【投稿】チェイニー訪日と日米の「不都合な真実」

【投稿】チェイニー訪日と日米の「不都合な真実」

<<「4代後の米政権まで忙殺させる」>>
 チェイニー米副大統領が2/20~22に日本を、その後オーストラリアを訪問し 両国のイラク派兵に感謝を示し、ブッシュ大統領の米軍2万人余増派案など、これからのイラク政策を説明した後、グアムの米軍基地に立ち寄ってから帰国する予定だという。
 チェイニー氏は、ブッシュ政権と密着し、世界でも屈指の石油関連企業・ハリバートンの元最高経営責任者(CEO)として、いわば自らの利権のためにイラク戦争を主導し、同社をさらに戦争請負・軍需物資調達企業として肥大化させてきた張本人であり、支持率歴代最低のブッシュ大統領より好感度ランキングがさらに下回り、米国史上最悪・最凶の副大統領だと評される人物である。
 今やイラク戦費は、開戦時の2倍に達し、米政府が2007会計年度(2006年10月~07年9月)に支出するイラク戦争の経費が月平均84億ドル(約1兆円)となる見通しであることが今年1/18の国防総省の集計で明らかにされている。戦争を開始した03年度の同44億ドル(約5300億円)のほぼ2倍、毎月約1兆円もの戦費が垂れ流されているのである。
 ところがチェイニー氏は、この泥沼化し、戦費が膨大化する一方のイラク戦争について、1/29日発売のニューズウィーク誌に掲載されたインタビューの中で、イラクでの戦いは4代後の米政権まで引き継がれるだろうと述べ、イラクでの戦争は国際テロ組織アルカイダやイスラム教過激派との戦いでもあると指摘、この戦いに決定的な終結はなく「将来の2つ、3つ、あるいは4つの米政権をも忙殺させるだろう」とまで述べている。
 さらに同じインタビュー記事の中で、イランの核問題について「空爆が正当化されるシナリオはあるか」という質問に答えて、「国連を通じた外交的な解決を目指し、できることを行っている。だが、我々はいかなる選択肢も排除していないことも明確にしてきた」と述べ、「空爆」も排除しない姿勢を強調している。戦争挑発と軍需で利権を拡大してきた人物の面目躍如たる発言とも言えよう。

<<「副大統領は米国民を見くびっている」>>
 しかし、米下院本会議は2/16、民主、共和両党議員が提案し、ブッシュ政権のイラク米軍増派に反対する決議を賛成246、反対182で可決した。拮抗するかと思われたが大差で可決されたのである。ブッシュ政権のイラク政策に議会が反対の意思を示したのは初めてのことである。しかもブッシュ与党の共和党議員17人が賛成に回った。
 決議には大統領権限への拘束力がないとはいえ、「米軍戦闘部隊を追加派遣する決定を承認しない」ことを明記しており、今後拡大するイラク戦費の承認などが危ぶまれ、ブッシュ政権は苦しい事態に追い込まれることは間違いない。
 こうした事態に苛立ちを隠しえないチェイニー氏は、CNNの番組で「決議では我々は止まらない。大統領はすでに決定を下した」と述べ、議会の意向を無視する考えを鮮明にし、「米国人は戦う根性がないとテロリストに言われる。それが最大の脅威だ」と述べ、質問者から「イラク政策の失敗が政権の信頼を損ね、共和党内にも増派への疑問が広がっている」と問われると、チェイニー氏は「くだらない」と吐き捨てている。
 これに対し、増派反対決議案に賛成している共和党のヘーゲル上院議員からは「副大統領は米国民を見くびっているのか。3000人を超える戦死者の家族に根性がないと言えるのか」と怒りの反論をされている。
 すでに、ブッシュ大統領の対イラク政策に対する米国民の不支持率は、米軍がバグダッドに侵攻した03年四月の22%(米紙ワシントン・ポスト、ABCテレビ世論調査)から、今年の一般教書演説直前の1/19には70%にまで上昇、これまでの最高となっている。米兵向け週刊紙を発行するミリタリー・タイムズ社が現役兵士を対象に行っている世論調査でさえ、不支持が42%で支持の35%を上回るという事態である。もはや、反テロを掲げれば何でも通るといったチェイニー好みのブッシュ政権時代は、すでに過去のものとなっているのである。
 米誌ニューズウィークが1/27に公表した最新の世論調査結果によると、ブッシュ大統領の支持率は30%と就任以来最低を記録、08年の大統領選で「民主党候補が勝ってほしい」と答えた者が49%とほぼ半数に達したのに対し、「共和党候補」という回答は28%にとどまっている。チェイニー氏は、その「共和党候補」にさえ名前が上がらない。

