【投稿】ソ連邦の消滅、懸念と新たな希望
<連邦崩壊への「静かなクーデター」?>
去る8月の一部保守派による政権奪取劇は、結果的には喜劇的な一揆にしかすぎなかったが、これをゴルバチョフ氏からみれば、「暴力的クーデター」と言えよう。それに対して、今回は「静かなクーデター」であったと報じられている。スラブ3共和国首脳会議を前にエリツィン・ロシア共和国大統領はゴルバチョフ氏に対して、ウクライナの新連邦条約への参加説得を約束して出発したが、結果は連邦消滅を宣言する協定を作り上げた。しかも協定締結後、ゴルバチョフ大統領に連絡しないままエリツィン大統領がプッシュ米大統領に電話し、協定を説明したのである。
これに対してゴルバチョフ氏は「ソ連の大統領がいるのに、これは政治的野心そのもので、国益に反する」、「最近は倫理感のない政治家ばかりだ」と怒りを弊直に表明したのである。まったくの同感である。同氏にとっては一種のクーデターであった。
<「多大な貫献」への感謝>
しかし8月のクーデターと違って、客観的事態の推移はもはやとどめようがなかった。8人組に対しては多くの大衆が憤激し、戦車の前に立ちはだかり、民主主義の防衛のために立ち上がった。8人組は孤立し、逃げだした。しかもこの8人組はゴルバチョフ氏が信頼し、登用した者達であった。逆に今回の「独立国家共同体」は、ウクライナが完全独立を唱えている以上、これ以上の遠心分離機の加速を阻止するためには、やむをえざる、また当然な選択として旧ソ連邦構成の全共和国に及ほうとしている。
12月21日には、カザフ共和国の首都・アルマアタで、11共和国を創設メンバーとする「独立国家共同体」が設立され、残る1国、グルジア共和国もオブザーバーを派遣し、「今後加盟問題について検討、解決する」との立場を表明している。同会議は同時に、ゴルバチョフ連邦大統領に対して、「多大な貢献」への感謝を表明すると同時に、ソ連邦と連邦大統領機関の消滅を通知するメッセージを採択したのである。もはやここまで来れば、連邦を通じてなされてきた世界史的国際的な意義をもってきたベレストロイカはここに一段階を画したといえよう。
<「私の任務は終わった」>
ゴルバチョフ大統領は、12月12日の報道界代表との会談の中で事実上の辞意表明を行い、目をうるませ、声を震わせながら、「私は人生の主要な任務をすでに成し遂げた。もし他の人々が私の立場にいたら、もっと前に投げ出していただろう。しかし私は、誤りがなかったとは言わない、が、ベレストロイカの理想をなんとかやり遂げようとしてきた」と述べている。あくまでも連邦の維持を目指した彼の意図とは違った結果をもたらしたのは、これまでの積み重ねられてきた時代のなせるわざであろう。しかし社会主義を民主主義と結びつけ、グラスノスチ=情報公開を社会に定着させ、軍縮と人類的課題への国際的な一大転挨を、暴力や脅迫、支配や押し付け、利権やセクト的利害によってではなく、新思考路線という理性に基づいた説得と納得によってここまで押し進めてきたその努力と成果はかけがえのないものである。まさにこれは、ロシア革命をこのようにして導いてきたレーニンに匹敵するものであったといよう。
レーニンがその後、マルクスと共に神棚に祭り上げられ、ロシア革命の精神そのものまで踏みにじられてきたことを考えるならば、今後の事態の推移についてはゴルバチョフ氏自身が大きな危惧を抱くのは当然のことであろう。同じ会見の中で、氏は「この国家がパイのように切断されてしまうことを私は恐れる。現在、われわれがいずれ国家共同体を爆破してしまう遅発性の地雷を埋設しつつあるのではないかと、私は恐れる」と、述べている。この危惧には、いくつもの正当な根拠があると言えよう。
<正真正銘の強盗>
