【投稿】厳しい情勢だからこそ明るい展望を持って
・・・95春闘を巡る情勢について・・・
いよいよ95春闘が、本番スタートした。とは言っても、突然の阪神大震災。労働側にとっては、出鼻を挫かれたような春闘スタートとなった。
[労資の主張]
今春闘は、昨年末から労使間で舌戦が繰り広がれていた。経営側は「円高を背景とした基幹産業の海外流出には、日本の最高水準にある賃金コストにある」として、「雇用を確保するためには、賃金抑制が必要。当分の間、賃上げはゼロ」と今春闘に限らず、将来においても「賃上げゼロ」を明言するに至っている。更に労働側の賃上げ要求の組み立て方式にも言及し、「物価上昇分を賃上げに上乗せすべきではない。賃金が上がらなくても生産性の向上分だけ物価は下がり、生活水準は向上する」と批判している。
これに対し、労働側は「日本経済を安定した軌道に乗せるためには、賃上げは必要不可欠。適切な賃上げで消費回復・内需拡大を図るべき」と反論している。特に主要大手企業50社の別途積立金が、前年より3,550億円上回る12兆6,000億円となっていることを指摘し、「この額は、人件費総額の1.28倍に達し、労働側の賃上げ要求に充分、耐えられる」と主張している。
実際のところ、賃上げと物価との関係においては、この間の賃上げ率以上に物価は安定しており、「賃上げが、物価上昇に拍車をかける」との経営側の主張は、破綻していると言える。しかし産業の海外流出による雇用不安については、そのことの原因が、これまでの労働側の賃上げ闘争にあると言うよりは、元々の国際的な賃金水準のアンバランスや国際経済トータルとしての円高の結果とは言え、労働側にとっても強い脅かしになっている。経営側の本音の思惑で言えば、賃上げ要求があろうが、なかろうが、より低賃金コストの開発途上国への流出を図るつもりであろうが、労働側への牽制としては、強い恫喝の口述になっている。しかし産業の海外流出が更に進めば、マクロ的に見れば、日本型雇用形態と言える年功序列体系が崩れ、それに替わる様々な雇用形態を生み出しながらも、結果として相当な雇用不安と社会不安を巻き起こし、更には日本経済そのものが失速してしまうことが予想される。その意味で産業の海外流出は、春闘論議とは別次元で、その歯止めと一定、社会主義的な産業政策が求められるのではないか。
[戦術上の特徴]
連合は、今春闘で二つの大きな戦術の転換を打ち出した。一つは、賃上げ要求の率から額への転換で、その目的は中小と大手との格差是正にある。だが額方式にしたからと言って、中小経営側が要求に応じやすいとは言い難く、また要求額にも産別でバラツキが見られ統一要求額とはなっておらず、結果として従来からの「産別自決方式」の名の下に、相場形成の相乗作用の効果までは期待し難いものとなっている。しかし連合は、この額方式の転換は、将来の個別賃金方式の移行の過程として「是非とも格差是正が必要」との認識で位置付けており、今春闘の結果如何に関わらず、そのことの有効性について、明確な総括を行い、更に個別賃金方式への追求を図ることを前提に、積極的な評価を与えたい。
もう一つの戦術上の転換は、打順の入れ替えで、従来からのJCが前面に出るパターンから私鉄・電力・NTT等の公益事業が、前面に出る戦術に変更した。これは、JCの厳しい経営状況に鑑みて、不況の影響が少なく、支払能力のある公益事業を前面に出すことで、有利な相場形成を図ろうとするものだが、公益事業の経営側が、実際にJCよりも早く回答額を提示するとは考え難く、その実効性となると極めて乏しい。その上に、突然の阪神大震災。こうした公益事業にも大きな打撃を与え、せっかくの、この基本戦術の転換も破綻したと言える。
[阪神大震災と95春闘]
阪神大震災は、95春闘にも大きな打撃を与えた。前述の基本戦術もさることながら、とにかくも盛り上がろうと春闘準備を進めていた労組にも冷水を浴びさせるような出来事で、旗開きを取り止めるところや、今春闘は見送りを囁く労組も少なくない。ましてや被災地の中小企業を中心に失業・雇用不安が増大し、賃上げどころではないと言う様相だ。本音のところで連合も頭を悩めているのが実態であろう。
しかし、せめて明るい展望をと提言するならば、次のことぐらいは言えるのではないか。例えば、明らかに大震災により情勢は変わったとの認識の下に、平時の春闘から震災救援・復興春闘に切り替えることであろう。その中味の一つとしては、雇用・生活対策も含めた総合的な復興対策(いわばニューディ-ル政策)を政府よりも大胆に提起し、結果として、より強く内需・個人消費の拡大を求めること。もう一つは、復興には大量の様々な労働者の動員が必要なことに鑑みて、経営側にも一定の賃上げによる早期妥結を求め、労使共に安定的な救援態勢の構築を提起すること。更には、そう遅くない時期に復興景気が来ることを予想して、秋闘も念頭に入れた通年戦略・戦術を検討・提起すること、等々が考えられる
いずれにしても、余りにもショッキングな出来事だけに、本当に厳しい春闘ではあるが、それだけに創意・工夫しながらも裸の闘いで乗り越えることを期待したい。 (民守 正義)
【出典】 アサート No.207 1995年2月15日