【投稿】21世紀の私たちのパラダイムへ声を
日本型小宇宙の崩壊への突入
この大不況がいつまで続くのか、誰も分からない。80年代「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまでいわれた日本型経営、日本的社会構成は21世紀を目前にした今ではすべてが否定されているように思われる。90年代に入って土地の価格、株価、ゴルフ場の会員権などがみんな猛烈なスピードで下落し、当初はバラ色の日本経済と狭い日本の国土、その中で生まれた土地神話に疑いを抱く人はいなかったともいえるし、国際的な情報化社会と金融資本市場の市場競争の再編・変化への対応が遅れたともいえる。そして不況になっても給与は下げることはできないということもまた誰も疑いを挟んでこなかったのだろうが、いまやこれも守ることもできない状況である。
この神話や固定観念が作った社会のパラダイムの崩壊は、土地、株、人件費の崩壊だけでなく終身雇用、年功序列賃金などの労働慣行、成長主義、シェア主義、タテ型分業という経営思想、企業中心主義という社会構造などこれまでの日本的といわれるすべてのパラダイムを崩壊させている。
この崩壊がトリガーとなり、銀行を中心とする日本の金融システムの実質的崩壊、ノンバンク、ゼネコン、不動産業などにおける不良債権の山積みが明らかになり、日本経済の本格的なビックバンがはじまった。それはまたデフレ経済への移行でもある。
経済企画庁が6月10日発表した国民所得統計速報によると、今年1~3月期の国内総生産(GDP)は1997年7~9月期以来、一年半ぶりにプラス成長へ転じ、しかも実質で昨年10~12月期に比べ1.9%、年率換算で7.9%という大幅な伸びを記録した。しかしこれは昨年末におこなわれた特別保証枠の融資や銀行への公的資金の注入によりゼネコン-銀行間での不良債権処理がこの間に一気に行われてきたこと、公共需要の前倒しが集中して行われていることがやっと数字に出てきたという感を免れ得ない。大企業でのリストラや設備廃棄はむしろこれからよりいっそう本格化するというのが企業決算書から受け取れるからだ。それに私の業界でも4月、そして5月の連休明け以降は特に景況が悪化しているというのが偽らざる実感であり、年末より悪いという状況だ。これで特別保証枠を半年で借りている企業はそろそろ返済が始まる時期であり、厳しきなるのはむしろこれからといえる。
新しいパラダイムをつくりあげる声を
信用不安と社会的なモラルハザードを引き起こした様々な事件にもはや生活者的な感覚も麻痺されてきているといえる。ガイドライン法案の通過を手中にしてから、今国会の会期延長で一気に新たな政権「自自公」連立体制づくりをねらう自民党の動きは活発である。「盗聴法」、「中央省庁再編関連法」、「地方分権一括法」「住民基本台帳法」「日の丸・君が代」法制化など政治権力の集中化がねらわれている。21世紀はアジアの時代といわれるように、中国の経済的・政治的なエネルギーがその中心にあることは疑いはないだろうが、ガイドライン法をはじめこれら「有事」に備えるという名目はあったとしても、その狙いは実は国内の危機管理の側面がより強く現れているといえる。オウムの登場や昨今のインターネット犯罪にみられる国家支配の危機が背景にあるだろう。公明がこうした状況で「日の丸・君が代」に賛成を表明し、よりいっそう政権与党としての立場を明確にしはじめた事態を憂慮しなければならない。
21世紀を目前に日本は他のどの国よりも速いスピードで少子高齢社会へと突入している。私は年齢で言えば40代へ突入したが、この10年でますます子育てをする環境は悪化してきている。保育園の父母の会活動で実感できることは、経済的には確かに恵まれているのだが、一人っ子家族の多さである。学校では1学年1クラスが当たり前になり、学校の統廃合もでてきている。子供だけでなく親やその親も含めてコミュニケーションがとれない人々が多くなっていると感じるのは私だけでないだろう。企業の女性の戦力化で女性の社会進出はかなり前進したが、それは同時に生活空間・時間・人間関係におけるゆとりをいよいよ喪失させた。子供を産む生まないという選択の自由ができたといわれるが、それは一面的で、まず社会環境として子育てをできない状況がどんどん進行している。子供が減ると経済的にいっそう厳しい状況が待ち受けている。今の30代あるいは20代をみていると、このまま20年たてば本当に働く労働人口が激減することは誰の目にも明らかだ。そして来年から始まる介護保険である。老人介護は子育てが終わらない内に同時に我々世代におそってくる。
90年代はハイテク技術がいよいよ生活へどんどん入って来た時代であるが、21世紀にはこれらのハイテクが労働の軽減、環境保護、民主主義の徹底など人間生活のゆとりのために役立てられる時代へと向かうのが必然だ。人なくして20世紀に築き上げた文明は何の意味もなくなってしまう。21世紀が人間を中心とした新しい社会のパラダイムとなるように今、40代、30代、20代の世代がどんどん声を上げていきたい。(東京R)
【出典】 アサート No.259 1999年6月19日