【書評】労働運動再生への問題提起
「地域ユニオン・コラボレーション論」 小野寺忠昭著
(2003年2月10日 インパクト出版会 \2,000)
労働運動をめぐる出版が極端に減少する中で興味深い本と出合いました。偶然に紀伊国屋で見つけたのがこの本である。筆者小野寺氏とは一度だけ東京でお会いしたことがあります。場所も東京上野周辺の飲み屋さんで、地域ユニオン組合関連の会議明けの打ち上げの宴会で同席し、お話をうかがった記憶がありました。もうかなり昔のことではありますが。
小野寺氏は1943年生まれで、大学卒業後総評東京地評を皮切りに、東京東部エリアで「地区労オルグ」として労働運動一筋に進んでこられた。現「東京地評」は労戦統一経過の産物であり、本書の中では、89年の連合結成を前後して、総評東京地評は共産系と連合系の妥協の産物として存続を続けることとなったが、2003年に最終的に東京地評が全労連に加入することとなり、実質的に総評組織ではなくなったと述べられている。著者が自らを「総評最後のオルグ」と呼ぶ所以である。
著者は、東京の東部に広がる下町、中小企業が集中しているエリアを中心に、全国一般系の運動・地域ユニオン系の運動のよき理解者・推進者・コーディネーターとして信頼を集められている。
この本は、著者自身が人生をかけてこられた地域労働組合運動の経過と特徴、組合運動に関わったオルグと組合員が織り成す「物語」を中心にし、総評労働運動そして日本の労働運動の総括とその再生に向けた基本的コンセプトの提示を内容としている。過去4年間「労働情報」誌に連載されてきた文章に加筆されて出版されたものである。
<東京東部ブロックの特徴>
江東六区(墨田、台東、荒川、江東、江戸川、葛飾)は古くは江戸時代から荒川、墨田川などに沿って地場産業が栄えたエリアだったが、1960年代には伝統的な地場産業と対照的な重工業、製鉄、製紙産業などの素材型大工場が進出するとともに、その下請け・孫請けとしての中小・零細企業群が生まれた。
こうした中小・零細企業には未組織の労働者が多く、この東京東部地域も同様であった。1960年代には、安保闘争敗北にもめげず多くの活動家がこの地域に集まり、労働者の組織化に燃え、中小企業労働者の組織化を進めた。
その手法は、産業分野や業種にとらわれない地域合同労組方式であり、その集合体としての「全国一般方式」と呼ばれる労働組合である。この労働組合は業種にも企業系列にもとらわれることなく、地域を基盤として労働者の連帯と協同を基礎にしていた。それを支えたのが著者をはじめとする「オルグ」達である。
<オルグ稼業の魅力>
労働組合を作ることは企業内では一種の「秘密結社」をつくる作業が必要で、慎重な非公然の仕込みから始まる。そして結成・公然化、労働委員会への提訴など。まさに、手作業であるが、経済的側面の要求闘争であると同時に、社会的道義を体言した運動であり、作っては潰される「賽の河原の石積み」と言われる程の営みの中で、信頼と連帯の意識と組織を作り上げていく作業であった。
1960年代は中小企業労働運動の前進の時期であったが、70年代~80年代は大企業の寡占化と下請け中小企業への支配強化が進むと同時に組合弾圧という意味でも企業倒産が続出し、反倒産・反失業の厳しい闘いが繰り広げられた。その中から、背景企業の責任を追及し、親会社・メインバンクに責任を追及する運動を総がかりで追求する「総行動方式」が編み出されていく。「権利はゆずらない・首切りは許さない」をスローガンとする東京総行動が1972年6月に始まる。全金仙台川岸争議での「親会社に使用者責任あり」との判決により「法人格否認の法理」を確立させたことも運動に弾みを付けた。
<産別組織と地域運動>
日本の労働組合を分析するにあたって、ひとつの切り口は、産別組織と地域組織である。総評時代は、産別組織の縦のラインと同格に地域の横のラインが地区労として存在し、中小未組織を包み込む地域の連帯を形成できた。著者によれば、比較的緩やかな産別体制であったからでもあった。60年代から70年代まで地域組合と共闘して運動を盛り上げたのが、公労協(全電通、全逓、国労)と地公労(水道)と区職労などの公務員部隊であった。そして、総評時代には全国に300人の地区労オルグが配置され、交付金による財政措置でその活動が維持されてきた。
