【投稿】ファーウェイを巡る米中貿易戦争と日本への影響
福井 杉本達也 アサート No.498 2019年5月
1 ファーウェイ孟副会長の拘束その後
昨年12月カナダ・バンクーバーにおいて孟晩舟ファーウェイ(華為技術:中国深圳市)副会長兼財務最高責任者(CFO:任正非ファーウェイ会長の娘)が突然拘束され、その後、米国から身柄の引き渡し要求が出されている。現在、米国への引き渡しについてカナダで裁判中であるが、審理はまだ始まってもいない。ロイターによると「結論が出るまでには『何年もかかりそうだ』との見方が強まっている」という(共同:2019.5.10)。ファーウェイは1987年に任正非をはじめ元人民解放軍の技術関係者が集い創業したもので、現在は世界最大の通信機器ベンダーとなっているが、米国などからは中国政府や軍と繋がりが深い企業と見られている。中国はカナダに報復する形で、2人のカナダ人をスパイ行為で拘束し、5月16日には正式逮捕を発表した。また、3月にはカナダ産菜種の全面禁輸を発動したが、天然ガス・鉱物資源を始め中国が取りうる対抗策は多々あり、トルドー首相の無分別な対米追随策により、カナダ側がどんどん追い詰められているのが実情である。
2 5Gを巡る米中の衝突
通信分野の次世代技術5G(第5世代移動通信システム)は現在の4Gの100倍の高速・大容量通信網を目指すもので、各種家電、ウェアラブルデバイス、自動運転、ドローンなど身のまわりのありとあらゆるモノをインターネットに接続するモバイルネットワークの中核インフラであるが、米国は5Gの技術開発で中国に遅れをとっており、5Gの根幹となる基地局市場を奪われることを恐れており、ファーウェイの機器・サービスの利用を禁止する措置を取り、中国を封じ込めようとする思惑がある。
ネットワークの支配=国際通信海底ケーブル敷設し相手国の陸揚げ局や無線局まで支配することは、通信を傍受・盗聴することと同義である。1946年には英米両国はUKUSAという通信傍受協定を結び、その後、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドが加わり「ファイブ・アイズ」(Five Eyes)と呼ばれる情報共有体制ができあがっている。米国は1980年代にはハワイとグアムを結ぶ太平洋横断のケーブルとインテルサット衛星通信網を主導することにより、空と海の通信網を支配下に置いた。その後、光海底ケーブルとインターネットの登場により通信の概念は激変した。インターネットは様々なネットワークの回線を選んで通るため、利便性は高いもののサイバー攻撃には弱い=ハッキング可能な仕組みである。1990年代にはUKUSA協定締結5か国で「エシュロン」という通信傍受システムが稼働していることが明らかとなった。2013年にはスノーデンが米NSAが米国発着及び米国経由(協力企業により他国のプロバイダーも含む)の電話や電子メール(国家・企業間ばかりでなく個人を含む)のほとんど全てのメタデータを収集・分析・保存していたことを暴露した。今や潜在的に全世界の全ての個人データが諜報の対象となっている(『通信の世紀ー情報技術と国家戦略の150年史』大野哲弥:2018.11.20)。スノーデンによれば、XKEYSCOREという技術システムにより、ネット上にあるあらゆる人のあらゆる情報が捕捉され、保存され、記録され、政府の検索対象となる。こうしたネットワークの基地局にファーウェイの製品が使われることとなれば、UKUSAの通信傍受システムに風穴があくことは避けられない。
3 ベネズエラの電力インフラへの執拗な攻撃
4月30日、ベネズエラの野党指導者グアイドによるクーデターの呼びかけは失敗に終わった。この間、3月から4月にかけて米国からベネズエラの電力インフラへの執拗な停電攻撃が行われ、ベネズエラの社会不安を煽りクーデターの雰囲気を醸成しようと画策した。1回目は3月7日に行われ、グリ・ダム水力発電所がサイバー攻撃されベネズエラの最大80%が影響を受けた。スタクスネットに似た悪性ソフト(マルチウェア)がベネズエラ送電網に使用されたといわれる(マスコミに載らない海外記事:2019.3.14)。4月の攻撃でもカラカスなどでインターネット、電話回線、水道、公共交通機関のサービスが影響を受けた。米国が攻撃を主導したことは、ルビオ米上院議員が、ベネズエラ当局者が情報を入手する前に、工場で「 バックアップ発電機が故障した 」と勇み足のTwitterでの発表で、米国主導のサイバー攻撃であったことがバレバレになってしまった(RT:2019.3.27)。
4 日本のインフラにもマルチウェアが仕込まれていると警告するスノーデン
スノーデンによれば「日本が最良の同盟国であるにもかかわらず、NSAが日本のコンピューターをハッキングし、マルチウエア・ソフトを埋め込み、コントロール権限を奪ってダメージを与えようとしている、というダイナミックな計画に関して言えば、答えはもちろんイエスです。これは本当のことです。」と答えている。万が一にも日本が日米同盟に反することをすれば、米国はマルチウェアを作動させて日本のインフラを大混乱に陥れることが可能である(『スノーデン・監視大国日本を語る』エドワード・スノーデン、国谷裕子:218.8.22)。2009年の鳩山民主党政権のような米国離れの政権が発足する事態となれば、稼働中の原発インフラへのマルチウエア攻撃が無いとは限らない。
