【投稿】瀬戸際にいる金正日と小泉純一郎
<中露の「裏切り」>
8月27日から3日間にわたり、北京で開催された「6カ国協議」は、次回の開催を原則として確認し終了した。
当初は北朝鮮お得意の「ドヤキャン」も予想され、なまじ開催にこぎ着けても「途中退席」、日程を消化しても「今回限り」といった事態も懸念されていただけに、論議の枠組みが維持されたことは、予想以上の成果といわなければならない。
この背景には、これまでの歴史的経緯から北朝鮮に一定の理解を示していた中国、ロシアが、対応を変換、日米以上の強硬な姿勢に出たからに他ならない。
中国は今年2月厳寒のさなか、3日間にわたりパイプラインを閉鎖、北朝鮮への重油の供給をストップさせた。さらに9月上旬からは中朝国境警備を公安警察から、人民解放軍に移管したことを明らかにした。
そして9月20日には胡錦濤政権のナンバー2、呉邦国全人代常務委員長がダメ押しのため訪朝した。胡政権は古い共産党幹部たちと違って、北朝鮮に対する特別な感情など、持ち合わせていないようである。金正日がこれ以上駄々をこねると、さらに強硬な手段に出ることも予想される。
一方のプーチン政権も昔のことなどすっかり忘れているようだ。ロシアは、8月22日朝露国境に近い沿海地方バラバシュ地区で「北朝鮮難民対策」を想定した演習を実施。
さらに同時期、日本海周辺で朝鮮半島有事やテロ対策を想定した、多国間合同演習をも行った。これには日本の海上自衛隊や韓国海軍も参加、北朝鮮はオブザーバーとして招聘されたものの不参加だった(当初から不参加を見込んでの形式的な要請である。自らが対象とされている演習に参加できる訳がない)。
このように中露両国が、手のひらを返したように圧力をかけ始めたことは、織り込み済みの日本の圧力(万景峰号へのPSC)など比べものにならないくらい、北朝鮮にとっては重大な脅威となっている。チンピラがこれまで庇ってもらっていた兄貴分に「おまえが悪いわ」と言われたのも同然である。金正日政権はいよいよ追いつめられてきた。
6カ国協議の席上、北朝鮮代表がロシア代表を非難したうえ合意文書を拒否し、ホスト役の中国の顔に泥を塗りかねない対応に出たのも、こうした苛立ちの表れである。わかりやすい反応だが、あまりに幼稚と言わざるを得ない。
<新兵器登場せず>
こうした中、9月9日の北朝鮮建国55周年記念式典に注目が集まった。パレードに新型ミサイルが登場するのではないかというのである。ミサイルや主力兵器が登場すれば北朝鮮は強硬姿勢を全世界に示したことで、今後の交渉は困難に、登場しなければ不要な刺激を避けた、という観測である。
結果として、ミサイルはおろか戦車や装甲車などの車両部隊も登場しなかった。したがって、金正日が「挑発はしません」とのメッセージを送ったとの見方が一般的である。
しかし、当日のパレードはそんな政治判断の結果ではなく「新型ミサイルなど最初からなく、戦車が出なかったのは燃料と部品がなかっただけ」(軍事評論家・神浦元彰氏)という主張があるが、その通りだろう。
変わって徒歩部隊が行進したのだが、兵士が「鉄帽」を装着しているのを見て「これは戦闘準備が完了したというサインだ」とテレビで指摘した元北朝鮮工作員がいたが、これも穿ちすぎである。
この人が、陸上自衛隊の観閲式や総合火力演習を見たら「日本は明日北朝鮮に上陸する!」と叫ばざるを得ないだろう。
いずれにしても、北朝鮮の軍事力はとても冒険主義に打って出られるような状況ではなく、核開発も事実上ストップしている。
北朝鮮としては「国体護持」のため、軍事力以外の打開策を必死で探っているのである。
<6カ国協議の弱い環>
北朝鮮がねらっているのは、5カ国の分断である。そのターゲットは韓国に絞られている。6カ国協議の直前韓国で開催されたユニバーシアード大会での「美女応援団」に象徴されるよう、同一民族をアピールし韓国世論の取り込みをはかろうとしているのである。
これに対して廬政権はソウルでの国旗焼き捨て事件、大会会場での乱闘事件などに対して、直ちに謝罪するなど、北朝鮮対しての配慮を見せている。
弱腰とも言われるこうした姿勢の背景には、南北融和を掲げて当選した政権の性格もあるが、アメリカの軍事力行使に伴う北朝鮮の「窮鼠猫を噛む」的な反撃、金政権の崩壊による内乱状態の勃発などの激変により、韓国が被るであろう重大な影響を憂慮してのことがある。
北朝鮮はそこを突いて、韓国からの経済援助の継続、日米との遊離をもくろんでいるわけだ。しかし、こうした戦略が功を奏するかは疑問である。廬大統領の支持率は就任当初の9割台から7月末には2割台に急落、9月末に与党民主党は分裂し、政権基盤は一層弱体化した。
さらにアメリカから2000名規模のイラク増派要請を突きつけられ、これを受ければ強固な支持層である反米世論の反発も予想される。
廬大統領の支持率低下の要因は、経済政策の失敗もあり「親北姿勢」のみではないのだが、今後さらに太陽政策の修正と対米協調を迫られることになるだろう。
このように韓国は北とアメリカに挟まれ、しばらく動揺を続けていくだろう。
<日本政府の無策ぶり>
北朝鮮を巡り周辺各国が、様々な動きを見せる中、具体的な戦略を描けていないのが日本政府である。
この間目だった動きといえば、万景峰号への実質的な「臨検」、不審船を引き上げて「さらし首」にしたことや、北朝鮮の脅威を臭わせた軍事力強化構想(精密誘導爆弾、弾道ミサイル防衛、ヘリ空母の導入など)くらいである。
先の総裁選でも対北朝鮮政策などまともな論議にもならなかった。藤井元運輸相が「北の手先」とキャンペーンを張られたり、「北にいる拉致被害者、家族はほとんど死んでいる」と発言して家族会から抗議された亀井静香の応援に、石原慎太郎が行き「外務省の田中審議官は爆弾をしかけられて当然」と言い放つなど、政争の具以下の訳のわからない展開だった。
低レベルの総裁選で圧勝した小泉総理の頭には、総選挙のことしかない。1年前自分が何をしたのかは、もう忘れているのだろう。自分自身も瀬戸際に来ていることの自覚がないようだ。
6カ国協議でも日本が「拉致被害者を帰せ」と主張するのは当然としても、会議総体としての獲得目標は核開発阻止の一点で行くべきであろう。
日本政府としては、強硬姿勢の継続-拉致被害者5人の家族の帰国-国交正常化交渉の再開という構想を描いているようだが、これはあくまで拉致問題解決の戦術であって、核開発問題解決への戦略ではない。これで米韓中露との連携がはかれるのだろうか。
核開発問題は、6カ国協議の場で北朝鮮が、IAEAの査察で検証可能な形で核開発を放棄することでしか解決しないだろう。さらに朝鮮半島、東アジアの安定のためには、北朝鮮が中国式の社会経済体制を持つ国として再生する方向で、周辺国の合意が得られるだろう。
日本政府としてはそうした構想を描き、実現に向けた動きを進める中で、拉致問題の解決や国交正常化も可能なことを、説明すべきであるし、小泉政権に能力がなければ、11月にも実施される総選挙では、それが可能な政権をつくらなければならないのである。
( 大阪O)
【出典】 アサート No.310 2003年9月27日