【投稿】小泉再選と解散・総選挙が提起するもの
<<いつの間にか「挙党一致」>>
自民党総裁選は、小泉再選で決着が図られた。しかし2年半前の前回総裁選とはまったく様相を異にした裏取引選挙であった。小泉氏がたとえパフォーマンスにせよ「抵抗勢力」に対決して、「自民党をぶっ壊す」とまで発言して全国民的関心を呼び、史上空前の80%以上の内閣支持率を獲得した前回とは打って変わって、いつの間にか「挙党一致」がスローガンとなった出来レースであったと言えよう。小泉氏の圧勝と言いながらも、実は他の3人の候補者にもそれぞれに満足のいく票を融通し配分しあったという、マニフェストも、政策の相違もまったくその場しのぎのおざなりで、シラけきった一幕物の芝居でしかなかったのである。それは「抵抗勢力」にとって少々難はあっても御しやすく、むしろ大いに利用できる存在と化した小泉政権を当面存続させなければ、間近かに迫った解散・総選挙も乗り切れないという差し迫った状況の産物でもあろう。
その象徴が、自民党内最大派閥であり、利権集団でもある橋本派幹部の青木幹雄参院幹事長の「寝返り」であろう。同氏は、昨年の参院代表質問では、「一方的に過ぎる改革のやり方には批判が出ている」、「特定の民間人がテレビでもてはやされ、政治、経済の流れがつくられている現状は大いに不満である」と野党顔負けの首相批判を展開し、「抵抗勢力」を代表して公然と対決姿勢をあらわにしていたのである。ところが今回は、「総理を支持する。しかし、総理が公約にしている道路公団の民営化や郵政民営化には反対」、「人物は認めるが、公約は認めない」と一転し、ついには「小泉さんには裏切られたことはない」と小泉再選支持をわざわざ表明するに至ったわけである。小泉改革なるものの実態を見てみれば、確かに青木氏にとっては「裏切られたことはない」のであろう。仕上げに総裁選を目前にして青木・小泉会談が持たれ、小泉氏は「青木さんはあれこれ条件は出していません。潔く、男らしい」と意図的に持ち上げ、「改革の芽をつぶす動きとは断固戦う」と叫んできた当の本人と「抵抗勢力」代表者の2人の間の蜜月を誇示したのである。当然何らかの“密約”、“裏取引”が交わされ、いずれかが膝を屈したのであろう。客観的には小泉氏が「抵抗勢力」に膝を屈し、「抵抗勢力」は小泉氏なしには権力基盤・利権構造を維持できないがゆえに総理・総裁の座を提供したのであろう。“密約”そのものである。月刊誌で痛烈に小泉氏を批判していたはずの堀内派の堀内会長も「経済政策は一致しないが、総理を支持する」と表明してこの動きに続いた。
<<「毒まんじゅう食ったんか」>>
こうした流れに取り残されたのが橋本派幹部の野中広務元幹事長であった。総裁選直前に「自ら退路を断って、最後の情熱と志を、小泉政権を否定する戦いに燃焼し尽くしたい」と決意を披瀝したが、それは捨て身の政界引退表明へと追い込まれたものともいえよう。同じ派に所属する青木氏と村岡兼造会長代行を「目先のポストに惑わされているのではないか。政治家として許せない」と痛烈に批判し、さらに続いて村岡氏が首相支持を明言したと聞くと、野中氏は『何をぅ?毒まんじゅう食ったんか』と怒り心頭に達し、同じ派閥の同僚議員を名指しで糾弾する異例の事態となったが、時すでに遅しであった。
野中氏は9/16、外国特派員協会で講演し、青木氏や村岡氏の名前を上げて「許せない」と怒りを込めて批判したのはもちろんのことではあるが、野中氏は同時にデフレ経済を放置し、むしろ悪化させている小泉内閣の姿勢を批判し、それに事実上追随しているマスメディアの姿勢にも矛先を向けている。「少し株価が回復して、政府やマスコミは景気が良くなったと騒いでいるがそうでは断じてない。街には失業者、ホームレスがあふれ、1日100人が自ら命を絶っている」、そんな実態にもかかわらず、マスコミは「“小泉再選”をあおっている感じがしてならない」と述べ、「昨秋、社内で倒閣を決めたはずの新聞社は、一つのスクープをもらった見返りに小泉支持にひた走っている」と暴露し、「テレビの討論番組では小泉批判をする評論家は外されている」し、これでは「まるで戦前みたいだ。マスコミは戦前の報道を再検証してほしい」と厳しい、正当な注文をつけている。
