25%~20%、都道府県8.75%の早期健全化基準に該当しそうな自治体が、和歌山市、守口市など6自治体ある。さらには、米子市、高知市、福岡市、京都市、神戸市、徳島市、堺市といった県都・政令指定都市も連結では赤字となっている(「『連結実質赤字比率』を05年度データで試算」石川達哉『エコノミスト』2008.1.29)。このうち特別会計で262億円の累積赤字を抱える和歌山市は財政再生団体転落を回避するため、和歌山県より15億円の融資を受けることとなったと報道されている(毎日:2008.2.10)。
2.連結決算で自治体財政を見ることは良いことか
連結で決算を見ることは自治体の起債の償還能力を見るうえではよいが、連結で赤字に陥った自治体の原因は様々である。北海道の赤平市は病院会計の赤字、室蘭市は造成土地の赤字、泉佐野市は関西空港関連の開発費の赤字である。しかし、病院事業と土地造成事業や観光事業による赤字を一緒くたにしていいのであろうか、神野直彦氏は「新たに導入された連結実質赤字比率は、実質赤字の『質的相違』を無視して加算する。観光施設の赤字であれば、住民は観光施設の売却を考えるかもしれない。しかし、医療は住民の生活を支える。…財政指標をよくするために診療所などが廃止され、地域医療に悲劇的な状況が生じている」(『エコノミスト』2008.1.29)と赤字の質的相違を無視する総務省の指標に異議を唱えている。
3.目的は地方債の市場化
今日、地方財政は危機的状況にある。しかし、いまだその危機的状況を自覚せず、整備新幹線だ、基幹道路の整備だといって、漫然とした財政運営を続ける自治体も多々ある。そのような自治体に危機意識を持たせるために「指標」を利用することには意義がある。しかし、三位一体改革と称して実態は5兆1000億円もの地方交付税を削り、元々交付税依存の高かった市町村を危機に追い込んできた総務省のこれまでの対応を見るならば、地方財政再建制度の目的は別にあると見なければならない。2003年の住宅供給公社・土地開発公社への「減損会計」(いわゆる「時価会計主義」)導入あたりから総務省は市場原理主義の考えに染まってきていたと考えられる。
既に地方債の財政投融資会計による引き受けという手段は、財政投融資会計の解体と郵政民営化によって遮断されつつある。市場化路線の次の手は『破綻法制』で厳しく財政再建を義務づけ、国による償還保証をやめて、『完全自由化』へと導くことである(日経:2007.11.15)。しかし、国債とは違い、東京都などの一部の地方債を除き、発行条件は同じで財政状況に応じて金利に差がつく“市場原理”は働いてはいない。2007年11月7日に行われた日経の「地方財政シンポジウム」で、竹中平蔵氏は「地方債は財政の手段だと思われているが、金融の手段だ。市場の声を謙虚に受け止め、自己改革」すべきだと率直に述べている(日経:2007.11.15)。現行の地方財政制度の大幅な変更は、「戦後50年以上見直されなかった財政再建団体制度が機能不全に陥ったことにある」(宮脇淳北大教授:日経:同上)のではなく。意識的に機能不全に陥らせ、地方の『自立』という旗印の下、国際金融資本の儲け口にすることにある。
4.自治体と地方金融機関をグローバル化の波に投げ込もうとする総務省の策動
自治体は市場から資金を調達すべきだというが、現状の縁故債などによる調達ではどうして具合が悪いのであろうか。確かに指定金融機関との貸借条件をめぐっての不透明さはある。和歌山県土地開発公社や宮崎シーガイアのように、自治体と金融機関とのもたれ合いによる膨大な損失もあろう。しかし、それでも地方の自治体の財政状況を一番良く理解しているのは、指定金融機関などの地方銀行である。また、地方で集めた資金が地方の自治体の事業を通じて再び地方に還流する。米国では自治体は個々の信用力により資金調達を行っているが、一般債権と同様、金融保険会社(モノライン保険会社)の格付けで評価されて起債を行っている。今の地方債のシステムを、いきなり米国のように「格付け」で評価しようとするには無理がある。そもそも「格付け」が正確とは限らない。今回のサブプライムローン問題では格付会社自体の信用が問われている。地銀や信用金庫は、融資先の企業の財務諸表だけを見て赤字か黒字かで融資を判断しようとはしない。現在は赤字でもその企業の技術力や経営力などを総合的に判断して融資するものである。それは地元の地銀・信用金庫だからこそ総合的な情報に基づいて判断できるのである。
上記の「シンポジウム」で、ニッセイアセットマネジメントの徳島勝幸氏は投資家が地方債を購入する理由として「国債に対する超過収益を得るため」「投資家の投資判断には利回りとスプレッドが重要」と述べ、政府の保証からの切り離しによるリスクの顕在化を求めている(日経:2007.11.15)。リスクが顕在化するということは金融資本にとってはそれだけ儲ける機会があるということである。早期健全化基準手前の連結決算が赤字の自治体の起債を、低い格付で評価し、高い金利を取り、さらには債権である地方債をサブプライムローンのように証券化して売り抜けてしまうという発想もでてこよう。その際の高い金利差の負担は自治体の住民の税金で賄われることになる。
【出典】 アサート No.363 2008年2月23日