【投稿】戦後民主主義を破壊するもの

【投稿】戦後民主主義を破壊するもの 

<<突如、右翼の論客?>>
本誌前号の織田氏の投稿を見て、正直開いた口が塞がらないほどの驚きを感じました。「改革と民主主義」をめざすこの情報誌に、突如右翼の論客が、もっともらしい屁理屈をこねまわして乗り込んできたのかと感じたのです。場所をお間違えではないのでしょうか。「従軍慰安婦」と「強制連行」をめぐって、織田氏が勝手に熱を上げている「歴史教育をめぐる熱い論争」なるものは、結局のところは、日本政府や軍は、「国策として」強制連行などしていない、証拠があるなら出してみよ、とただこれに尽きるだけのことでしょう。
こんな主張ならわざわざこのような場でご開陳いただかなくとも、今こぞって右翼や保守反動勢力ががなりたてていることは十分承知しています。日の丸と軍旗をはためかせた大型の黒い装甲車を連ねて彼らは今日本中を走り回っています。かれらの「英霊にこたえる会」と「日本会議」の全国縦断キャラバン隊なるものは、東日本隊と西日本隊にわかれて、歴史教科書の「従軍慰安婦」と「強制連行」記述の削除をもとめて地方議会に押し掛け、請願書採択を強要し、ピースおおさかをはじめとした各地の平和・戦争資料館の展示にいちゃもんをつけ、その閉鎖まで要求しています。その時に彼らが撒いたビラの一部をご紹介しましょう。

<<「英霊にこたえる会」と「日本会議」の声明>>
「我が国の近現代史をめぐる歴史観の否みは行き着くところまできてしまった観がある。その端的な表われが中学校の歴史教科書である。従軍慰安婦の記述にととまらず、数ある歴史事実の中からことさらに日本の加害行為を取り上げ、・・・全国各地の戦争資料館においては、日本の過去の行為に対する歪曲ないし捏造された写真や映像等がおおっぴらに展示され、・・・」「こうした嘆かわしい状況の中にあって、一方ではいくつかの明るい希望の曙光が射しかかってきていることも事実である。たとえば慰安婦の「強制連行」を認めた平成五年の河野官房長官談話が、全然根拠のないものであることが我々と志を同じうする国会議員の努力によって明らかになったし、少なからぬ地方議会で教科書から「従軍慰安婦」に関する記述の削除を求める決議が出されており、また、戦争資料館の展示
内容の是正運動も相次いで起こっている」
「我々は、こうした力強い動きを一層活性化させることによって、日本人をなおも呪
縛している東京裁判史観を克服し、次代を担う青少年に歴史の真実と英霊の御心を伝
えていくために、さらなる国民運動を展開していくことを、ここ靖国神社に鎮まる2
50万柱の英霊の御前に御誓い申し上げ、その決意を表明するものである。 平成9
年8月15日」

<<デタラメな読み方>>
「それにつけても日本政府のこの問題に対する姿勢はデタラメである。・・・この河野官房長官談話のデタラメさが、慰安婦問題を複雑化させ、国際問題にまで発展させている諸悪の根元である。ここにも戦後日本の民主主義の弊害が露呈していると思えてならない。・・・強制連行有り派の朝日新聞の論調も同じである。」--これは右翼のビラではなく、織田氏の前号の主張である。こうした論調はまさに「英霊にこたえる会」や「日本会議」と軌を一にするものです。彼らの共通認識がよく表れています。河野官房長官談話は、当時としても、そして今でもこの問題に関する大きな一歩前進であったこと、戦後日本の民主主義の一つの成果であったともいえると思います(もちろん不十分さもあり、情報公開の不徹底という致命的な弱点も有りますが)。反動勢力はこうした日本社会の前進的な動向や、この談話の内容がさらに具体化することに危機感を募らせ、攻撃をここに集中しているのでしょう。
彼らの主張のそれこそデタラメさは、官房長官談話をろくに読みもせずに、「従軍慰安婦と名乗りをあげた人の証言だけを唯一の証拠に、強制連行は存在した」と発表したと躍起になって攻撃していることに端的に表れています。私は、従軍慰安婦の方々の証言も決定的に重要であると考えていますが、官房長官談話を読めば、それだけを唯一の証拠にしているなどといえないことはすぐに分かることなのです。最後にその談話を削除することなく紹介しておきたいと思います。

<<「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」(全文)>>
「今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、弾圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からおわびと反省の気持ちを申し上げる。またそのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このうような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払ってまいりたい。
1993年8月4日、内閣官房長官・河野洋平」
(大阪 田中雅恵)

【出典】 アサート No.238 1997年9月27日

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