【投稿】 あぶない教科書はいらない! — 扶桑社の教科書採択を阻止しよう—

【投稿】 あぶない教科書はいらない! — 扶桑社の教科書採択を阻止しよう—

 4年前、日本全国が教科書の採択に揺れいていた。しかし、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)のつくった教科書のあまりに非科学的な内容、誤った記述、海外からの注視と各地の運動によって、結局その採択率は0.039%と0.1%にも満たない状況に終わった。そして、今年も各自治体の教育委員会で教科書採択の時期を迎えた。しかし、前回ほどマスコミはこの問題を報道していない。では、安心していていいのであろうか。いや、現在の状況は前回よりずっと悪い状況になっている。前回の失敗に学んだ「つくる会」とそれに加担する右派勢力は、静かに巧妙に「つくる会」の扶桑社歴史・公民教科書を浸透させようとしている。彼らは、日本の全体的な右傾化の重要な戦線として、「つくる会」教科書採択を突破口にしようとしている。

◎右派に乗っ取られた文科省
 そもそも前回の「つくる会」教科書は検定にも通るような代物ではなかった。歴史教科書では138箇所も検定意見が出され、現行本でも143箇所の誤りが指摘されており、とてもまともに使えるようなものではない。NHK圧力コンビの安倍晋三や中川昭一など自民党右派によって無理やり検定を合格させたものの、採択するところはほとんどなく、前回の採択では惨敗という状況であった。
しかし、その影で確実に進んでいったものがあった。それは、文科省による教科書への支配である。「つくる会」教科書惨敗の影で、日本の植民地支配や侵略戦争の実態をきちんと描き、従軍慰安婦についても詳細な記述を残した日本書籍のシェアが13.7%から5.9%に落ち込み、今や実質倒産の状態である。一方、比較的無難といわれる東京書籍のシェアが40.4%から51.2%と大幅に伸びた。「つくる会」のキャンペーンの中で、教育委員会はあまりゴチャゴチャ言われない教科書を選んだのである。実はこの東京書籍は文科省官僚の天下り先である。この結果、文科省が教科書をコントロールできる状況が作り出されつつある。現在の中山文科相は、「つくる会」議員連盟の前座長であり、この間の発言を見ても民族主義・排外主義の確信犯である。彼は、昨年11月の採択教科書の検討の時期に「教科書に慰安婦・強制連行の記述が減ってよかった」などと発言している。明らかな圧力である。また、町村外相、安倍幹事長代理らと密接に連携をとり、この4年間で、「つくる会」・扶桑社・自民党・文科省が協力する関係が着実に積み上げられてきたのだ。このような動きを背景に「つくる会」は10%採択に自信を示している。

◎変わらない「つくる会」教科書のあぶない本質
 今回の検定にあたって、「つくる会」は残存していた143箇所の問題記述のうち56%を訂正・削除した。このことは、採択に向けた彼らの意気込みが示されている。しかし、いくら訂正してもその本質は変わらない。教科書情報資料センターの上杉聰氏は次のような問題点を指摘している。①強い主観性と排他性を持つ宗教史観(皇国史観の基盤)考古学で実在が否定されている天皇神話の歴史化 ②天皇中心の家族的国家観 いきなり巻頭で日本史は「みなさんと血のつながった先祖の歴史」外国人は対象外 ③国内の民衆・女性・部落などの歴史を軽視 他社がすべて載せている「渋染め一揆」を載せない ④他国への優越的支配意識と自国中心史観 日本は素晴らしい 大戦は仕方なくやった 新羅は独自の律令を持たなかった(ウソ) (日本軍の)緒戦の勝利はめざましかった…たちまちのうちに日本は広大な東南アジア全域を占領した…日本の将兵は敢闘精神を発揮してよく戦った(戦争の悲惨さ、過ちの意識は微塵もない) 日本の南方進出は…アジア諸国で始まっていた独立の動きを早める一つのきっかけになった。等々。
 驚くのは、検定意見によってさらに改悪されている部分があることだ。竹島問題について、当初「つくる会」教科書は韓国が「占拠している」と書いていたが、検定意見では占拠の前にわざわざ「不法」がつけられた。同様の記述の他社の教科書にはこのような意見はなく、「つくる会」教科書がいかに文科省の意図を表現するために利用されているかがわかる。
 そして、注意しなければいけないのは、このような動きに引っ張られて他社の教科書も少しずつ真実を伝えなくなってきていることだ。9年前に全社が載せていた従軍慰安婦問題は、今や1社も触れられておらず、強制連行も2社しか載せていない。もし、「つくる会」教科書が大きく広がらないとしても、このことだけでも彼らの勝利といえるのではないだろうか。
さらに、公民の教科書もひどい内容である。「世界で活躍する日本人」のグラビアの最初は自衛隊であり、巻末資料に「世界人権宣言」「子どもの権利条約」「男女雇用機会均等法」などが載っていない唯一の教科書である。

◎地域から運動を起こし、教育委員会に働きかけを
 このように厳しい状況であるが、「つくる会」教科書のようなあぶない代物を子どもたちに渡してはならない。今回「つくる会」は、前回とは違い深く静かに採択を狙っている。すでに7月13日、栃木県の大田原市で市町村最初の「つくる会」教科書採択が行われた。他にも日教組組織の弱い、愛媛県、熊本県、福井県、鹿児島県などが危ないと言われ、東京でも約半数は採択されるのではないかと言われている。関西では和歌山県が要注意とのことだ。右翼以外このような教科書を本気で良いと思う人はいない。とにかく地域の住民と連帯して地元の教育委員会に働きかけることだ。靖国問題とも連動し、今回は中国・韓国からの働きかけも大きい。7月中にはほぼすべての自治体で採択教科書が決定する。早急な行動が求められている。
 教科書問題の学習会で、上杉聰氏が「軍隊や武器を何ぼつくっても戦争はできない。戦争が必要だと思う人をつくらなければ。」とおっしゃったのが印象的である。日本の現在の危機を戦争への道を開くことで打開しようとしている自民党右派にとって、それは焦眉の課題であり、教科書問題に注ぐ彼らの思い入れを察することができる。グローバリズムの中で世界が不安定になり人々の不安が広がっているとき、ナショナリズム・排外主義の流れに対抗するのは決して容易なことではない。しかし、現在の不安定な世界を平和的に和解させていく未来を担う子ども達のためにも、国家間の対立と憎悪を煽るこのような教科書を絶対に採択させてはならない。闘いは今回だけでは終わらない。将来を見据え、アジアの民衆とも連携した腰を据えた闘いが求められている。(若松一郎)
(この文章の内容は、上杉聰氏による学習会の内容に全面的に負っています。詳しい内容はhttp://www.h2.dion.ne.jp/~kyokasho/ 教科書情報資料センターのHPをご参照ください)  

 【出典】 アサート No.332 2005年7月23日

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