ロシア共和国では大統領令によって、この1月2日から価格自由化が実施される。牛乳、何種類かのパン、塩等の食料品、石油、燃料などには上限価格が設けられるが、それ以外は全て自由化される。エリツィン大統領は「生活水準の低下なしに改革をはたした国はない」と述べているが、これによって物価上昇率は20倍以上になろうという予測まで出ている。国内の物資供給者側は、当然のこととして価格が上がりきるまで物資を市場に出すのを控えようとしている。この大統領令が出された11月以来、価格の暴騰と物資隠匿はますます露骨となり、市民生活を直撃している。モスクワで食料よこせデモ、ハバロフスクで暖房ストップの抗議デモがすでに伝えられている。そして各共和国の経済政策の整合性が取れずに、経済戦争が起きる可能性が取りざたされ、様々なデマが広がり、内戦を含む社会不安が急速に広まっていることも事実であろう。
ルツコイ・ロシア共和国副大統領は、12月18日付け「独立新聞」インタビューの中で「ロシアに今あるのは民主主義ではなく、混沌と無政府状態だ」と述べ、価格自由化についても「私有化、土地・金融政策をセットにしない自由化など不可能」だとし、「改革を我々が議論している間にも状況はどん底へ向けてどんどん悪くなる」、「国民生活より権力闘争が心配だ」とまで述べている。また同氏は、アエラ12月24日号によると、「われわれは市場経済にではなく、無秩序な企業活動に移行したのだ。いや、これは企業活動ではなく、正真正銘の強盗だ、といいたい」、「われわれは価格の自由化を宣言する。ところが、そもそも国の価格政策がないのだから、価格の「自由化」は問祖になりえないのではないか」と断言している。
<「強い権力ヘのあこがれ」>
11月30日付けコムソモリスカヤ・プラウダ紙によると、ソ連軍参謀本部部長らが連名で「混乱と無法状態、汚職とギャング行為がまかり通り、経済は破壊され、民族主義勢力は共和国防衛隊創設を急いでいる。あすにも互いに戦闘を始めるだろう」と、内戦を替告し、「最後の抑止力である軍も崩壊しようとしている」、そのような中では軍が「政治化」していくのは当然であると指摘しているという。
サプチャク・サンタトペテルアルグ市長は、12月4日付けフイガロ紙に対して「私には軍事クーデターの可能性は排除しきれない。もう一度クーデターが起きれば、人民の支持を得ることになろう」と答えている。また復帰したシェワルナゼ対外関係相は12月5日付けソ連週刊紙の中で「生産が急激に落ち込み、生活条件は悪化し、物価上昇と超インフレが進行中」と指摘、「こうした状況の中では常に社会に「強い権力」へのあこがれが起きる」ものであり、「保守派のクーデターの恐れは増大し、ますます現実化している」と警告している。
こうした中での「独立国家共同体」の創設は、混乱と内戦を阻止し、核兵器の拡散を防止し、民主的改革を継続する上での一緒の希望の支えであると同時に、新たな不確定要因をも持ち込んだと言えよう。
<「建設的反対勢力」>
希望を現実に変えるには、あらゆる民主的な政治勢力を結集し、現実的で建設的なプログラムを提起し、それを大衆自身のものとする以外にはないであろう。この民主政治勢力の統合をめざす「民主改革運動」の第1回大会が、12月14日モスクワで開かれ、2000人の代議員の参加のもとで、翌15日に採択した政治声明では、「独立国家共同体」を支持すると共に、政治経済改革が具体的に充分に速やかに進んでいない事態を批判し、「伝統的な行政的・司令的・官僚的制度が政権に生ずるなら、建設的反対者の方向をとる」ことを明らかにした。共同議長には、ヤコプレフ・ソ連大統領特別顧問、シェワルナゼ対外関係相、経済学者シヤターリン氏、サプチヤク市長、市長辞任を表明したポポフ・モスクワ市長、ポリスキー・ソ連経済共同体共和国間経済委員らが選出され、「民主改革運動」の組織性格については、「全体主義体制から、市場経済を伴う社会的国家への移行を保障する総体的改革の実施に参加する政党、社会組織と個人の自由な統一体」という規定が採択された。92年の希望は、これらあらゆる民主勢力、建設的反対勢力の結集と奮闘、それとの国際的連帯にかかっているのではないだろうか。
(生駒 敬 92-12-21)
【出典】 青年の旗 No.172 1992年1月15日