5 英は監視網「ファイブ・アイズ」を無視してファーウェイを採用
5月8日、ポンペオ米国務長官は英国がファーフェイ製の通信機器を5Gシステムに採用しないように要請した(共同:2019.5.10)。これは、4月23日の英国家安全保障会議でファーウェイ製品の一部を採用することを決定したからである(共同:2019.4.29)。英国と米国はUKUSA協定を締結しているが、米CIAはの創設は第二次大戦中(前身のOSSとして)であり、第二次大戦時の英国から米国への覇権の移転にともなって、英国情報機関の指導の下に情報機関を米国に作ったのが始まりである。その切っても切れないはずの同盟関係が中国の軍門に下るのであるから、米国が焦るのも無理もない。その英国の安全保障上の重要政策決定情報をウイリアムシソン国防相がマスコミに漏洩したということで、5月1日、メイ首相は即刻国防相を首にしている(日経:2019.5.3)。既に、「ファイブ・アイズ」の一角であるニュージーランドのアーダーン首相は4月1日に中国・習近平主席と会談しており(日経:2019.4.2)、オーストラリアやカナダはまだ米国の意向に従っているものの、事実上包囲網は崩壊しているといえる。
6 米国覇権の終わりの始まり
日経は2019年1月~3月で金需要が7%増加したと報道している。主要な買い手は各国の中央銀行で、最も多く購入したのはロシアの55.3トンであり、その後に中国やインドが続いている(日経:2019.5.9)。各国中央銀行は静かにドル決済からの離脱を伺っているのである。さらに日経5月19日付けのトップ記事は中国人民元の「国際決済システムが存在感を高めている」とし、「独自決済89ケ国・地域の865銀行に」及ぶと報道している。中国は、ロシアやトルコといった米の制裁国や「一帯一路」構想に参画する国々を取り込みながら着実にドル離れの構想を進めている。さらに極めつけは中国の米国債売却の脅しである。中国は1兆1205億ドル(2019.3末現在)にものぼる米国債の保有国であるが、1985年の日米間のプラザ合意を反面教師としてとらえている。もし、大量売却すればドルの大暴落は避けられない。貿易戦争どころの話ではなく、巨大金融最終兵器を保持しているといえる。中国は手持ちのカードを何重にも持っている。5月9日の環球時報は「米国は“鴻門宴”を開こうとしているが、中国に脅しをかけても 無駄だ」という社説を発表した。こうした中、自信の表れであろうか、同じ日経一面にファーウェイトップの任正非会長は「(クアルコムなど米企業が生産に不可欠な)半導体製品を売ってくれなければそれでいい。準備は以前から進めてある」(日経同上)と強気の発言をしている。
7 日本は身ぐるみ剥がされても米国に追従し続けるのか
5月下旬にトランプ大統領が国賓として来日することが決定しているが、共同声明を出さない方向で検討しているというのである。共同声明を出せば、必ず日米貿易交渉に触れざるを得ない。中国との貿易交渉では長期持久戦が避けられず敗北が濃厚になっており、EUとの交渉でも独・仏は聞き耳を持たずで、最も緊密な同盟国である英国からも袖にされ、何の成果も得られないトランプ政権としての最大の「顧客」は日本である。5月17日には「自動車や部品の輸入により米国の安全保障が脅かされている」とし、「車の対米輸出制限を求める大統領令を検討している」(ブルームバーグ)との報道もされている(共同:2019.5.19)。茂木大臣は同報道を口先で否定したが、何の根拠もない。EUのマルムストローム欧州委員は「WTO違反となる管理貿易は対象外だ」と即座に拒否の姿勢を明らかにしている。まともに交渉をするつもりがあるならば、即刻反論すべきである。
こうした動きにトヨタは焦りを強めている。トヨタ米法人は安全保障の脅威としたトランプ声明に対し「米国の消費者と労働者、自動車産業にとって大きな後退だ」と反論した。トヨタとしてはトランプ声明から「トヨタの米国への投資や従業員の貢献が評価されていないというメッセージを受け取った」(日経:2019.5.19)とする。さらに農業関係については、米国は自らで首を絞めて中国から全面的な禁輸措置を受けており、壊滅的な打撃を被りつつあり、「米国の農家は不利な状況に直面している」とし、日本では「公正な扱いを受けたい」(米農務長官:福井:2019.5.14)としており、全面開放必死の状況である。「参議院選挙後に貿易交渉をしたい、選挙後であればどのような要求も受け賜る」と米国にひれ伏す安倍政権であるが、トランプ政権としては、米中交渉が膠着する中、日本との交渉を何か月も先に引き延ばすことはできない。従順な従属国との共同声明など無駄である。相撲観戦とゴルフでお茶を濁す売国政権ここに極まれり。
【出典】 アサート No.498 2019年5月