青年の旗 1990年3月1日 第157・158号

青年の旗 1990年3月1日 第157・158号
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【選挙】 –第三九回衆議院総選挙の結果について–
                                  高い投票率に示された国民の選択
                                 日本の将来が語られない「知的空白」

第三九回衆議院議員総選挙の結果自民党は前回の当選議席三〇〇には及ばなかったもののいわゆる安定多数である二七一議席を大きく越える二八六議席(追加公認含む)を獲得、社会党は前回より五三議席増やし追加公認を含めると一三九議席という一九六〇年代の議席水準に回復し、その一方、公明、共産、民社各党は大幅に議席を減らした。

<極めて高かった投票率>
今回の総選挙に於て特徴的であったのは投票率が極めて高かったということである。各種の事前世論調査においては八割を越える人々が「投票する」と答え、
実際に七三・三%もの有権者が投票に参加した。このよう極めて選挙への関心が高かった背景には、第一に昨年夏の参議院選挙での与野党逆転を受けて既に参議院では与党自民党が小数派になっているという国会の状況の下で、衆議院という国政の主舞台で「一九五五
年の保守合同以来一貫して政権の担い手が自民党であったという状態に変化が起こるかもしれないという社会的な認識」の存在があげられる。昨年の参議院選挙における社会党の大勝と対称的な自民党の大敗北はこの国に於て自民党に替わる政権の誕生を可能ならしめ
る社会的な構造の大きな変化が生じていること、自民党一党による永年の政権の独占に対する批判と不満が大きく育ちつつあることを明らかにするものであった。この「今後の政権の担い手が替わるかもしれない」という社会的な意識が極めて高い投票率に(保守の側からも、またそうでない側からも)反映したといえる。
第二の背景は、日々の生活に係わる消費税、住宅・土地問題、社会保障の未来、農業の未来など自らの生活に係わる問題、しかも政治に依ってしか解決されない問題の存在を有権者が実感しており(これらに対する具体的な解決策は殆んどの政党からも提示されなかったにもかかわらず)この政治の現状を変えなければならないという意識が有権者の中に大きく形成されつつあることが高い投票率に反映したといえる。

