【投稿】小泉内閣の危険性
<<史上空前の内閣支持率>>
前号の筆者の「自民党政権崩壊への序曲」は、野党がもたもたし、危機に瀕する自民党の内部抗争を対岸の火事視し、傍観している間に、小泉新総裁の実現によって「自民党再生への序曲」と激変してしまった。今や小泉内閣の支持率は、朝日78%、読売87%、毎日85%、日経80%、共同通信86%、等々いずれも史上空前の支持率である。テレビ局調査では91%を記録(TBS)し、小泉首相や田中外相に対する野党の当然の正当な質問までが抗議や嫌がらせの対象となる異常な事態が現出している。
これは、橋本―小渕―森と続いてきた歴代3代の政権、とりわけ最後の自公保連立・森政権の醜態にホトホトあきれはて、繰り返される腐敗・汚職への怒り、既得権益にしがみつき、利益誘導に汲々として、放漫財政をさらに拡大しようとする自公保政治への不信がついに限界点に達していた反動の表れともいえよう。これが自民党多数派の思惑や統制を大きく乗り越え、派閥政治との全面対決を唱え、「自公保にこだわらず、野党でも政策の一致があれば協力を得る」とした政治姿勢が党派を超えた支持を獲得し、「小泉支持」となって一挙に噴出したのである。自民党内部の危機感を、より広大な政治的危機感へと広げ、自民党の枠を超えた小泉支持へと収斂させたのである。しかしこれはいかにもあぶなかしいものである。
<<衆参同時選挙の可能性>>
事態の激変は、「大惨敗→与党3党で過半数割れ確実」といわれた参院選の様相をも変えようとしている。貧乏神と揶揄された元首相と心中の運命だった橋本派候補の多くは小泉人気で俄然当選ラインに浮上、小泉人気に便乗、内心ウハウハ・楽勝ムードに浸り、小泉に擦り寄っている。党内は、「守りから攻めに転じよ」、「小泉と田中真紀子の投入で都市部もいける」、“1選挙区1候補”の方針から「複数選挙区の追加公認を出せ」「比例区ももっと増やせる」と押せ押せムードである。「衆参ダブル選なら衆院では300議席も可能」などとはじき、衆参同時選挙の現実的可能性まで取り沙汰されている。
6月都議選で惨敗を覚悟し、“予備選の結果を無視して橋本龍太郎が新総裁に就任するようなら、公認返上や集団離党を決断する”と息巻いていた自民党系都議たちは、たちまち変身、5/2には都議団の強い要望で、候補者と小泉首相のポスター用ツーショット写真の撮影が行われている。
しかし事態は彼らが期待するほど単純ではない。朝日5/17付朝刊の「世論モニター調査」(今月5~7日実施)結果は、「小泉支持の有権者が、そのまま選挙で自民党を支持するとは限らない」ことが明確に示されている。5カ月前の同じ調査で、森内閣を「支持しない」と答えた人の78%が小泉支持に転換。小泉支持の回答者を支持政党別に見ても、41.5%が無党派層。ところが、無党派層全体で「参院選で議席が増えてほしい政党」に自民党を挙げたのはたった8%にしかすぎない。森不支持から小泉支持に転換した層では、22%が自民党に「議席が減ってほしい」と回答しているのである。そして無党派層の73%が小泉支持でありながら、自民中心政権が良いとするのが22%に対して、民主中心の政権がよいとするのが30%と逆転している。
<<「大胆」「斬新」の装い>>
5/7の小泉首相の所信表明演説では、小泉カラーを意識したキャッチフレーズが次々と繰り出された。「構造改革なくして景気回復なし」「国債発行を30兆円以下に抑制」に始まり、「新世紀維新」「恐れず、ひるまず、とらわれず」、さらには「閣僚が出席するタウンミーティングの実施」、次いで「小泉内閣メールマガジンの発刊」など、など。
しかしこの所信表明演説から、予算委員会での答弁を見ると、総裁選に打って出たときの公約から明らかに“後退”している。総裁選で多用した“増税なき財政再建”の文言は完全に消え、“新規国債発行の30兆円以下への抑制”も、公約から努力目標に格下げ、「聖域なき構造改革」も「総理ならできることもある」と希望的観測の表明にとどまり、諫早湾干拓・川辺川ダム建設についても事業推進候補者の差し替えや工事中止を拒否、「そうした候補も最終的に党の意見に従えば問題ない」と放置する姿勢である。
一見「大胆」「斬新」に見える装いを凝らし、新たなキャッチフレーズを連発しているが、一皮むくと、ろくな役割も責任も果たしてこなかった森内閣の閣僚を七人も再任し、問題の郵政利権にかじりつき支配してきた橋本派の片山総務相を再任させ、派閥人事丸出しで新たに二人の森派幹部を入閣させ(塩川、尾身)、民間人起用の目玉、竹中慶大教授も森内閣の経済戦略会議メンバーを引き上げただけ、連立政権の枠組みも有り方もそっくり引き継いでいるともいえよう。派閥隠しにタレント性で人気の高い田中真紀子・外務大臣を据え、小泉・真紀子人気で七月の参院選をしのぐといったところであろう。
