【投稿】虚構に基づく有事法制の問題点
<冷戦体制を基本とする法案>
政府・与党は、有事法制関連法案を4月16日閣議決定し、会期延長も視野に入れながら今国会での成立をめざしている。
もちろん不当な武力侵攻が起こった場合の体制を整備しておく必要はあるが、それは、的確なな情勢認識に基づいた、現実的な想定を基本に、国民的合意を得うるものでなければならない。
しかし先日国会に提出された法案の内容は、時代錯誤も甚だしいものであるばかりか、国民の基本的人権を制限する条項が突出するものとなっている。
有事法制の内容は当初、冷戦時代にソ連軍の本土侵攻を想定し作られた、いわゆる第一分類(防衛庁所管事項)、第二分類(他省庁所管事項)が基本となっていた。かねがね指摘してきた「畑に塹壕を掘る」ための法案である。
だが「それだけではあまりに時代おくれ」「現在の情勢に対応できない」などとの批判が身内の自民党などからも噴出し、日本への武力攻撃事態に加え、今日的課題である、大規模テロへの対応などを、今後の課題として加味した基本法である「平和安全法案」と「安保会議設置法案」「自衛隊の行動円滑化法案(自衛隊法改正案)」の3法案としてまとめられた。
こうした結果として有事法制関連法案は、起こり得ない「日本本土侵攻」と「武力攻撃が予測されるに至った事態」も「有事」と認定するなどとする大幅な「水増し」がされる状況となっている。
確かに冷戦時代は、日本が武力攻撃を受けた場合の対処法としては、自衛隊法に基づく、自衛隊の防衛出動が規定されているだけで、自衛隊をサポートする法整備がおざなりにされていたのは事実である。
しかし、そうした状況を放置してきたのは、ソ連軍の本土侵攻を想定しつつ正面装備を強化しながら、自衛隊自身や自衛隊を統制すべき文民=政治家が、米ソの核による均衡が続いている以上、第3次世界大戦が本当に起こるとは思っていなかったからである。
すなわちハード面での整備は進めながら、実際にそれを運用するソフト面は放置してきたのである。
それを、国民の軍事アレルギーや現憲法のせいばかりににするのは、とんだお門違いというもので、 むしろ、軍事政策に責任を持つべき人間がそれらを理由に、サボタージュをしてきたというのが真実である。
ところが、冷戦終結後、旧ユーゴやアフリカ諸国の民族紛争や東ティモールの分離独立運動、さらにはカルト組織による大規模テロなどそれまで想定してこなかった事態が、相次いで発生、また、この間の「不審船」問題にしても、冷戦時代はソ連軍機の領空侵犯の陰に隠れていたものが、ソ連崩壊で領空侵犯が激減したため、表に現れた形となり、新たな対応が迫られる状態となったのである。
こうした経過をふまえるならば、有事法制関連法案の主たる部分の、冷戦の遺物である本土侵攻想定とそれに対応する地方自治体、公共機関、マスメディアへの統制、国民の私権制限、民間人への処罰規定など総力戦体制=「国家総動員法」的部分は、全く必要ないものであり、その強制はかえって国民や自治体の反発を招く結果となるだろう。
また仮に日本本土侵攻よりは、発生確率が高いと思われる「周辺事態」=第2次朝鮮戦争が勃発しても、日本が相当規模の兵力を朝鮮半島に投入でもしない限り、物資、輸送に関わる統制なども必要はない。
それを無理強いしようとするのは、昨年の「9,11テロ」「不審船」問題の追い風が結果として、警備対象の拡大などで警察庁、海上保安庁だけに吹いたのを悔しがる、一部制服、防衛官僚、国防族議員の巻き返しが基本にある。
もちろん彼らも日本本土が戦場になるとは考えてはいない。しかし、自らの権益、権勢のため、警察、海保をも統制下におく有事体制の構築を国民を、巻き込みながら進めようとしているのである。ここには他の中央省庁と政治家と変わらない「国益」よりも「省益」という姿勢が露骨に現れているのである。
<防衛政策の転換が急務>
それでは、「9,11テロ」「不審船」で浮き彫りになった問題点=「テロ、ゲリラ対策について、今後有事法制の一環として法整備を進める必要があるかといえば、これもそうではない。
この方面では、対ソ戦争準備とは逆に、ハード面の整備が立ち後れていた。(欧米各国は、70年代から特殊部隊でテロに対応してきた)しかし99年の「不審船」事件以来、警察(SAT)、海保(SST)の後塵を拝する形ながら、陸、海自衛隊にテロ、ゲリラあるいは小規模な軍事衝突、いわゆる低強度紛争に対応する部隊の編成が進められている。
このような部隊の有効活用に、有事法制などは必要なく、自衛隊法の一部改正、運用の改善と警察、海保との役割分担の明確化、責任体制の確立で、十分対処できるはずである。
今後の軍事政策を考えるならば、冷戦の遺物を復活させる必要はなく、むしろ残された冷戦の残滓を払拭していくことが重要となってくることは明らかである。
すなわちハード面では、未だ対ソ戦争想定の装備、部隊の一層の是正が必要であるし、ソフト面では、共産主義勢力の武装蜂起を想定した治安出動規定などは、非現実的であり直ちに廃止すべきである。
この間「あさま山荘」事件が映画、マスコミでクローズ・アップされているが、双方貧弱な装備で10日間も攻防戦が続いたのを見ると、まさに隔世の感がある。
いまなら、このような事件は先述のSAT(特殊急襲隊)の突入で短時間で解決するだろう。さらに、先頃、全国の警察本部に対して毎分800発の射撃能力を持つマシンピストル1400丁の配備が始まった。現在も、また将来も、格段に強化された警察力で対応できないような国内勢力の出現は考えられない。
こうしたことからも武力行使を伴う自衛隊の出動については、小規模であっても外国からの侵攻(テロ、ゲリラ)があれば防衛出動に一本化し、そのレベルを段階的に分ければ、あらたに「領域警備」(これは海自には海上警備行動、空自にはスクランブルがあるのだから、陸自にも、ということである)規定などをを設けなくても、対応は可能であろう。 このように、これからの主要な自衛隊の任務は、日本への小規模、不正規な侵攻への対処と国際協力を軸とすべきであり、それに見合った体制づくりを進めるべきである。(大阪O)
【出典】 アサート No.293 2002年4月20日