【経済展望】「平和の配当」と日米経済
近頃当てにならないもの
昨年末の日本経済新聞(12/28)は、93年の経済を振り返って、ここ二、三年の政府や民間経済研究機関、エコノミストの経済予測がことごとく外れたことを具体的に立証しながら、「近頃当てにならないものは長期の天気予報と経済見通し」と嘆いている。そして「経済分析や予測を業(なりわい)とするエコノミストの犯した誤謬と事実認識の甘さはとてもその道のプロと言えるものではない。そのうえ、はずれても知らぬ顔で反省の色もなく、予測の下方修正を続けた」と手厳しい。日経自身がそのお先棒をかついできたのではないのだろうか。さて新年に入ると、今度は逆に甘さの反省からか、暗く深刻に描くことが大方の予測の共通点となり、逃げ道を外的要因に求めている。断言好きのある評論家は、これまでの世界に冠たる日本経済最強論から一転して、「デフレ不況の本番はこれから始まる」とのご託宣である。
東西の冷戦体制の崩壊は、世界経済に、そして各国の経済にさまざまな複雑な影響を与えていることは間違いのないところであろう。冷戦のはざまで潤ってきた日本経済にとっても構造的な転機が訪れているといえよう。世界経済は一方で主要先進諸国が深刻な不況と停滞の中でブロック化しつつも、アジアを中心とする低賃金の諸国がダイナミックな成長と発展を維持しながら世界経済に参入し、その比重を急速に高め、経済のグローバル化が一層進展しようとしている。そうした兆侯がここ数年より明瞭になってきているのでは
ないだろうか。
百年に1回あるかないかの産業変革期
緊張激化と軍拡競争、社会福祉政策の切り捨てを柱にしてきたレーガノミックスのツケは、米経済に膨大な財政赤字と貿易赤字、基幹産業の空洞化をもたらした。ソ連崩壊と軌を一にしたこうしたレーガン・サッチャー・中曽根路線の崩壊後、米国はそうしたツケの解消をめざし、新たな路線選択と模索をクリントン政権、クリントノミックスに託したのだとも言えよう。
そうした成果がすぐに現れるものではないが、93年10-12月の米成長率は年率で4%強、自動車を中心にした個人消費や設備投資、住宅投資といった内需の主要項目で明らかに、景気は既に回復過程に入っている。
1月末には「情報ハイウェイ法案」が成立する見通しであるが、米国内を光ファイバーで結ぶ情報スーパーハイウェイ構想、通信各社の大型投資、パソコンの二桁の需要拡大、自動車の買い替え需要の盛り上がり、工作機械や鉄鋼業界などへの波及効果を見て、「百年に1回あるかないかの産業変革期」とまで言われ始めている。
米自動車メーカービッグスリーは、縮小傾向にある国防産業を離職した技術者を着々と雇用し、合理化、人減らし、品質改善をテコに10%前後の増産を続けており、米国メーカーのシェアは91年を底に着実に上昇し始め、93年に入って日本からの輸入車のシェアも低下、クライスラーの日本車キラー「ネオン」は、日本車より2-3000$安い価格を設定し、「アメリカの再逆転」をかけている。こうして自動車は94年の販売が7%増え、6年ぶりに1500万台に乗せるとの見方が現実的となっている。さらに日本の競争力が磐石と見られていた半導体でも、付加価値の高い製品分野では圧倒的にリードしていることは周知の通りである。
しかし景気回復のペースは従来の半分程度にとどまっており、雇用の伸びが鈍く、回復すれば国際決裁通貨としてのドルを武器に輸入が増え、93年は3年ぶりに貿易赤字が1000億$を超えている。94牛には財政赤字削減策、増税、医療保健制度改革等の景気抑制的なデフレ、不確定要因をかかえており、クリントン政権がまだ不安定であることとあいまって一本調子に行くはずもないであろう。
対照的な日本経済
一方、日本経済は、93年度の実質経済成長率はマイナス0.2%と、第一次石油危機不況時の74年度のマイナス0.03%をすら下回る戦後最悪に落ち込む見込みである。景気後退は今年1月で33カ月続いており、不況の長さという点でも戦後最長記録(80年3月~83年2月の36カ月)を更新するのは確実とみられている。
