【投稿】「アメリカ発」金融恐慌への道
<<気の抜けたコメント>>
この10月の第二週は、たった1週間の間で1ドル=136円から111円まで一気に円高が進む異常な事態となった。8月の147円からすれば36円もの円高である。クリントン大統領は10/8、「円はこれまで弱くなりすぎた。円相場が回復するならばそれは良いことだ」と円高・ドル安を容認する姿勢を示し、ただし「それが何らかの不安定を反映する一時的な現象なら、問題解決を目指す必要がある」、円が強くなれば鉄鋼、自動車など、米国の輸出業者の競争力が強化され、米経済にプラスになるとともに、「日本は多のアジア諸国からの輸入を増やすことができる」などと、一気に危機に陥りかねないドルと株の暴落の重圧を前に気の抜けたようなコメントを述べた。不倫疑惑・虚偽証言で窮地に立たされている大統領の苦境は、ついに支持率の高さの源泉でもあったアメリカ経済の苦境と同調し始めたかのようである。
その直前の10/3には、ワシントンでG7蔵相・中央銀行総裁会議が開かれ、各国の不協和音と不一致の中で、唯一、日本問題だけがクローズアップされ、「日本の景気回復が世界にとって決定的に重要」として、「破綻目前金融機関に公的資金を投入する措置を早期に立法化すべきだ」と要求する共同声明を発表したばかりであった。もちろんこれには日本の政府・自民党・大蔵省がこうした場を利用して意図的に「外圧」を作り出して、国際的合意をタテに与野党合意を骨抜きにして当初案を甦らせよという魂胆丸見えの、自作自演の怪しげな共同声明であった。
しかし事態の進展は、そんな合意もふっ飛ばしてしまった。唯一我が世の春を謳歌し、他国に責任を転嫁してきた強いドルの時代が終わり、アメリカ版金融バブルの崩壊が目前に迫ってきたのである。
<<ノーベル賞学者のプログラム取引>>
きっかけは米大手ヘッジファンドのロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)の資産運用の失敗が表面化したことである。ヘッジファンドは、個人や法人から資金を集めて国際的投機取引で運用する金融会社である。当局からの監督や規制をほとんど受けない。94年に設立されたこのLTCM、ウォール街の天才トレーダー、「投資の神様」と呼ばれたメリウェザー・元ソロモンブラザーズ副会長が創設し、元FRB副議長のD・マリンズ氏を首脳に据え、95年には43%、96年には41%という驚異的な高配当で世間を驚かせ、その後も米国債金利が5%前後に対して40%以上の運用配当を行ってきた。
このLTCMの、無数の債券どうしの利回り格差の拡大・縮小両面で利益を生み出す自動的判断プログラムを作成したのが、スタンフォード大のショールズ教授とハーバード大のマートン教授で、二人は金融デリバティブ理論解明で昨年、ノーベル賞を受賞している。この二人をブレーンとして、裁定取引という理論的には損をしない仕組みで運用する、「絶対儲かる取引き」という触れ込みで資金を集め、金融ハイテク技術の粋を集めたように見せかけていたのである。
最盛期には48億ドルの純資産を担保に銀行から1250億ドルもの資金を借り、金融派生商品(デリバティブ)などで1兆2500億ドルの取引契約をしていたという。一時は、集めた資金を使いきれず、一部を返還しなければならないほどだったのであるが、取引き自体は社債と国債の金利格差の上下動の繰り返しで利益を取り出すという単純な手法であった。
しかしこうした一見高度な数理モデルを駆使して作ったプログラム取引きも、しょせんは主観的な希望的賭けであり、投機にしか過ぎなかった。実際には、超低金利の円を調達して、それをドルに替えて利回り50%前後というロシアの国債などに投資する極めてリスクの大きい投機取引に没頭、当然誰もが予測すべきロシアの経済危機と支払不能宣言の前に手も足も出せず、巨額の評価損を発生させたのである。金融エリートやノーベル賞のエリートたちも結局はギャンブラーに過ぎず、現実の前に敗退せざるを得なくなった。
<<振って沸いたような米銀の不良債権>>
9月中旬、LTCMの危機的状況が表面化し、9/20ごろから急遽、ニューヨーク連邦準備銀行がLTCMに融資をしている欧米の金融機関15社に緊急融資を働き掛け、9/23にニューヨーク連銀に15社代表が招集され、事実上の脅迫と強制によって35億ドルの救済計画を作らせ、今やLTCMは救済役の銀行団の監視下に入り、清算対象同然となった。