こうした地区労運動が弱まる契機となったのは、一つには大産別組合による産別強化論と総評自身が地域運動を産別補助的に位置づけ、あいまいな戦略しか持てなかったこと。二つにその影響もあって本来の産別的機能を持てないのに擬似産別として「総評全国一般」を立ち上げたにも関わらず、分裂してしまったことなどを上げられている。
そうした中でも、東京東部地域では、組織は分裂しても「東部オルグ団」を結成して、争議運動や組合つくりの協力体制を組むことができたという。さらに、組合結成後比較的安定して組合員数の多い組合が、「結成の恩義」を忘れず、財政的にも政治的にも地域運動に返していくという「仁義」を持っていたことが、70年代以降の運動を支えた。これらの組合を筆者は「旦那(衆)組合」と呼んでいる。
産別論と地域運動については現在の連合労働運動にも当てはまる。連合は発足時から産別主義を取り、産別加盟を原則とした。地域組織は加盟した地域組織の地域支部のみから構成される。結果として方針議論は府県連合であっても(それもない場合もある)、地域連合は、下請け運動と選挙のみという結果をもたらし、争議支援や未組織への対応は二の次という状態もある。800万連合と呼ばれた結成時から10数年、組織拡大が叫ばれて久しいが、今の連合運動の抱える大きな課題でもある。
<総評の総括と労働運動の再生>
第一章は、「ローカルから見た組合のかたち」と題して、上記のような東京東部の地域運動の経過やその歴史が語られている。第二章は「総評の総括」と題されているが、興味深いのは「オルグ」の項であり、地域労働運動を担ってきた職人としての「オルグ論」である。オルグとはオルガナイザーの略であり、最近は余り耳にしない言葉になってしまった。組合活動に従事するという意味では、組合書記という事務屋、組合のプロパーなどという言い方が多いように思うが、オルグはまさに組織者であり、地域に職場に入りこんで労働者を励まし、相談にのり、組織する。「(委員長や書記長などの)労働運動家は運動・組織ヘゲモニーとしての権力であったが、オルグは特定の権力も権威もなく、持っているものと言えば、運動における具体的な個別の指導力であり、ノウハウであった」「総評運動におけるオルグは職人に近い独立性をもった職業であった。」と述べている。
「労働者理念の再建」の項では、「地域労働運動の意義とは結論的に言えば『社会性』と「友愛』である。」「労働組合の最も組合的な運動は、この労働者の争議・組織化・共闘活動である。」「・・・労働組合=道具論ではなく・・・日本の労働組合運動において、労働者の友愛と仁義を幅ひろく追求してきたのが地域労働運動であり、・・・この地区労は・・労働組合の『隣組』をつくってきたのである」「・・・協同というものを最も主張しなければならない労働組合の協同性が無残にも崩壊している認識が必要である。従来の国民国家・社会における友愛と道義の基盤である協同の崩壊が深く進行している。ことここに至り、労働運動に限らず社会運動は、あらゆる意味において『協同』を提起できないかぎり、大衆運動は成立しないのではないか」と述べておられる。ここに著者の思いは凝縮されているように思うので引用させていただいた。
<自主管理から自主生産へ>
第三章「東京総行動と争議」、第四章「運動再構築の要素」についてでは、70年代以降の反倒産・反失業闘争の具体的経験を通じて、労働組合・労働者自身による自主生産・労働者企業の実践に至る経過と展望が語られるとともに、労働と社会において今進行している事態の中に、見つめるべき運動再構築の要素が示される。リストラ、個別労使紛争、管理職ユニオン、派遣労働への対応などである。
<地域ユニオン・コラボレーション>
第五章では、「エピローグ新たな時代を繋ぐ」として労働運動の新たな展開にむけて特徴的なテーマが展開される。
著者の語り口は豊かな実践に裏打ちされて、厳しいと同時に暖かく、そして今後の戦略的視点も明らかにされておられる。「今、近代100年に匹敵するような運動を胎動させた過渡期的運動が既存の労働運動内部で起こり、また全く意外なところからも起こってくる。そしてそれは、底辺の潮流に対応して、何ものにもとらわれない自立した運動と組織であることが、とりわけ要請されているのではないだろうか」と。
著書の題名である「地域ユニオン・コラボレーション」は、労働組合運動の過去の財産と将来の可能性に思いを込めて決められたという。
労働運動・社会運動に関わっている方には是非一読していただきたいと思います。
(佐野秀夫)
【出典】 アサート No.311 2003年10月25日