【コラム】ひとりごと–若者の労働観について–

【コラム】ひとりごと–若者の労働観について–

○先月のアサート発送の夜、いつもの通り、発送作業を終えてご苦労さん会になった。そこでの話題の一つが、若者の失業、そして、いわゆるフリーター現象。大学を卒業しても定職に就くこともなく、親と同居してアルバイトなどで生きている若者が増えている問題。「パラサイト・シングル」などと呼ぶのだそうだ。○労働観の変化なのか、ほんとうに彼らは「生きがい探し」をしているのか、自立性や責任感といったものがあるのか、それは教育に原因はないのか、親は何をしているのか、などなど。○私もそこそこの歳になったせいか、彼らが次の世代を担うのか、と思うと寂しい気がする。反面、環境問題や福祉、国際協力活動などのNGOで元気な若者ががんばっていることも分かっているつもりだ。○次の日、日曜日の毎日新聞朝刊には、私の楽しみにしている、寺島実郎氏の「時代風」。テーマも若者の労働観。「働く意味の変質・・・勤勉誠実 報われる社会を」がリードだ。○「・・・若者のためらいの背景にあるものとして、大人社会が若者に対して『こういう大人になるべし』をいうモデルとなる力を失っていることを指摘せざるをえない」と。その上で、労働をめぐる二つの変化を指摘しておられる。一つは「グローバルな市場化のもたらす影」であり、「競争を制したものと競争に乗り遅れたものの2極分解の進行」そして、結局、「市場に評価されることが価値」とする市場至上主義も単なる拝金主義でしかないならば、「若者に対して、金銭的価値を越えた人生に挑戦する喜び」を語る資格さえ喪失しているのではないかと。○さらに、情報技術革命が、労働の単純化とマニュアル化、年功とか熟練が意味を持たない雇用パターンがあらゆる現場で志向される中で、こうした雰囲気がきまじめに現場をささえることの空虚さを形成していると。最後は、かれの持論である世代の責任として、「はたらくことが報われる社会を作らない限り、若者には響かない・・・大人社会が問われている」と。○かつて、私も学生時代、ボブディランの「時代は変わる」を歌っていた。自分が歳を降った今、若者の気持ちを私も分からなくなっているのか。○小野瞭さんの「若者の労働観」(アサートNo.249)の意見も思い浮かぶ。こうした若者にグランドデザインを提示できていない現状。もっと柔軟な活動舞台の提供が必要だ。○私も、寺島氏と同様に世代の責任を果たしたいと思う。アサートの継続発行もささやかな世代の責任だと思うのだが。(H) 

 【出典】 アサート No.269 2000年4月22日

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