NY連銀の、事情聴取をしてから救済決定までわずか5日間という、他国には非難してやまないこの不透明で身内エリートをかばったような「公的関与」について、マグドナー総裁は「大金持ちしか投資していないファンドをなぜ助けるのか」という追及に対して、「もし清算していたら、75に上る金融取引の相手先が取引きを転売、市場が機能停止となっただろう」と世界的な危機の連鎖への発展に言及し、議会での弁明とした。
実はこのLTCMには、メリルリンチ、JPモルガン、ゴールドマンサックス、トラベラーズグループなどウォールストリートのエリート金融機関が軒並み出資し、欧米の銀行や証券会社が多額の投融資をしていたのである。そして住友銀行も1億ドルの投資をしていた。最大の貸し手であったスイス最大手の銀行UBS会長は、このLTCMへの投資で9億5000万フラン(約940億円)の損失を出した責任を取って他の二人の経営陣とともに引責辞任に追い込まれた。イタリアの中央銀行は2億5000万ドルを投資していたが、「ヘッジファンドだとは知らなかった」という始末である。
事態はさらに進展し、バンカメリカとネーションズバンクが合併して9/30に発足したばかりの米国最大の銀行グループとなった新生バンカメリカが、有力ヘッジファンド(D・E・ショー)への融資で3億7200万ドル以上の損失を被り、7-9月期78%の減益となったことが明らかとなった。同社向け不良債権償却額は9億200万ドルに達している。同行幹部は「資産総額200億ドルのヘッジファンドを管理下に置く」と述べているが、「FRBは劇的な措置を取らざるを得ない可能性がある」と観測されている。
続いて、不動産担保証券の投資で有名なヘッジファンド米エリントン・キャピタル・マネジメントの経営危機が表面化、数日間で10億ドル以上の証券売却に追い込まれている。追い討ちをかけるように、世界最大の投資銀行メリルリンチは、3400人の解雇計画を発表。まさに突如、振って沸いたような米銀の不良債権と経営危機の噴出である。これまで涼しい顔で他国の不良債権と金融システムの危機を嘆いていた連中が突如慌てだしたのである。
<<世界的な信用収縮の暗雲>>
こうして緊急避難とも言える米系ヘッジファンド、日本を含む多くの金融機関、機関投資家による大量のドル売り・円買いが進行した。そしてドルと株の暴落の現実的進行を前に、膨張しきっていた信用が一転して収縮に向かいだしたのである。これまでアメリカの株価の上昇は、94年以来12.5兆ドルの資産効果を家計にもたらしたといわれる。そしてドル高は株高とともに世界の資金を大量に吸収し、世界最大の債務国にもかかわらず消費景気の拡大をもたらしてきたのだが、その株価が下がり始め、ドル安が進行し始めると、資本の流出と「逆資産効果」が一挙に押し寄せ、景気拡大を支えてきたドル高と株高の終わりが、景気の減速に拍車をかける逆回転の歯車が回りだしたのである。今回は「アメリカ発の金融恐慌」が現実のものとなりかねなくなったといえよう。
ここに来て、米連銀は信用収縮に対抗するために、金利の低め誘導を実施するしかなくなってきた。
10/15、米連邦準備理事会(FRB)は、「貸し手の警戒感の高まりと金融市場の不安定な状況は、将来の総需要を抑制する恐れがある」との声明を発表し、米金融市場が機能不全に陥ることへの強い危機感から、9/29の利下げに引き続いてわずか半月の間に2度に渡る電撃的な追加利下げに踏み切ることを明らかにした。今回は2年9ヶ月ぶりに公定歩合も下げた。ほんの数ヶ月前までは、株式市場の過熱と労働市場の逼迫を抑えるために、利上げに踏み切るのではないかといわれていたのである。
ドル逃避を防ぐために、ヨーロッパや日本に対しても協調利下げを求め、日本は9/10に短期金利の目標値を引き下げたが、すでに利下げの余地は超低金利のためにほとんど残ってはいない。イギリスは利下げに応じたが、ドイツ、フランス、イタリアは通貨統合を優先させて考えており、ティートマイアー・ドイツ連銀総裁は「通貨統合への調整自体が協調利下げとなっており、行き過ぎた利下げは利益にならない」と言明している。
すでに欧州のの金融機関も日本に劣らず深刻な経営危機に陥っており、ABNアムロ(オランダ)、ドイツ銀行、UBS(スイス銀行)などが経営悪化の様相を露呈し、世界的な信用収縮の暗雲が漂い始めている。
<<「焼畑のごとく破壊」への協力者>>
これまでアメリカ経済の発展とニューエコノミー論の象徴、「投資の神様」とまでもてはやされていたヘッジファンドの金融資本が、今度は一転してアジアからロシア、南米に至る世界各国の経済を「焼畑のごとく破壊」した張本人として取り上げられ、情報開示や規制論が急浮上する事態である。ここに来て今更何をという感がしないでもないが、「金融自由化」の名の下に、当然あり得べき、また存在してきた規制をわざわざ外させ、こうした事態になるまで放置し、そこから莫大な利益を導き出してきたものの責任こそが問われるべきであろう。実際の生産や需要とは無関係な、「自由な資本移動」がもともとバクチ的行動に走り、投機的投資は危機を誘発することは必然である。