さらに完全失業率は昨年11月で2.8%となり、過去最高だった87年当時の3.1%にせまりつつあり、有効求人倍率も94年度に0.47倍とこれまでの過去最低の0.54倍(77年度)を大幅に下回る可能性がある。製造業の常用雇用者数は、93年11月で前年同月比1.2%減、10カ月連続の減少である。ただしサービス業では同3.1%増、建設業3.0%増で、全体では0.9%増となっている。
こうした状況を跳ね返すべき春闘賃上げ率は、3%を割り込んで過去最低になるとの見方が広がっている。仮に賃上げ3%でも、ボーナスや所定外賃金の落ち込みで、名目で0.1%、実質で0.6%減少すると見込まれている。(日経1/14)
このように見てくるとアメリカとは対照的である。総額30兆円にも逢する財政面からの不況対策、累計4.25%に及ぶ引き下げで公定歩合も年1.75%と戦後最低の水準に引き下げられたにもかかわらず、いっこうに回復の兆しが見えないのである。もはや従来型の公共事業中心の景気政策では、景気刺激効果が薄いばかりではなく、社会資本ストックを高め、国民の購買力を高めたりするのではなく、政官財の癒着と腐敗をしかもたらさないことが暴露されてきている。大型技術革新の不振、技術進歩に対する労働面でのミスマッチ、経済を力強く牽引する基幹産業の不在と空洞化、等も指摘されている。いわば日本経済は構造的な問題の顕在化に直面しているのだといえよう。細川連立政権の登場は、そのような時代の要請でもあった。しかしこれがいかにも危なっかしく、時代の要請に応えきれて
いない。
猫も跨ぐ「猫跨ぎ」対策
ところがこうした不況のさ中にあっても、海外旅行と住宅需要だけは着実に伸びている。円高によって、年末年始の海外族行は史上最高を記録している。パブル崩壊、地価下落、住宅金利の低下が住宅需要を支えている。もう一つ、パチンコは公共投資の半分以上にも逢する17兆円の需要規模で成長を続けている(社用族が闊歩したゴルフはその十分の一以下)。これらは何を意味しているのであろうか。円の国内での実質購買力はドル表示の所得の約半分だが、東南アジアでは逆に2倍、中国では4倍という実態である。実質購買力が国内で最低という事態は、これまでの経済政策は国内の生活水準の向上にはほとんど眼を向けてこなかったことを示している。大企業と独占資本の利益第一主義が、住宅や社会福祉、社会資本の貧困さをもたらし、将来への不安にもとずく貯蓄性向の高さと消費性向の低さ、国内生活の貧困さをもたらしたのであ
る。GNPの6割近くが個人消費なのである。いまようやくその構造的なしっペ返しが釆ているのだとも言えよう。
だとすれば、住宅、環境、社会資本、社会福祉など構造的な政策を重視する必要性こそが問われなければならない。数兆円規模の所得税減税が言われながら、財源問題を理由に年内実施が見送られ、ここまで政策ラグが生じては、中途半端な政策では起爆剤にはなり得ない。いまのままでは、消費税増税の実施時期に景気条項をっけた景気対策ぐらいになりかねない。すでに新聞では、猫も跨いで通る「猫跨ぎ」対策と椰揺されている。ここまでくれば、まず短期的には10兆円規模の所得税減税、住宅、環境、社会資本への集中投資などを柱とした緊急対策を早急に突施する必要性があるのではないだろうか。
ところで、このような日本経済の見通しについて、ローレンス・クライン米ペンシルバニア大名誉教授(ノーベル経済学賞授賞者)は、「おそらく94年の早い段階で日本は景気回復が始まると思う。米国の景気は年率3-3.5%成長へと、これまで考えてきたより高い成長ペースに移ったようだ。米景気回復と、日本に二、三カ月先行するドイツ景気の回復も日本の立ち直りを助ける。原油価格下落の追い風もある。今年半ばからは日本の景気回復に次第に勢いがっいてくるだろう。」(1/1日経)と述べている。果たして現実はど
のように進行するのであろうか。これまで以上に、さまざまな諸勢力間の政治的経済的力関係の変化が及ぼす影響が大きくなることは間違いないのではないだろうか。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.194 1994年1月15日