<<「われわれのサイドの首相」>>
しかしこの脱派閥を宣言した小泉氏を支えているのは、中曽根康弘・元首相、森喜朗・前首相、最大派閥・橋本派を牛耳る青木幹雄・参院幹事長の3人であり、事実上、3大派閥を基盤にしているともいえよう。それは、総裁選の最中に森氏が中曽根氏と会談し、江藤・亀井派が本選で小泉支持にまわるという秘密合意を交わし、その中曽根氏と小泉氏が終盤に会談・合意したことに象徴的である。橋本派についても、青木幹雄参院幹事長が野中氏との確執から「裏提携」を探り、同派の竹山裕参院議員会長とともに留任、自民党5役のうち2人は依然として橋本派が占めている。
問題はこの小泉内閣の性格を決定付ける中曽根氏の露骨な発言である。「日本の内閣には吉田、池田、佐藤などの経済中心内閣と鳩山、岸、中曽根内閣など日本の民族性や統治権を中心に考えた内閣の二系統があるが、小泉君はわれわれのサイドの首相になり得るし、なってもらいたい」とあけすけに語っている(5/15都内講演)。さらに「憲法改正、首相公選、靖国神社の参拝、集団的自衛権の行使は私が言ってきたことだから、やってもらおうという気持ちがある」と具体的な政策指針まで明瞭に提起している。
そして事実上、小泉氏は経済政策ではどんどん不明瞭となってきているが、中曽根氏の言う民族性や統治権についてはきわめて頑固で、復古調の危険な政策に固執し、「改革」の衣の下に古くて危険な鎧を身に着け、こわばっているのである。それがあの面相や態度にも表れているともいえよう。
<<新たな“小泉包囲網”>>
もちろん、事態はそう単純ではない。自民党内に確固とした基盤を持たない小泉氏は、常に世論の動向や他党の動向を自己に有利なように取り込まなければ政策遂行がおぼつかないことも事実である。それは弱さでもあるが、強さでもある。だからこそメーデー会場にわざわざ乗り込み、「政権交代があったのとおなじようなものだ」と訴え、拍手喝さいの中、労組幹部のお株を奪って支持を取り付けようとする。中曽根氏をも含めて自民党内の多くの派閥領袖が不安がる点もそこにあるといえよう。いつ野党と手を組むかもしれないという不安もその一つであろう。
そこで、水面下ではすでに新たな“小泉包囲網”づくりが始まっているという。利用され裏切られた亀井前政調会長は、「小泉は絶対に許せない」と気炎をあげ、野中氏や前幹事長の古賀、河野、高村という連合軍形成を画策し、国会議員票の圧倒的優位の確保を目指して惷動、参院選後の9月総裁選に焦点を合わせている。それまでは、小泉に好きにやらせて、せいぜい参院選で負けを最小限に食い止め、自公保連立を維持してもらわなければならない、というわけである。参院選そのものについても、現在の候補者の多くは橋本派が中心になって決めた利益団体の代表者である。比例代表候補者を総入れ替えでもしない限りは、小泉首相の唱える構造改革と逆行する候補者でもある。だが、ダーティな裏取引に常に顔を出し、疑惑を持たれている亀井氏とてひやひやものであろう。
<<民主党の競い合い>>
5/9の代表質問で民主党の鳩山代表は、「私たち民主党が党是としてき主張してきた日本の構造改革に、あなた(小泉総理)が嘘偽りなく取組むというのであれば、あなたの内閣と真摯に議論を重ねていき、改革のスピードを競い合うのは、やぶさかではありません」とエールを送り、小泉首相は検討することを強調してこれに応えた。代表質問で民主党が提案したのは、
・国債発行額30兆円以下に制限する法案の作成
・財政投融資制度の大改革
・外交機密費の補正予算による減額修正
・官僚の天下り禁止法
などであるが、すべて小泉首相が唱える改革にあわせたものである。現実はこの程度でも次から次へと後退を重ねている。小泉首相と田中外相の答弁がその典型である。その後退に民主党が付き合っていく限り、民主党は、自民党の付属物と化し、一切の展望が開けないであろう。
しかしこの民主党の姿勢にはもう一つ決定的な問題があるといえよう。それはこの時期、教科書問題・靖国神社参拝問題を始めアジア近隣諸国との険悪な緊張関係を打開し、日本が平和外交の方向性を明確に打ち出すべきときに、小泉内閣はきわめて危険なウルトラ右翼ともいえる逆行政策を打ち出し、強行しようとしていることに対して、何ら対案を示し得ず、改憲問題や集団自衛権問題では同調さえしていることである。民主党はこの点で政策転換を明確にしない限り、参院選では決定的ともいえる敗北に直面するのではないだろうか。(生駒 敬)
【出典】 アサート No.282 2001年5月26日