現実の事態の進行は、確かに貿易取引の30倍もの投機資金が利益を求めて全世界を駆け巡るそのような投機経済の破綻を明確に示している。
実際に、東京外為市場の実態を見てみると、今年4月の取引高は約416兆5682億円であるが(日銀調査)、これに対し同月の輸出入の実需貿易額は7兆578億円(大蔵省国際収支統計)、実に60倍近くが実需とは無関係な為替差益を求めた投機的取引きで占められている。東京外為市場の98%は、実際の輸出入に対応した為替取引とは無関係な実需外取引きなのである。超低金利で対ドル円安は、こうした投機資本提供の格好の市場となり、欧米資本ばかりか日本の金融資本もこぞって円を調達してドルに替え、「焼畑のごとく破壊」しつくすこうした投機的金融資本グループに投資、融資してきたのである。今更不良資産になったからといって泣き言をならべても、何をかいわんやである。庶民の犠牲の上に超低金利と公的資金をつぎ込んでまで救済してきた日本の金融資本がとってきた行動は徹底的に検証されなければならないといえよう。
<<「法案も 商品券で 買う予定」>>
9/25、金融監督庁の幹部が民主党幹部に対して「長銀がつぶれたら、芙蓉グループもそれに連鎖して大変なことになりますよ。それでもいいんですか、先生」と恫喝したという(エコノミスト誌10/13号)。その際、長銀が破綻すると、富士銀行がメーンバンクとなっているゼネコンが経営危機に陥り、資金繰りが逼迫、預金の大量流出、を想定させる資料を差し出したという。しかし富士銀行は、それとは無関係に9/30、株価が一気に275円に下落、下落率76%という危機的状況にあえいでいる。
いずれにしても各党に対して行われたであろうそうした脅しの効果があったのかどうか、金融再生法案の迷走劇は、当初は、自民党と民主、平和・改革の間で合意が確認され、約束した直後に首相も自民党もそれを反故にする発言を繰り返し、その後の個別党首会談、紆余曲折という旧弊依然たる「渋い演出」に時間をかけ、自由党が野党共闘から身を引いたと思いきや、当初から自民党に擦り寄っていた平和・改革とともに今度は民主党をはずして手打ち式、まことにもって日本的なわけの分からぬ決着が図られた。
「野党案丸のみ」といいながら、野党サイドが「引けない一線」としてきた問題が、次々に換骨奪胎され、銀行の経理実態についての徹底的な情報公開、それに伴う経営者や株主の責任の明確化といった当然の要求が、強制償却制度や厳格な情報開示が伴わない銀行の自己申告制度などにすりかえられ、それすらも画餅程度のものでしかない決着となった。
公明が国民すべてに一人当たり3万円の商品券を支給し、それを来年1年間で使い切るという「商品券支給法案」を提出したのに対して、10/8の閣僚懇談会で「具体化を早急に検討する」方針で一致、宮沢蔵相は「常識では考えられないようなことも考えなければならない」と答弁する始末である。「打つ手に困っているからといって、『どんな案でもいただきます』では、政策立案力すら枯渇したと受け取られても仕方あるまい。」(10/9付け朝日社説)、「これによって消費が本当に刺激されると考えているとすれば、国民をばかにしている」(10/9付け日経社説「『商品券減税』の発想の貧困」)、という厳しい指摘にも恥じるところがない。これには総額3兆9000億円の資金が必要であるが、ここでもまたしても恒久減税などの基本的問題の先送りの手段に使われている。まさに「法案も 商品券で 買う予定」(10/11付け朝日川柳欄の一句)そのものである。
小渕内閣は、今や歴代内閣の最末期に近い記録的な不支持率に、溺れるものワラをもつかむといった状態である。公的資金導入に当たっては、たとえ成立した金融再生法案であっても三段階に分けて実行されるシナリオであり、その度に紆余曲折と社会的批判が渦巻くであろうことは眼に見えている。その際ますます、金融システムの危機よりも、政治システムの危機を解決するほうが、危機解決の最短距離であることが問われてくる。民主党は、今は政権交代を当面の目標としないなどといっていて良いのであろうか。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.251 1998年10月24日