【書評】「地球の掟」(EARTH IN THE BALANCE)

【書評】「地球の掟」(EARTH IN THE BALANCE)
          アル・ゴア著 小杉 隆訳 ダイヤモンド社 ¥2500

「EARTH IN THE BALANCE」というのが原名の著作。著者は、昨年秋のアメリカ大統領選挙でクリントンの副大統領となったアル・ゴア。

<アメリカの議員は政策立案者>
この本の著者は、学者ではない。ジャーナリストから弱冠38才で下院議員という経歴を持つ政治家そのもの。アメリカ上院の議員時代に書いたものである。はたして、日本の政治家にはこれほどの本を書くだけの、調査期間や力量があるのかなと思ってしまう。政治改革や政治家のあり方が問われている時期だけに、日本の政治家とアメリカのそれとの違いを感じたので、まず最初は、この違いについて触れておきたい。
日本の政治家、国会議員は野党、与党を問わず、団体の代表の性格が強く、団体と政府、地域と国の利害調整カが問われる。労働組合でも役員の行き着く先が議員というパターンもある。
しかし、アメリカの国会議員に最終的に問われるのは、議員立法を幾つ成立させるかどうかであるようだ。野党か与党か、民主、共和党を問わず如何に多くの理解者を作り、政策を磨くことが第一に問われる。
そのため、議員には調査費用やスタッフの費用も公費で保障される。ゴアも環境問題を自らの重要な政策課題として一貫して取り上げてきた経過の中で、「地球の掟」も書けたわけだ。

<地球環境危機への哲学>
構成は序章、終章を含めて17章。序章では、彼が環境問題に関わった経過、議会で環境問題を取り上げてもなかなか理解されなかったこと、息子の事故死に関わって、一層環境問題への理解が哲学的なレベルに至る道筋が語られる。まさに、人間ゴアが語っている。
「これは私の25年以上に及ぶ探求の旅の本である。この探求の旅は、地球規模の生態系が瀕している危機を理解し、どうしたら解決できるかを見いだすためだった。私は地球という惑星に起きている生態系破壊の現場を訪ね歩き、地球環境を守るために人生を賭けて関っている世界中の素晴らしい人々に巡り会った。・・・・・私にとって環境危機は政治的冒険に踏み出すべきかどうかという岐路に立たされる問題である。私は自分が冒険し過ぎているのではないかと立ち止まって考えるたびに、世界中から流れ込んでくる新しい事実を見つめ、まだまだ努力が不足していると再確認してきた。環境問題の重要性を考えれば、この問題を人気取りや派手な政治ゲームの駒として使うべきでないのは明白だ。私は今になって、環境危機にもっと早くから、もっと強力に、もっと効果的な解決策を提案し、その実現のために多くの政治的冒険を乗り超え、より多くの政治的批判に立ち向かうべきだったと深く後悔している」。この後悔が、この本を書かせたとゴアは語る。

