【投稿】飛鳥会事件と大阪市政“改革”への疑問

【投稿】飛鳥会事件と大阪市政“改革”への疑問
                            福井 杉本達也

<マスコミ報道等による同和行政を巡る一連の事件の概要>
 大阪市では、昨年末から、130億円を無担保融資してきた民間の旧芦原病院の経営破たん、「大阪府同和建設協会」(同建協)に所属する業者を入札で優先的に指名してきた発注方式を談合をとして、職員3人の起訴、5月には、大阪市開発公社の直営駐車場を巡る業務上横領事件で、財団法人「飛鳥会」理事長の小西邦彦被告が逮捕(部落解放同盟大阪府連合会飛鳥支部長だった)されるなど同和行政を巡る一連の事件が起こった(読売2006.7.5)。解放同盟大阪府連は、飛鳥会事件について「同和をかたり、個人が利益を得ているとすれば、エセ同和行為である」との見解を表明した。市は同和行政の見直しを進めるとして、8月29日、旧芦原病院(民事再生手続き中)や財団法人「飛鳥会」を巡る事件など、一連の問題について、「不適切な事務の執行を命じた」などとして、前健康福祉局長を諭旨免職するなど職員計99人と、外郭団体などの6人の計105人の処分を発表した(読売2006.8.29)。
 さらに市は同和事業の見直しとして、「高齢者福祉や教育など、委託したり補助金を支出したりしている19事業について2008年度末までに廃止する基本方針を決定した。廃止される委託事業は高齢者パソコン講習や老人健康相談、保育所環境整備事業など14件。取りやめられる補助金支出は被差別部落史編さんや地域医療の研究大会への補助など5件。このほか市内12カ所の同和地区に1館ずつある青少年会館も廃止。同和行政の中核として各地区に設置された人権文化センター(旧解放会館)も統廃合を検討する。廃止される施設の職員と同和地区内の保育所に基準を超えて配置されている保育士など約300人も本年度末で引き揚げる予定」としている(共同10.10)。

<事件は一大フレーム・アップ-筋書きは1年以上も前に>
 同和対策事業の見直しは、2006年6月に設置した「調査・監査委員会」の8月に出した提言を受けてということになっているが、実に奇妙なことに既に2005年時点で、一連の筋書きが出来上がっていたのではないか。2005年9月27日の「市政改革本部案」(2006年2月一部修正して「市政改革マニフェスト」)では「人権文化センター13 ホール、会議室利用率12.7% 【何が問題か】・事業目的によっては年齢等の利用者制限を設けた施設が存在し、空き室があっても利用できない状況が生じている。平均利用率が…低く、特に1割程度しか利用されていない施設も存在する」「【今後の具体的な取組課題】②施設の…統廃合を進める。③ 監理団体等派遣職員の大幅な引きあげ」等々具体的な見直し項目を上げていた。
 特に市政改革マニフェストの見過ごすことのできない問題点は民間企業に対しては、「②市政全般への民間企業等との協働の推進…全庁的な検討体制のもと、監理団体等も含めた事務事業全般にわたり、官民協働推進の観点からの検討を行う。」としながら、市民・地域団体に対しては「③市民・地域団体との健全な協働の推進」とし、「地域振興会等地域団体や、コミュニティ協会・社会福祉協議会等本市の関与が大きい関連団体等への委託料、補助金等について実態を調査し、健全な協働推進を図る。不明瞭であるとの批判のある地域団体など各種団体との関係について点検し、業務委託契約・施設利用のあり方などを見直す。」としていることである。どうして市民・地域団体には『健全な』という形容詞をつけなければならないのか。『健全でない』市民・地域団体があるという意味なのか。そもそも、地方自治の基本的構成要素である市民・地域団体を不審者呼ばわりするこの「マニフェスト」には、市民・地域団体を自治の主体とは見ず、統治の対象としてしか見ない思想が根底に流れている。
 大賀正行氏は今回の一連の事件について、「飛鳥小西事件は第2期の行政闘争方式と「特措法」時代のもつ マイナス面が典型的に出たもので、これはいわば氷山の一角である。私はこれに早くから気付き『特措法強化延長』から『部落解放基本法』にスロ-ガンを変えさせ、特措法時代の終結後を見越して第3期論を15年以上もまえから提唱してきたが、指導しきれなかった無念の思いに駆られる。しかしながら飛鳥小西事件は同和行政打ち切りの口実として、権力側がマスコミと一体となって仕掛けてきたもので、私らが苦労して積み上げてきた50年の成果を一挙に、元に戻すという一大反動と弾圧である。今月末に発表される大阪市の同和行政見直し案は全国すべての同和行政への悪いモデルになることは必至だ。」(2006.7.31)としている。事件は2002年3月に「特措法」という法的根拠が無くなるのを待って、1年以上の月日をかけて官憲・マスコミを総動員し、「社会意識としての差別観念」をフルに利用しての綿密に練られた一大フレーム・アップ(frame-up)事件ということができよう。

