【書籍紹介】『欧州通貨統合-マネーヘゲモニーの政治力学-』
藤井良広著 (日本経済新聞社、1991年12月、1,800円)
今年末を目標として単一市場完成を急ぐECを題材とする書物の出版が相次いでいる。その中で市場統合の次の課題となる通貨統合に焦点を当てた本書は、メージャー英首相、シュミット元西独首相をはじめ、書中に紹介されている分だけでも約20名にのぼる政治家、各国の中央銀行首脳、研究者などとの単独インタビューをもとに、欧州中央銀行システムの設立を経由し、単一欧州通貨への移行に至るECの経済・通貨同盟のプログラムの作成の内幕とその見通しについて、丹念な描写をしている。その場合、本書はこの統合への歩みの裏にあるEC諸国の思惑の相違、国家間の対立の側面を無視していない。むしろ、通貨統合が各国の利害の相克の中で進められていること、そのことが統合の具体的あり方に大きく陰を落としていることに目を向けている点で、本書には類書にない分析力の鋭さがみられる。
このことはとくに、通貨同盟が政治同盟と不可分であり、それが国家の存立基盤に直掻かかわるものであるだけに、欠かせない分析視点となる。
フランスの伝統的なドイツ取り込み(封じ込め)策が統合への動きの底流にあるのに対し、国家主権へのイギリスの固執、東西ドイツ統合以後のドイツの慎重論への傾斜など、欧州統合は各国当局者の間の職烈かつしたたかな攻防の中で進められている。しかも、EFTA諸国のECへの接近と旧ソ連・東欧諸国の動向は、この葛藤の舞台をさらに広いものとしつつある。本書は、ECを中心としてEFTAと東欧諸国を外周とする3つの同心円を構想するドイツ封じ込めのEC統合プランに対して、外のサークルの国々をEC内に引き込むことで中を薄めようとするイギリスの立場を紹介するとともに、その一方でソ連をも包含してアメーバー的に広がるマルク通貨圏拡充の動きが進んでいることをも指摘している。
本書はこのように通貨統合問題を導きの糸としつつ、ヨーロッパにおける国際関係の大きなうねりに肉薄する書といえよう。いうまでもなく、「三極体制」の一端を担うと自負する日本もまた、このうねりの外にあるわけではない。
(安喜博彦)
【出典】 青年の旗 No.173 1992年3月15日