<全地球的視野と新しい哲学>
潅がい工事によって水が干上がったアラル海で砂漠の船団を目撃し、アメリカで大気浄化法案が成立した年をさかいにした南極の氷河の変化を見つめ、温暖化のため1メートルにも薄くなった薄氷の北極海を潜水艦で調査し、ファーストフード(マクドナルド?)用の牛肉を生産するための牧草作りの犠牲となったアマゾンの熱帯雨林の破壊現場を歩き、アフリカでは象牙を取られたアフリカ象の屍体に遭遇し、がノブ海では死んだサンゴにであった。
こうした現実に出会いながら、ゴアは「そういう環境破壊の実態を一つひとつ考えることはもちろん必要だが、それを系統的に分類し、考え方や感情を整理し、バラエティにあふれた問題のどれにでも適切に対応できる統一した考え方を持つ必要がある」と言う。
戦争を例にして、局地的紛争、地域的戦闘、全地球的衛突を想定し、環境問題では、水質汚染、大気汚染などは本質的に局地的なもの、酸性雨、地下水脈、大量の石油流出などの汚染は地域的なものであり、真に地球環境の働きそのものには影響を与えない。しかし、全地球的な戦略上の驚異は、地球の生態系システムに影響を与えるものと規定する。
地球温暖化、CO2と他の温室効果ガスの濃度は、第二次大戦後25%も増加し、太陽からの熱量を一定に保つ地球大気の能力を狂わせる全地球的な驚異となっているのだ。
文明が特定の地域だけでなく、全地球的な環境に影響を与えるまで発展した事実に我々は直面している。しかし、我々はこの事実に抵抗している。地球の自然’シ女テムの脆弱性を信じようとせず、あいわらず無関心なままだ、と。
今世紀に入って、地球と人間との関係の物理的現実に二つの劇的な変化が生じた。人口爆発と科学技術革命。人類は、その出現以来、1945年に世界の人口が20億人に達するまで一万世代を要した。ところが、今や世界の人口は、10年毎に中国の全人口に匹敵する数、約11億人ずつ増えている。科学技術の急速な革命的進歩は、地球を構成する物質を燃やし、切り倒し、焼き尽くし、移動させ、変形させてきた。こうして、人間と地球の関係を一変させてしまった現実を理解しなければいけない。
第一に、地球を傷つける人間の能力が、全地球的規模であり、しかも永続的な影響を与えるところまで到達していることを認識すること。
第二に・・・重要なことは「環境に対する人間の影響」という観点に立つのではなく、むしろ「環境と人間の関係」を理解することである。地球環境問題の解決策を採るためには、人間と自然の関係についての慎重なアセスメント(影響評価)が必要となる。「やみくもな自然回帰論は、よい方法かもしれないが単細胞的な考えだ。本当の解決策は文明と地球との関係を再構築し、最終的にバランスさせることだと思う。・・・・地球との関係を改善するためには、もちろん新しい技術も必要だが、鍵になるのはその関係そのものに対する新しい哲学なのである。」

<地球環境版マーシャルプランの提唱>
このような哲学的とも言える原点を持って、ゴアは<地球環境版のマーシャルプラン>を提唱してる。地球規模での環境破壊が進み、政治の課題としての環境問題がクローズアップされつつある現時点においてこそ、世界親模の「環境保護を行動原理とする具体的活動」を実現する必要があると主張している。
「地球環境版マーシャルプランは、元のモデルとは比べものにならないほど広範囲で複雑な要素をもっている。このプランには大規模で長期にわたり慎重に組まれた発展途上国への経済援助、貧しい国の経済的発展を支える技術の設計と移転の努力、世界人口の抑制計画、環境に対する責任ある生活スタイルを推進するための先進国による結束が盛り込まれることになる。」と。
特にゴアが問題としているのは、先進国と発展途上国との関係である。化石燃料の利用による重化学工業の発展をすでに終えている先進国に対して、発展途上国はこれからがそうした「環境破壊を必然化する工業」への発展段階にある。昨年の地球サミットでも問題になったことであるが、環境破壊をしてきたものが、発展途上国には環境破壊をするなとは言えない。
ここに地球規模でも矛盾がある。先進国こそ、富と技術を途上国に保障する責任があるとゴアは主張する。マーシャルプランでは、資金はアメリカが負担した。しかし、地球環境版では先進国全体がこれを負担することが必要であり、そのためには先進国国内の制度や政策の変革が求められる。これは現状で既得権を得ている人々の反対を呼び起こすことになる。しかし、「人類の生存を保証するには、先進諸国、発展途上国のどちらにおいてもこの変革を起こさなければならない。それもあらゆる国に同時に義務を課す様な地球規模の協定を成立させる必要がある」と。
具体の協定を示しながら、それぞれのテーマにおけるアメリカの役割もゴアは明かにしている。まさに環境版アメリカ戦略とも言える。
ゴアは日本には厳しい意見を持っている。「日本は経済的には大国だが、世界の政治的なリーダーシップを振る責任を回避してきたし、そのような役割が求められていることにすら気がついていないようである」と。さらに、ヨーロッパも、統合に伴う問題の解決に時間を取られ、さらに東欧問題も抱え複雑な状況にある。そこでリーダーシップを取るのはアメリカしかないと言うわけだ。
この著書は、具体的な地球規模の環境問題の入門書としても豊富な内容を持っている。それに加えて、地球環境の哲学とも言える原点と具体的政策も提案されている。是非一読していただきたい本である。
(大阪・佐野秀夫)

【出典】 青年の旗 No.192 1993年11月15日

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