しかし野中氏らのこうした抵抗にもかかわらず、自民党総裁選をめぐる動きは、9/20の投票日を待たずに決着していたのである。小泉氏以外の3候補自身が投票日を待たずして半身の姿勢に転じ、「小泉さんを引きずり降ろすということではない」(藤井候補)と言い出し、「いくら訴えても政策で勝負が決まる状況ではない」(高村候補)と諦めを公言し、「小泉では日本が潰れる」などと言っていたはずの亀井氏までが「私は自民党を愛している。党を出る気はない」などと、党内での地位低下に腐心する始末である。盛り上がりも迫力も緊迫感もない談合総裁選の出来レースに出場させられたこの3候補は哀れな役回りをさせられたのだともいえよう。
<<マニフェスト>>
9/20、「圧勝」をしたはずの小泉首相は同日夕、記者会見を行い、「今まで進めてきた構造改革路線を着実に進めたい」と述べはしたが、案の定、「抵抗勢力との対決」は完全に影を潜め、「挙党一致」、「挙党体制」がしきりに強調され、解散・総選挙向けの裏取引人事が鮮明になりだしている。そして、衆院の解散・総選挙について「そろそろ解散・総選挙があってもおかしくない」と指摘、十月にも解散、十一月総選挙に打って出る考えを強く示唆している。
しかしながら、小泉首相が解散・総選挙を意識して9/8日に発表した政権公約は、およそマニフェストには程遠いペラ一枚の代物である。小泉的表現はあれど、具体性がなく、およそ抽象的で無内容、そして変幻自在な旧態依然たる選挙公約と全く変わるところがない。自民党内でさえ議論の積み重ねも討論の対象にもならなかったおざなりなものである。もちろん、総選挙で選択を迫れるようなものではない。そもそもその成り立ちからして、自民党にマニフェストなど要求することが間違っているのであろう。9/18に発表された民主党のマニフェスト第一次草案と比べれば、比較の対象にならないほどお粗末なものである。マニフェストだけをとるならば、民主党との政権交代は必至であり、必要不可欠である。民主党のマニフェストには、自民党の政策と対決する具体的で革新的な提案がかなり提起されている。しかし、民主党の実態を反映しているのであろう、平和・安全保障政策について、憲法9条問題についてはいまだ具体的な政策を対置しえていないのである。
一方の小泉政権は、総裁選直前の8月に憲法9条の改正を言い始め、2年後の10月までに自民党として改正案をまとめ、自衛隊を軍隊として明確に位置付け、これまで政府が違憲としてきた「集団的自衛権の行使の容認」も視野に入れている。今回、総裁選では4候補ともに「9条改正」を掲げ、さらに総裁選後、自民党幹事長に起用された安倍・前官房副長官は「小型核兵器の保有なら憲法上問題ない」と発言して物議をかもした人物であり、対北朝鮮外交では挑発・強硬路線を良しとする、ブッシュ路線に最も親近感を抱く人物でもある。すでに 防衛庁は来年度軍事費(防衛関係費)の概算要求の中で、これまで研究段階だった「ミサイル防衛」の導入(千四百二十三億円)に初めて踏み込んだほか、空母型のヘリコプター搭載護衛艦(一隻、千百六十四億円)など、米軍事戦略との一体化をはかり、本格的な海外派兵体制づくりと対北朝鮮対応の軍備拡大要求が目白押しである。こうした小泉政権の軍事拡大・アメリカ追随路線と対決できるマニフェストでなければ政権交代は現実のものとはなりえないと言えよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.310 2003年9月27日