<<「アーミテージ・レポート2」>>
 こんな人物が今回訪日したわけである。昨年11月の米中間選挙でブッシュ与党が大敗し、対イラク戦をはじめとする外交・内政の戦略転換を余儀なくされ、国務省、国防総省、大統領府で要職を占めていたネオコン陣営の一角は政権を去らざるをえなくなり、チェイニー陣営は後退したかに見えたが、ブッシュは、超党派のイラク研究グループが提起する段階的撤退案ではなく、副大統領―ジャック・ケアン元米国陸軍参謀次長―フレデリック・ケーガンAEI研究員(軍事専門家)のネオコンラインが提起する、増派に主眼を置く新戦略案を採用した。この増派は、孤立と自滅の道であり、今やイラクに軍隊を派兵してきた「有志連合」も38カ国から17カ国に減少し、イギリスでさえ段階的撤退の方針を決め、世界中から反発を食らっているが、今回チェイニーが訪問する日本とオーストラリアだけは高く評価してくれたということであろう。
 当然、チェイニーは、六カ国協議で事実上置き去りにされ、米朝の対話ムードに懸念を抱き、何よりも拉致問題を重視する安部政権の立場に理解を示し、支持を表明する方針を明らかにし、「北朝鮮のミサイル問題や拉致問題で米国が日本を非常に支持していると日本国民に表明する」ことによって安倍政権を手なずけ、改めてイラクへの米軍増派についても日本側に説明し、協力を求め、日米同盟の連携強化の重要性を確認することが今回の訪日の主眼と言えよう。
 折りしも2/17、チェイニー訪日に合わせるかのようにアーミテージ元米国務副長官ら米国のアジア専門家が集まり、2020年までのアジア戦略と政策提言をまとめた「アーミテージ・レポート2」が公表された。今回の提言では、露骨に「日本の憲法問題の議論はわれわれを勇気づける」と歓迎し、また、米国が日本での海外派兵恒久化の議論を歓迎し、安全保障面での政策に対する自己規制を解除し、短期間で兵力を海外に展開できる同盟国を求めていると強調、さらに日米同盟について、「武器輸出三原則の撤廃」「宇宙の軍事利用」「航空自衛隊次期戦闘機の導入」など、イージス艦や兵器の共同開発、「機密情報の保護」や「軍事情報の共有」など、日米の軍事的融合・一体化、軍事安保協力の促進とともに、日本が軍事費を国内総生産(GDP)比でさらに拡大し、国連安全保障理事会の常任理事国となり、軍事的貢献も行うことまで提言している。

<<「不都合な真実」>>
 まさにブッシュ・チェイニー陣営にとっては、こうした提言を忠実に受け容れてくれる日本の小泉・安倍政権の路線、「戦後レジームからの脱却」路線は、願ってもない「われわれを勇気づける」路線であろう。
 ところがブッシュ政権と同様、安倍政権も不支持率が支持率を上回るという事態に見舞われている。いずれの世論調査でもそうであるが、例えば共同通信社がこの2/3-4両日に実施した全国電話世論調査で、安倍内閣の支持率は40・3%、不支持率は44・1%と、昨年9月の政権発足以来初めて不支持率が支持率を上回り、支持率は一貫して下落し続けており、朝日新聞の世論調査では支持率は39%に落ち込み、4割を切ったのは初めてのことである。女性を「産む機械」に例えた柳沢厚生労働相が「辞任すべきだと思う」と答えた人は58・7%、首相が問題発言に「適切に対応しているとは思わない」とした人は74・7%にまで上っているのに、首相はその首をすげ替えることさえ出来ない。安倍政権はガタガタ、安倍首相個人の求心力低下があらためて浮き彫りとなり、このままでは目前に迫った参議院選挙もおぼつかない事態に直面している。
 その前哨戦として注目された愛知県知事選挙と北九州市長選挙は、与野党一勝一敗という結果に終わったが、実質的には与党の敗北であり、自公連立を勝たせることにしか貢献しなかった共産党によって与えられた薄氷の一勝でしかない。与党にとっては共産党様様であろう。
 その安倍首相が2/17、東京・六本木の映画館で地球温暖化問題を描いた映画「不都合な真実」を鑑賞したあと、「(地球温暖化の取り組みには)政治のリーダーシップが必要であると改めて認識した」と記者団に語り、訪日するチェイニー米副大統領と「ポスト京都(議定書)の重要性についてよく話をしていきたいと思っている」と話したという。この映画は、民主党のアル・ゴア元米副大統領が地球環境問題に警鐘を鳴らす、きわめて説得的で具体的な行動まで提起した必見の映画である。だがこの映画は、地球温暖化問題に関してブッシュ大統領とチェイニー副大統領とが、6年前、二酸化炭素などを削減する京都議定書に背を向けたことを告発し、彼らの悪しきリーダーシップが地球環境に何をもたらしているかを明らかにしたものである。首相は何を観ていたのか、ただ映画館で時間を過ごしただけなのであろうか、首相をも含めた日米政権指導部の「不都合な真実」に目をつぶっていたのであろう。
 前号でも指摘したが、野党がこうした政権を退場させ、政権交代を勝ち取るためには、小泉政権以来の市場原理主義がもたらす弱肉強食、社会の貧困化、格差拡大政策に対決すると同時に、「戦後レジームからの脱却」政策に、唯一対抗できる対話と協調、平和外交への転換、そして地球環境保護政策での対決という最も重要な政策の確立こそが求められていることを指摘しておきたい。
(生駒 敬)

 【出典】 アサート No.351 2007年2月24日

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