【本の紹介】アンソニー・ギデンズ『第三の道-効率と公正の新たな同盟』
佐和隆光訳、日本経済新聞社、1999.10
世界の根源的な変化に適応せよ
イギリス労働党のブレア、フランス社共連立政権のジョスパン、ドイツ赤・緑連立のシュレーダー、イタリア左翼民主党のダレマ…。ヨーロッパでは、EU15ヶ国のうち13ヶ国で、社会民主主義政党が政権与党にある。この事実は、21世紀の政治の主役として、社会民主主義が再登場したことを意味するのであろうか。
本書の著者であるギデンズは、ブレアの「第三の道」に強い影響力を与えた著名な社会学者である。彼は、「『第三の道』とは、過去2、30年間に根源的な変化を遂げた世界に、社会民主主義を適応させるために必要な、思考と政策立案のための枠組であり、旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道である」と主張する。
過去のアイデンティティーは通用しない
ギデンズは、旧来の社会民主主義と新自由主義について次のように評価する。
旧来の社会民主主義は、市民社会よりも国家が優位にあると考え、社会生活や経済生活への広範な国家の関与を支持する。性別役割分担が、完全雇用と福祉国家の達成を支えてきたが、「過去のアイデンティティーはもはや通用しない。社会的、文化的な多様化が進みつつあることを前提にして、社会民主主義政党は自己の新しいアイデンティティーを模索しなければならない」と指摘する。
一方、新自由主義は、市場原理主義と同時に道徳的権威主義や伝統的なナショナリズムを唱えてきたが、市場原理主義の基礎である個人主義や「選択の自由」が、伝統的な家族やナショナリズムを内部から掘り崩していくと述べる。
左派は平等と社会的公正を重視する
これからの社会民主主義をめぐる論点として、ギデンズはグローバリゼーション、個人主義、左派と右派、政治のあり方、環境問題の5点を取り上げる。
グローバリゼーションにより、「国民国家の姿形が変わり、国家主権の及ぶ範囲は、かつてのようにオール・オア・ナッシングではない」と、国家の役割の変化を指摘する。
また、「自己実現や潜在的可能性の実現等は、言葉だけの慰めか、お金持ちのわがままでしかない、と左派の論者は言うが、人々の心構えや願望の大きな変化を見落としている」と新しい個人主義について語る。
さらに、左派と右派の区別はいまも有効であり、「平等と社会的公正を重んじるのが左派の基本的立場である」と断言する。
そして、「政府は市民団体から学び、それらが提起する問題に答え、それらと協議する用意がなくてはならない」とこれからの政治のあり方を提起する。
最後に、環境問題について、「私たちは、リスクに対する防波堤を必要とするが、リスクに立ち向かい、リスクを引き受けることによって価値を生み出す能力を身につけなければならない」と強調する。
民主主義の民主化が問われている
第三章「国家と市民社会」、第四章「社会投資国家」、第五章「グローバル時代に向けて」でギデンズは、「第三の道の総合的政治プログラムの概略」を明らかにする。
まず、「政府の再構築を目指すのが第三の道であり、民主主義の民主化こそが課題である」。そのため、中央から地方への権限委譲、公共部門の刷新-透明性の確保、行政の効率化、直接民主制の導入、リスクを管理する政府、上下双方向の民主化が必要であり、「政府と市民社会は、お互いに助け合い、お互いを監視し合うという意味での協力関係を築くべきである」と主張する。
また、家族は市民社会の基本単位であり、「保守主義者は伝統的家族への回帰を目指すが、その『伝統的家族』とは、労働力市場へ女性が大量進出するには至っておらず、性的差別も依然として顕著であった1950年代の理想的家族にほかならない。私たちは男女平等の原則から出発すべきであり、そこからの後戻りは、一歩たりとも許されない」と強調する。
市民的権利の尊重が平等である
また、「社会民主主義者は、『不平等は悪である』という年来の強迫観念から自らを解き放ち、平等とは何かを再考すべきである。平等は多様性に寄与すべきであり、個々人の潜在能力をできる限り研磨することが、『結果』の再分配に置き換えられなければならない。第三の道の政治は、平等を包含、不平等を排除と定義する。包含とは、社会の全構成員が、形式的にではなく日常生活において保有する市民としての権利・義務を尊重することであり、機会を与えるこ公共空間に参加する権利を保証することを意味する」と主張する。
さらに、ポジティブ・ウェルフェアを提案し、「資金ではなくリスクを共同管理しようというのが福祉国家である。不足を自主性に、病気を健康に、無知を(一生涯にわたる)教育に、惨めを幸福に、そして怠惰をイニシアチブに置き換えようではないか」と、福祉国家の抜本的な改革を呼びかける。
最後に、グローバル時代には、「ナショナリズムを抑止するのは、コスモポリタンな国家でしかない。安定、平等、繁栄が一つに溶け合う世界を実現したいのなら、行き先もわからぬグローバル市場の不規則な混沌、そして無力な国際機関に、これらの問題解決を委ねてすますわけにはゆかない」と、グローバルなガバナンスの必要性を強調する。
日本でも、介護保険制度をめぐって、「伝統的家族」への志向があからさまに主張されるなど、「社会的公正と平等」に対する挑戦が起こっている。日本の民主勢力にも、「変化する時代と世界に適応した新しい自己のアイデンティティー」を形成するための論争が求められている。(2月14日、H.U)
【出典】 アサート No.267 2000年2月19日