【投稿】労働側の「価格破壊」を迫る日経連

【投稿】労働側の「価格破壊」を迫る日経連

日経連永野会長は8月18日日経連経営トップセミナーで「このまま円高傾向が続けば日本の製造業は急速に空洞化し、大失業の発生という事態に直面する」「本当を言えば、貸金を下げ、物価も下げるというプロセス(過程)が必要だ」と、あらためて「貸下げ論」を強調した。また19日に発表された日本企業の再生に向けた提言(富士吉田提言)では「ワークシェアリングなどにょって余剰労働力を吸収、国全体として現状の失業率を維持したい」と明記するなど、賃下げとワークシェアリングによってこの危機を乗り切るという経営側の姿勢を明確にした。
ブームとなった「価格破壊」がついに労働力にも通用されるわけである。一つには貸下げであり、またもう一つはあらゆる領域でのパート労働の採用である。ワークシェアリングについても、この道筋で考えられ、そこにはこれまでの労働慣行や制度の大幅な手直しが行われそうである。すでに一部サービス業の労組からは「基幹社員以外はすべてパート社員化し、コスト競争に生き残ろう」という苦渋に満ちた提案もされている。問題は、正社員はこれまでと大きく変わることのないシステムに落ちつくと思われるが、パート社員の方は賃金(一時金・退職金)をはじめ労働条件(就業条件・年金・保険関係など)は大幅に引き下げられようとしていることが問題である。

結局、資本の論理のおもむくままに
あいつぐ生産移管で製造業は空洞化本番

さて、セミナーでは同時に今後の成長プランについても「輸出抑制」論をめぐって白熱した討議が行われた模様である。しかしこちらの具体策は何もなく、「まだ思考実験にすぎない」としており、資本論理のおもむくままとなりそうである。現実問題、大手リサーチセンターの調べでもすでにこの円高を通じて急速に海外生産拠点(とくにアジア圏)を拡充し、メーカー系列の下請け・外注量は1/4も削減されている。とくに自動車や精密機械の生産拠点となっている地方では著しい雇用環境の悪化が起きているのである。
長野県ではマレーシアなどへ海外進出を続けている三協精機製作所が円高による不況のため、400人の希望退職を募集し、2月で300人あまりが退職。
茨城では日立製作所がマレーシアへ生産移管。従業員を大量に配置転換。子会社4社の合併。
宮城県の東北アルプス電気は中国とマレーシアへ移転するため、県内の2工場を閉鎖し、1500人の希望退職者を募集中。
島根県出雲市では誘致した電子部品組立会社は親会社が生産拠点を中国に移したため閉鎖。地元の職安が失業者の職探しに奔走。
愛媛ではタオルなど繊維26社、紙・パルプ15社が海外に生産移転。
熊本では九州松下電器の工場がアジア進出のため磁気ヘッドの生産を中止し、地元企業が倒産。
宮城では都城市のアルミ製缶企業がスリランカに進出。

円高はいわば「市場の論理」である。先のクリントン・村山会談でアメリカが選択したのは、「日本の輸出が同じように続くなら、それは為替レートで調整するしかないであろう」ということであり、それが今回の円高の直接の政治的要因である。
80年代レーガン政権下で問題となったアメリカの「産業の空洞化」も、結局は「モノづくり」ヘアメリカが再挑戦することによって克服されてきた事態を見ても、日本の大企業の海外生産移管が安易な選択でしかないことは明白である。自動車やコンピューター、電機・機械など日本製品を売れるところに売れるだけ輸出するという、経済体質そのものが問題になっていることはすでにいくどとなく指摘されているのだ。
国内や海外をはじめ、開発や発展、市場そのものを拡大する努力をよそに、「売れるところに売って何が悪い」ではもはや通用しないだろう。アジアをはじめひろく世界に開かれた日本として、仕事や労働をわかちあう経済へと脱却する道を模索することぬきに、海外移転と賃下げ・労働条件の引き下げを一方的に要求する日経連の姿勢は断じて許されない。

lLOでパート労働条約採択される
フルタイム労働者同様の保護を認める
フルタイムからパートタイム労働への転換と
その逆の自由な選択を確保

ワークシェアリングやパート労働に関しての問題はなにも日本国内の事情ではない。いわゆる「先進国」ではいずれも雇用における焦眉の問題となっている。
こうした状況を反映し、ジュネーブの国際労働機関(ILO)総会で6月24日、パートタイム労働に関する条約が採択された。パート労働者の基本的人権を国際的に認め、パート労働をただ労働時間がフルタイムより短い労働者と定め、フルタイムの人と同じ労働基本権(いわゆる労働三権)を認めている。
同様に、母性保護、病気休暇、契約期間の終了を理由とする雇い止めなどについては、正社員と均等な扱いをすることを定めている。
条約文ではフルタイム労働者に関する規定を以下のように定義している。
「対応するフルタイム労働者とは、次のようなフルタイム労働者を指す
(1)当該パートタイム労働者と同一の事業所あるいは支所に雇用される者
(2)後者と同一タイブの雇用関係にある
(3)同一もしくは類似するタイブの労働または職業にある者」
また、第5条では
「パートタイム労働者が、パートタイムで働くことを唯一の理由として、比例的に計算して対応するフルタイム労働者の基本賃金よりも低い賃金を受け取ることがないょうにするため、国内法および慣行に合う措置を取らなければならない。」
第6条では
「職業活動に基づく法定社会保障制度は、対応するフルタイムの労働者のものと対等の条件を享受できるようにするために、パートタイム労働者の職業事情に合わせなければならない。適宜、これらの条件は労働時間、拠出額あるいは所得に関連させて決定されるかもしれない。」
これらのように国際的に様々な形態で短時間労働者が増加する中で、フルタイムだけでなくパートタイム労働を《自由に選択できる生産的な雇用≫と積極的に位置づけ、これらの経済的・社会的重要性とパートタイム労働者の保護を確保するため条約は採択された。

準社員・契約社員・臨時職員いろいろあるけど?
さて日本では昨年「パート労働法」(「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律案」)が可決されたが、その内容は名前の通り、パート労働者を保護するものではなく、「雇用管理」を目的とした内容となっている。法案審議の過程で地域ユニオンなど関係団体の働きかけで、①適正な労働条件の確保、②通常労働者との均衡(これが参院でもめた)、③「雇い入れ通知書の発行、④就業規則の作成、⑤3年後に法を見直す等が盛り込まれた。また「均等待遇か均衡待遇か」をめぐって論戦がたたかわれ、討議をふまえた附帯決議を確認し、「均衡」の概念に関する確認答弁をとるなど異例づくめの法案成立過程であった。
急速な円高と国内製造業の急ピッチな海外生産へのシフトで、雇用問題がふたたび焦点化してきたが、今後の労働力市場を考えるうえでも、パートタイム労働の適切な扱いやワークシェアリングなどが重要な課題となってきている。郵政や自治体職場でも短時間職員についての動きは具体化しつつあり、また、現実問題として準社員・契約社員・臨時職員・非常勤職員などの名称でパート労働は広く社会的労働を担っていることは誰一人として否定できないであろう。これらの労働者を含め労働者全体をいかに保護し、労働を確保するのか、労使ともに具体的な解決策をめぐって選択が迫られている。
(東京 R.Ⅰ)

 【出典】 アサート No.201 1994年8月15日

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