【書評】司法制度改革とリーガル・ミステリー

【書評】司法制度改革とリーガル・ミステリー
           中嶋博行『司法戦争』(講談社、1998.7.15.発行、2000円)

1994年に『検察捜査』で江戸川乱歩賞を得てデビューした、現職の弁護士作家・中嶋博行の第3作が本書である。中嶋の作品は、前作『違法弁護』(1995年)でもそうであったが、その職業柄、司法世界という「業界」の内情と知識を広く伝えてくれる面でも興味深い。
本書では、判検交流によって検察庁から派遣されている最高裁調査官・真樹加奈子が主人公となる。ストーリーは、この真樹が勤務する最高裁の判事が沖縄で殺害されるという一大事件から始まる。そしてその背景が探られていく中で、司法権力をめぐる複雑怪奇な闘争が次第に姿をあらわしていく。すなわち、最高裁内部の権力闘争、これと拮抗する法務省と検察庁の暗闘、そして独自の調査を目指す警視庁と各県警の相克、さらにはこれらとは別系統の内閣情報調査室と、ざっとあげただけでもこれらの各種機関がそれぞれの縄張りを争いながら、事件をめぐっての互いの星の潰し合いを演じるのである。
そして事件そのものとりも、これを端緒として最高裁の内情──その猛烈な忙しさ(「全国の高等裁判所から最高裁に上告される事件は一年間で六千件に達していた。各調査官のデスクには、毎年毎年二百件の新しい訴訟ファイルが山づみされる」)とは対照的に少ない予算(国家予算のわずか0.4%)──が紹介され、また日本の司法制度に対する外圧──外国人弁護士の自由化要求──も問題とされる。
さらに事件の解明が進んでいく中で、日本の原子力開発公社に対するアメリカの企業のノウハウ(企業秘密)訴訟との関連で、ICカード(電子マネーに使用される)を通じて日本の電子市場を乗っ取ろうとするアメリカの意図が暴露されて、事件は外交問題絡みとなる。そしてその前哨部隊としてアメリカ最大のローファームによる日本の弁護士事務所の支配や、ソ連崩壊後に軍事・政治スパイから産業スパイに変貌しつつあるCIAの民間偽装要員NOC(ノン・オフィシャル・カバー)なるものの存在も明らかになる。
このように本書は、日本の司法制度をめぐる諸問題総絡みといえる状況においてストーリーを展開していくのであるが、われわれは、世間一般からは聖域と考えられている司法界の暗部をゲーム感覚で案内されることになる。
著者が現在の日本の最高裁をどのように見ているかということは、例えば次のような文に示されている。
「最高裁はその政治的中立性の建て前にもかかわらず、現実には政府や議会与党とならんで国家権力を支える一員であり、保守的なイデオロギーをもっている。イデオロギーという死語化しつつある表現をさけるなら、保守的な体質とおきかえてもいい。いわば、『政治の世界に口を出さない』といった消極的方法で現状を追認する役割をはたしていた」。
またその官僚制としての振る舞いについては、こうである。
「最高裁は号令を出すかわりに、クモの巣から司法行政の糸をくりだして、目のまえに昇進や栄転をぶらさげ、目ざわりな者に対しては左遷と再任拒否をちらつかせて、全国の裁判官の忠誠心と恐怖心をチクチクと刺激していた」。
そしてその司法行政の中枢である最高裁事務総局については、次のように指摘する。
「最高裁事務総局をただの事務屋と考えては、この部局の役割を半分も理解していないことになる。事務総局は(略)千五百人の判事、六百人の判事補、八百人の簡裁判事の人権をにぎった最高支配人でもある。ひとことでいえば影の権力だった。(略)ここの幹部はすべて少数の裁判官によって占められている。彼らは大多数の実務判事と選別された文字どおりエリート中のエリートで、任期中にヘマを犯さなければ、そのまま最高裁内部にとどまって純粋培養されていく。ろくでもない裁判現場などほとんど経験せずに、彼らはひたすら司法行政のキャリアをみがき、地裁所長や高裁長官への最短距離を走っていた」。
このような認識は、ほぼ現状を正しく反映している。この状況下において先述の複雑怪奇な抗争が、事件を含んで進展していく。その詳細とドンデン返しの結末は、ミステリーであるため、これ以上触れることはできないが、それが現状の司法制度の改革に関するものであることは、前2作からも推察される。というのも、第1作『検察捜査』は、検察至上主義の検察官たちによる「検事の独立採用制」の試みを、第2作の『違法弁護』は、司法試験合格者増による弁護士の過剰・没落の予測を扱っているからである。
そしてこのような司法改革が不可避の時代がすでに到来していることを、著者は、本書の最後に示唆する。
「この事件全体では二十人以上が殺されている。信じがたいことだが、これだけ大量の血が流されているのに、表面上はなにもかわっていない。大きなスパンで考えれば、いまや司法の全体がゆっくりと黄昏の時代をむかえようとしていた。裁判所は過重労働で、弁護士は過当競争で、検察庁は精密刑事司法の魔力にとりつかれて、それぞれが衰退の長いプロセスに入っているのだった」。
以上にのように本書は、『2020年からの警鐘──日本が消える』(日経新聞社、1997年)でも指摘された、世界の趨勢から取り残されつつある日本の司法制度の象徴のようにも読むことができる。ただ本書の表現には、極端に断言し過ぎる部分があって、少々引っかかりを感じるが、この点を差し引いてもユニークなリーガル・ミステリーであることに変わりはないであろう。(R)

【出典】 アサート No.250 1998年9月25日

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