<差別意識を煽って、市民の財産を掠め取る>
 ではこの一大フレーム・アップはいったい何を目的としているのか。市の改革会議の委員長を務める上山信一慶應大教授(大阪市大特任教授)は2006年10月3日付けの日経紙上で「官業 民間に『大政奉還』を」と題して、「大阪市では、市営地下鉄の完全民営化を検討中だ。メリットは予想以上に大きい。公務員法などの制約がなくなり顧客サービスと経営効率を同時追求できる。…私鉄並みの駅ナカビジネスや遊休資産の有効活用も始まる。市内にある広大な操車場の郊外移転など都市構造のあり方に直結する動きも予想される。今まで眠っていた交通局の膨大な資産が…フル活用される。」「官の事業と資産を徹底解体し、民の手に委ねる。…官という名の大木を引き倒し、それを市場という名の土に還(かえ)していく。」と述べている。
 また、マニフェストにおいても「市営住宅の建替え等」として、「市政全般への民間企業等との協働の推進」の項目の中で、「市営住宅の建替事業により生み出された余剰地において、コンペ方式等による民間マンションやコミュニティビジネスの拠点施設等の導入を図るなど、民間のノウハウを積極的に活用する。」とし、また、「②民間企業やNPO 等の活用」の例として「焼却工場の施設整備について、これまでの公設整備に加え民間資本の活用についても検討する。」ことなどが列挙されている。
 ようするに、地下鉄の操車場用地や老朽化しつつある市営住宅の底地をはじめ、大阪市民がこれまで営々と築き上げてきた『社会的共通資本』を、いとも簡単に「民間企業」にたたき売ろうというのである。『社会的共通資本』の提唱者である宇沢弘文東大名誉教授は「社会的通資本はどのような所有形態をとろうと、その管理、運営は決して官僚的基準にしたがつて管理されてはならないし、また、市場的基準によつて大きく左右されてはならない。それぞれの社会的共通資本にかかわる職業的専門家集団によつて、専門的知見と職業的倫理観にもとづいて管理、運営されなければならない。」(エコノミスト2003.5.6)と明確に指摘している。
 では、社会的共通資本を民間にたたき売るとどうなるのであろうか。上記論文で上山教授が評価してやまない小泉改革について、日本医師会の坪井栄孝前会長は「小泉政治のスタイルは、あらゆる面で『アメリカンイデオロギー感染症』に侵されており、決定にあたっては、自民党の意思よりアメリカの意向を、日本の専門家よりアメリカナイズされた学者や営利業者を優先する傾向を持っています。…小泉政権の中枢を司る経済財政諮問会議や総合規制改革会議のメンバーは、財務省の息のかかった、人の命よりも財政を最優先させる学者や民間人のみが起用されています。…日本国を持参金つきで外資に売り渡すことに余念がないと言われても仕方がない現実もあります。例えば、長銀はリップルウッドというアメリカの投資会社に3兆円以上の持参金つきで売り渡され、今度はあおぞら銀行がサーベランスに売り渡されます。そもそもこれらの売り渡し先は、ユニバーサルバンクですらありません。定見のないアメリカ追従の政策が、財政一本やりの聖域なき改革の流れをつくってきています。」(日本医師会総会挨拶:2003.3.30)と正当にも述べている。10月7日の日経によると、あおぞら銀行(旧日本債券信用銀行=国策銀行であった)は近々再上場されるが、その株の売出価格は1株570円に決まり、全体の株の6割を保有する米ハゲタカ・ファンドのサーベランスは持株の1/3の株を放出するが、1000億円もの金が入るというのである。また、村上ファンドを後ろで支援したオリックスにも数百億円の利益が入ると報道されている。社会的共通資本の民営化とはこのようなものである。地下鉄の操車場を売り、市営住宅の底地を売り、公園・緑地や道路までも民間に売ろうというのであろうか。その際、最も邪魔になるのが解放同盟である。

<ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)とは詐欺行為>
 「今回の改革は、いわゆるニュー・パブリック・マネジメントの手法を採用したものである。」とする市政改革マニフェスト― 解説資料では、ニュー・パブリック・マネジメント(New Public Management)を「民間企業の経営理念・手法を可能な限り公的部門に導入したもので…徹底した競争原理を導入し、政策の企画立案と実施執行の分離をする。そのことで事業の効率化・活性化を図ろうとするものである。」と定義する。上記の上山論文の表現を借りれば、「BS改善させる平成の払い下げ」とし、「事業と資産の民間移譲、政府は一段のスリム化が必要だが、従来手法での予算や人員、組織の削減には限界がある。…今後は、債務圧縮や資産の有効活用などBS(貸借対照表)面の改革を重視すべきだ。具体的には、官の事業と資産を徹底して相対もしくは市場経由で民間譲渡すべきである(「平成の払い下げ」)。空港・港湾の経営、保険・年金事務など、当然のごとく政府の仕事とされてきた業務を資産とともに民間企業に譲渡すべきだ。」ということである。
 しかし、よほどの成長分野でない限り(あるいはホリエモンのような粉飾をやらないかぎり)「貸方」の資産を民間企業に売却すれば反対勘定の「貸方」には債務が残らざるを得ない。「借方」の債務は結局税金を投入して(市民の負担で)清算する意外にはバランス(BS)は回復しない。国鉄の民営化でも最終的には28兆円の税金を投入することとなった。「BSを改善させる」などというのは会計学のイロハも知らない(あるいは知らない者をたぶらかす)ごまかし以外の何ものでもない。そもそも、民間企業がまっ先に利益の源泉である大事な工場を売り払うということがあるであろうか。工場を売り払うのは借金が払えず企業が倒産する時である。“官の事業と資産を徹底的に売り払う”とは「官」を無くすということである。無くした後の「政策の企画立案」とは何を意味するのか。それこそ無用のものである。経営学とは何か、マネジメントとは何かを知らない者のする議論である。国と異なり、地方自治体の行政は市民生活に密接なものがほとんどである。施設管理など部分的に民間委託できるものもあるが、売れるものはしれている。港湾開発の資産にしても、売れないからこそ三セクが特定調停に持ち込まれたのではないか。しかも、『相対』でとは、ある特定の利害関係者に売却するということである。

<「身の丈改革」とは地方分権からの「敵前逃亡」>
 マニフェストは『身の丈改革』というキーワードで、「過剰行政の実態については、『人口1 万人あたりの職員数』という指標でみると、大阪市役所は185 人で、横浜市役所の95 人、名古屋市役所の138人、政令指定都市平均の111 人を大きく上回っている。」というが、「昼間人口1万人当たり職員数」では川崎市より低く、名古屋市や神戸市と同等である(2005.7.29 有識者会議資料「財務リストラクチャリングの考え方」)。大阪市は元々中心都市であり、周りの市から市内の企業へ・商業地区へと人が集まってくる。その為に地下鉄を整備し、道路を整備し、下水道を整備してきたのではないか。たとえば、夜間人口を基準に下水道を整備していたならばすぐにパンクしてしまうことは明らかである。横浜市や川崎市のような周囲にまだ広大な“田舎”を抱える都市とは構造が基本的に異なっている。他都市の比較はシロウト目には分かりやすく見えるが、安易なものであり、何も問題を解決するものではない。都市構造・歴史の違いをしっかりと分析して政策を立てる以外にはない(詳しい評価は『市政研究』06春『「市政改革」雑感』木村収大阪市大特任教授)。他都市と比較した数字でしかマニフェストを書けないところに大阪市官僚の職業的倫理観の欠如と上山氏ら新自由主義者の理論の無内容さと低俗性がある。三位一体改革で交付税も減り、税収入も増えず、その一方で借金が膨らみ、市民の高齢化や60年代・70年代に建てた市営住宅の老朽化も進むなど、地方自治体を取り巻く問題は山積みではあるが、それを、民間に売ったから後は知らない、民間に管理委託したからプールで死人がでても知らないとはいえない。それこそ、地方分権が進む中で、目の前の困難を避けての敵前逃亡である。

 【出典】 アサート No.348 2006年11月18日

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