【映画紹介】お薦めしたいこの映画「スペシャリストー自覚なき殺戮者―」

【映画紹介】お薦めしたいこの映画
                    「スペシャリストー自覚なき殺戮者―」

 3月4日から、シネ・ヌーヴォにて上映中の「スペシャリスト-自覚なき殺戮者-」を、ぜひごらん下さい。本当に考えさせられる映画です。
 パンフレットの紹介文を引用すると、「この映画は、1961年エルサレムで行われた、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判に焦点をあてた長編ドキュメンタリーである。ドキュメンタリーで定評のあるエイアル・シヴァン監督が、実にユニークで革新的な次の2つの手法で本編を構成している。・・・◆SS部隊の高官に法廷での先導的役割を与え、彼の‘任務’について発言させている。
◆既存のフィルムに対してデジタル処理を行うという初の試みが、監督を含め製作者のロニ―・ブローマンの意図を明確にし、且つ裁判に臨場感を与えている。」
 1995年、エイアル・シヴァンが、イスラエルのフィルム保管所で、戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判の全行程を記録した350時間にも及ぶ未公開のビデオテープを、偶然にも発見し、この映画化が実現した。
 「アイヒマン論理」という用語を高校生の時に知って以来、よく使ってきたが、アイヒマン自身、この「論理」に終始徹底していた。「ヒトラーを筆頭とするナチスの上下関係の中で、上からの命令は絶対的なもので、自分は与えられた任務を忠実に果たしただけだ。」裁判長や検事の質問や追及に対し、常にその態度で長々と説明し続ける彼の顔を見ていると、村役場や行政の出先機関の窓口で、生真面目に黙々と仕事をしている官吏の姿を思い浮かべてしまう。「任務に忠実」ということが、時としていかに「犯罪的」になりうるか、考えざるをえない。
 「ユダヤ人移送計画」の専門家としてアイヒマンは、実に効率的かつ無慈悲に計画を立てる。貨物列車に定員の何倍の人数を積み込めば、アウシュビッツに着いたときには何%の人間が死亡しているか、ガス室の能力から見てどのような輸送計画が必要か、細大漏らさず点検し、実際に各地に出張し、混乱と無秩序を正し、ガス室に送られる現場を冷徹に観察し、より効率的な「ユダヤ人絶滅計画」に荷担していく。そのためには占領地区にも出張し、ユダヤ人協議会を作らせ、幹部には目こぼしを与えてでも、著しい数のユダヤ人を強制収要所に送りこむ。実際にアイヒマンと交渉して生き残った幹部が証人席に立ったときには、傍聴席から怒号が沸き起こる。
 被告席の机は常に整頓され、膨大な証拠書類を丹念に目で追い、よどみなく自らの立場を説明し、終わればまた片付ける。背筋を伸ばし、論告に耳を傾け、一面礼儀正しく、几帳面に反論する。時には立ち上がって被告席を離れて地図上で自らの足跡をたどり、地名の訂正まで行う。こうしたエリート中佐の姿には思わず寒気を覚えるのだが、一面どこにでも見られる凡庸で生真面目な人々の姿がダブって見えてしまう。それは、誰もがこのような立場に立ち得る可能
性を暗示しているようで、気味の悪ささえ感じさせる。
 アウシュビッツのガス室はなかった、南京大虐殺もなかったなどと嘘ぶくネオナチや歴史修正主義者たちが息を吹き返している現在、あらためて現代社会が抱える病理を鋭く提起している傑作だと思われる。      (田中 雅恵) 

 【出典】 アサート No.268 2000年3月25日

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