【投稿】「常識」が通用しなかった横浜市長選結果に寄せて
<政治不信が高まるなかで行なわれた大型首長選挙>
桜も盛りがすぎた3月31日、政令指定都市横浜の市長選挙が行なわれた。
まず、新聞的に報告すれば、相次ぐ鈴木宗雄、加藤紘一両衆議院議員の自民党離党や、社民党の辻元清美前政審会長の議員辞職という市民の政治不信が高まるなかで行なわれた政令指定都市における大型首長選挙として注目された。
結果はご承知のとおり、長野県・千葉県知事選や隣の政令市の川崎市長選と同様、与野党相乗り候補や既成政党に対する批判が爆発し、現職与野党相乗り候補が敗退した。
選挙戦は、与野党相乗り候補で、4期日を目指した72歳の現市長が、3期12年の実績と既成政党や地元財界、連合の組織に乗って選挙戦を展開したのに対し、その現市長の高年齢多選批判を掲げ、横浜から政治を変えようと訴え、立候補した横浜市北部を地盤とする民主党系無所属の衆議院議員は、無党派色を前面に出しつつも、中央政党で唯一支持した自由党と、ローカル政党で生協運動を基盤とした神奈川ネットワ一ク運動の支持をえて戦いを進め、それと共産党系候補の事実上、2強プラス1の戦いであった。
当初、現職候補は磐石の体制と思われていた。中央の政党段階では3選までしか認めないとする民主党の推薦はえられなかったものの、これを除き中央政党の推薦をえて、地元県・市段階でも高齢多選に批判的な公明党や社民党含めた与野党が推薦し、自治労横浜をはじめ連合も支援体制を整えていた。
また、昨年の川崎市長選で、同様に高齢多選の批判を受けた現職候補が、立候補表明を意図不明で遅らせたことが響いたか、地元市レベルでは共産党を除く、与野党が一致して支持し、連合も推薦したものの、中央・県段階の与野党には高齢多選を理由に推薦をえられず、敗退した一因といわれたことから、今回の現職は早々に立候補表明をしており、地元レベルでは完勝は当然と思われていた。
行政実績としても、旧建設省の高級官僚出身とはいえ、目立ったマイナスポイントはなく、招致に成功した日韓W杯決勝戦の開催地元首長として、4期日の再選を果たし、2ヵ月後に華々しくW杯の開幕を迎えるはずであった。がしかし、である。
<民主党系の一部は新人候補支持にまわったが、・・・>
民主党県・市連としては現職支持を決めたものの、民主系無所属代議士の立候補表明を受け、現職の高齢多選批判から一部で造反が出た。県内選出の若干の代議士や県議、市議が支持に回り、市議会では他の要因もあったようだが、民主党系会派が一部少数分裂する事態にまでなった。しかし、影響は投票率の上昇による接戦は予想されたものの、まさか現職の敗退まではないと思われていた。
新聞情報などをネタに長々と解説したが、私自身も行政実績で説明したとおりの現職の評価をしており、最善の候補ではないが、替えなければならない程ではないと思っていた。
知り合いの一般市民も、評価の程度は別れるが「不可」を言う者は少なかった。
一方、地方段階の県・市政レベルでは無名とまでは言わないが、立候補声明も遅く、「積極的な情報公開」以外に市政に関する具体的な対案提起もない中で、当選した候補に対する評価は無いに等しく、組織的な支援はわずかであった。
<この選挙結果をどう評価するか。>
一組合役員の立場から言うと、前職となった市長は市財界は当然としても、連合や当該市職労の自治労横浜とのパイプは確立されており、良好な労使関係を保っていた。
一市民の立場からも、前市政に対する共産党の大型公共事業優先批判は、市の財政状況や環境問題の観点から理解はしても.具体の事業については必要性はあると思われることから優先度や対策の問題であり、情報公開にしても段階的には改善しつつあると思える。ソフト面を中心に市民への行政サービスも、市職員の雇用・労働条件との兼ね合いからは、かなり踏み込んだ改善を実施している。
それなのに、横浜市北部を中心に無党派層、特に神奈川「都民」と言われる市民層がなぜ、若干37歳の新市長誕生を選択したか、その理由は従来の「常識」ではわからないというのが正直な感想である。土井社民党さえも巻き込んでしまった既成の「政治」への不信と、「改革」願望(幻想?)というしかないのか。ぎりぎりであっても合格点を出してもよい(?)現職に、内容が不明確な「改革」を主張する有力とまでも言えない(?)対抗馬が競り勝つという政治(社会?)現象をどう理解すべきか、私には手に余る問題である。(匿名希望:小見出しは、編集委員会が加筆しています)
【出典】 アサート No.293 2002年4月20日