【投稿】最低賃金と生活保護

【投稿】最低賃金と生活保護

「美しい日本」より「格差社会・格差是正」が参議院選挙の争点になりつつある。安倍政権は、成長力底上げ戦略や最低賃金の「引き上げ」などと対応を余儀なくされている。
格差社会議論においては、長時間働いても低賃金のまま、という「ワーキング・プア」が問題とされているように、「最低賃金」そのものの水準が議論となっている。また、生活保護世帯は100万世帯を越え、増え続けている。
以下の小論において、最低賃金・年金・生活保護の関連において、「格差是正」のあり方を考えてみたい。

<最低賃金が保障されても、生活保護基準以下?>
問題提起に単純な比較をしてみる。今年の最低賃金によると(東京都、時間給719円、1日7時間、21日就労の場合)、月収は105.693円となる。一方、生活保護基準では、18歳の1人世帯を想定すると、家賃53,700円として、月額の保護基準は141,680円となる。(1級地の1)実勢を想定し、時給900円としても、132,300円である。つまり、最低賃金で働いても生活保護以下の生活ということになる。
「働いても生活保護以下」ということは、何を意味するのか。生活保護は憲法25条(「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」)に基づき、すべての国民に「最低限度」の生活を保障する制度であり、「働いても生活保護以下」とは、最低限度の生活すら保障されないということである。
さらに、生活保護世帯は、医療・介護などは自己負担なしで受けられる。「ワーキング・プア」問題は、この分野で一層深刻と言える。「働いても生活保護以下」の人々は、社会保険などからも排除されているわけで、一度深刻な病気になった場合、たちまち行き詰る。生活保護に頼るしかない予備軍であるとも言える。
最低賃金制度は、産業別最賃と地域包括最賃があるが、高度成長期を通じては、大きく関心を呼ぶことがなかった。賃金上昇があり、且つ正規雇用労働者が多かったからであろうか。しかし、雇用の流動化が財界の戦略となり、正規労働から非正規雇用にシフトされ始めて以降、低賃金の固定化が雇用の不安定化と同時進行して、「ワーキング・プア」と呼ばれる低賃金労働者を大量に生み出してきた。格差社会議論へ関心の高まりの背景はここにある。

<最賃と生活保護の比較は有効か>
低賃金長時間労働者が大量に生み出され、格差社会が話題になり、連合のパート労働者最低時給1000円要求が支持を集める事態の中で、最低賃金の水準議論が与野党・労使を巻き込んで高まっていることは、大きなチャンスでもある。安倍政権ですら最低賃金の引き上げを言い始めている。
連合は、地域最賃の審議会等で「生活保護以下の最賃でいいのか」と、大幅な引き上げを求めている。07春闘の賃上げ情況を背景に、中央最賃での7月目安の呈示が当面の焦点となっているのである。
厚生労働省は、18-19歳の生活保護費と最低賃金を各県毎にグラフ比較して、住宅費を除けば、必ずしも最賃は生活保護以下ではない、という資料を出しているようだが、議論を混乱させるものでしかない。何故なら、生活保護基準は、夫婦子ども1人の3人世帯を標準に、現在は一般の消費水準の動向に均衡するように決定される。最賃は、1人の労働者の最低時間給を定める制度であり、世帯水準は無視されているからである。
さらに、生活保護基準はまさに最低水準であり、この水準に最賃を合わせるということも、どうなのだろうか。現状の低い最賃水準を打破する論法としては一定有効であるが、最賃・年金・生活保護の一体的議論も必要ではないだろうか。
アメリカでは、民主党の中間選挙勝利を受けて、今年1月下院議会において最低賃金の引き上げが決定した。これまで時給5.15ドル(全国一律)であったが、3年かけて7.25ドルへの引き上げが決まった。日本より低いアメリカの最賃であったが、これで、為替レート110円/ドルとして、来年以降643円、720.5円、797.5円となって、日本の現行最賃のままでは、アメリカの水準を大きく下回る事態となる。

<「ワーキング・プア」の生活保護化を恐れる厚労省>
政府は、今年1月成長力底上げ戦略(基本構想)を発表した。「成長力」を中心のテーマにしているとは言え、明らかに参議院選挙を見据えた「格差拡大」議論への対案であろう。内容は、結果の平等を求めるのではなく、機会(チャンス)を拡大し、人材の労働市場への参加・生産性の向上を図るとしている。内容は、ジョブカードの導入(訓練・実績の情報化)による求職活動の円滑化、就労支援として、母子世帯・生活保護世帯などの就労率を60%に高めるための就労支援事業の実施、障害者の授産施設等での工賃の倍増、最低賃金引き上げのための中小企業支援などとなっている。
就労支援と言えば、聞こえは良いが、その実は、「ワーキング・プアの生活保護化」阻止するための「水際作戦」が本音と言える。
「最低賃金と生活保護との整合性の考慮」も含まれており、一定の最低賃金の引き上げも含むとともに、生活保護基準の引き下げも想定されていると推察する。「40年国民年金をかけても、6万6千円なのに、年金保険料も払わなかった人が生活保護を受けて、10万円以上とは!」などの批判もあり、国民年金に生活保護を合わせて水準を下げるべきとの議論も出てきている。まさに、最低賃金と生活保護、そして年金の給付水準を調整しようというわけだ。最低賃金の引き上げは、ワーキングプアの生活保護化への対策であり、生活保護基準の引き下げは、年金水準との格差を調整し、生活保護の敷居を高くしようというわけである。

<格差社会転換へ社会保障充実を求めよう>
「最賃が生活保護以下」という議論だが、生活保護法をまともに読めば、「ワーキング・プア」層は、生活保護を十分に活用できる。働いても低賃金なのだから、最低生活保障の原則からすれば可能と言える。決して高いとは言えない生活保護水準だが、現行の最賃・年金水準を考えれば、勤労者は、生活保護をもっと利用すべきであるとも言えるのである。(100万世帯というが、未申請の層はその10倍は存在している、という議論もある)
格差社会への対抗策として、労働者の側は、最賃・年金・生活保護などの社会保障に対して、一体のものとして生活防衛の手段として活用し、制度改善を求める必要があると考える。(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.353 2007年4月14日

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