<自民党安定多数確保と、社会党議席回復>
そしてこの高い投票率の結果が自民党による安定多数の確保と社会党の議席増、公明、共産、民社の減少であった。総選挙公示二週間前に行われた朝日新聞世論調査によれば「与野党の勢力伯仲を期待」が四八%で、「自民党の安定多数を期待」は二五%であった。政党支持率は昨年参議院選挙以降自民党は四〇%台後半でほぼ横ばいを続け、野党の支持率合計も四割台を維持し続け政党支持率でみる限りほぼ与野党にらみあいのこう着状態のまま総選挙は行われた。また結果からみれば社会党の議席増は単に前回の負け過ぎ(八五議席)の反動というだけではなく、いわゆる「追い風」が依然として残っていることを示すものであった。社会党は一三〇選挙区のうち七四選挙区でトップ当選、二人当選区(単独推薦含む)は十七誕生し特に公明、民社など「中道」政党が弱い東北・北海道では二人当選区が七誕生、前回五〇あった空白区も八に減っている。これらの事前の有権者の反応、及び社会党への「追い風」にも係わらず結果は「与野党伯仲」どころか自民党が楽に安定多数を越え(得票率では前回三〇〇議席を得たときよりも三.三ポイント減少しただけであり、これも無所属で立候補した中曽根、藤波両議員の分を加えれば減少は更に少しでしかなかったことになる)、社会党は他の野党の議席を得て躍進した(社会党の得票率は前回があまりにも少なすぎたこともあって七ポイント程増加しているが、他の野党の減少した得票率の総計・・・三・七ポイントと自民党の減少分が社会党の増加になっている)という状況である。
こうした結果になった背景には、第一に自民党に替わる政権の構想が野党の側から示されず、また候補者の数を見ただけで闘う前から自民党が過半数を割ることが起こり得ないと判断せざるを得ないような状況しか野党の側が作り出し得なかったということがあげられる。野党第一党たる社会党に得票が集中したように自民党一党による政権の独占に対し不満と批判を持っている民衆は多く存在しているが、では自民党政治に替わってどのような政治が目指されようとしているのか有権者には示されていなかったのである。一生涯かかっても住宅すら手にすることができなくなった都市近郊の勤労者、とにかく今のままの自民党農政の延長には日本農業の未来は見えないことを実感している農民、自民党・官僚・業界一体となった利権構造がリクルート疑惑に象徴される腐敗の温床であることを、自民党政治が持たざる者と持てる者の間に極めて大きな不公平をもたらすことを、自民党の政治家が中央から補助金や公共事業を取ってきてもそれだけではその地域の生活・そこに居住し働く人々の生活が良くなりはしないことを民衆は実感し始めている。民衆が閉息感を感じて変えたいと思っているこの自民党政治に替わる政治の構想・理念、どのような人々のためにどのような課題に対してどのような方向・視点から改革を進めようとしているのか(たとえ具体策まではいかないとしても)、そうしたことすら自民党に替わるものとして野党の側から統一して提起されることはなかった(自民党政治のどこを継承するかというような話だけはあったようだが)。「自民党一党による政権の独占に変化を生じさせられるかもしれない」という民衆の期待はこうして消耗させられた。逆に東欧・社会主義国の現状と照らし合わせた保守の側からの宣伝「自民党が政権を担当してきたからこそ経済成長できた」もあって、「政権構想も定まらない不安定な部分へ政権を移すより、まあ参議院は自民党少数なのだから、たとえ様々な不満はあっても今回は自民党の方がまだまし」と有権者が選択する状況が自民党の手と言うよりも野党の側に依って作り出されていたのである。第二の背景には、保守の側の総力をあげた防衛戦であったということがある。三〇〇億円といわれる企業献金(しかもその中には消費税導入-物品税廃止の成功報酬というべきような自動車業界・家電業界などからの献金も含まれている)、かつてない規模の企業ぐるみの選挙運動と動員に象徴されるように昨年の参議院議員選挙での自民大敗北によって保守陣営の中に生まれたかつてない危機感をバネに、自民党は争点を曖昧にしたまま東欧情勢をバックボーンとし自民党以外が政権を取った場合の不安感を保守陣営の中にかき立て、かつてなかったほどのカネのばらまき・利益誘導、企業ぐるみ選挙・しめつけを行ったのである。その結果が選挙に反映されたといえる。また、前回の総選挙以降のカネ余り、円高、株高などを背景としながら、自民党政府が進めた土地政策、資産家優遇政策によっていわゆる「持てる者」の層が一定広がると共にその持っている資産が拡大し、これらの中で潜在的に保守支持が強まる傾向が生じたこともある。昨年九月の日本の株主総数は延べ約二千八百二十万人でそのほとんどが個人資産家であり、この数は前回総選挙前の八五年九月より一千万人も増えている。更に、消費税が簡易課税、免税点などその欠陥故に利益を得ることができることをこの半年間で実感した業者が昨年の参議院選挙とは変わって自民党支持に回ったことも考えられる。大蔵省の試算では簡易課税、免税点などの優遇処置で最大約四千八百億円もの消費者から業者に支払われた消費税が国庫に納められないといわれており、いわばこの四千八百億円が業者の買収資金と言うべき役割を果たしたことになる。第三の背景は言うまでもなく公明、民社、共産の各党の議席減、特に民社党(十二減)、共産党(十減)の大幅な議席減がある。民社党の敗退はいわば自民党補完物というべきような曖昧な政治姿勢(特に消費税導人の際にみられた)にその原因を発している。共産党は前回より議席で十、得票数で七万人、得票率で0.八%減らした。共産党の敗因はなによりも労働戦線再編や消費税廃止の闘いなとに公然と分断を持ち込むセクト主義・統一戦線政策の不在にある。そして国内外で大きく動いている社会的な構造変化に対する無理解、この構造変化に照応し民衆の側から次々に出て来る要求を実現するための新しい形態と質を持った闘いの構築に向けた政策の不在にある(あまりに硬直したかれらの政策を見るにつけ、現在の日本国内に生じている問題、民衆が解決を要求している問題とその原因についての現状把握は支配政党よりも劣っているのではないかと思わざるを得ないことが多々ある)。「東欧問題」が最大の敗因であって、次が自民、民社、公明そして社会党の一部による「反共攻撃」などという根本的な問題に立ち入らない「総括」(二月十九日、常任幹部会)を繰り返しているようでは今日に至るも、この先に期待をよせる五二二万もの人々を裏切ることにしかならないであろう。

<憂慮すべき事態>
今回の衆議院選挙を顧みて今後の日本の政治を考える上で注意を払っておくべきことがある。それは自民党から共産党まで総じてこの激動する世界の中でどのような世界と円本の将来を考えるのか全くと言っていいほど語られなかったことである。冷戦時代終了後の安全保障政策、世界一の債権国・世界の金融市場を揺るがすジャパンマネーの供給国・世界第三位の軍事費大国日本の一挙手一投足が世界全体に与える影響について、またこの日本の民衆の日々の生活が世界中から輸入されるもの世界中へ輸出しているものなどに示されるように世界と深く係わりを持っていることは殆ど語られることがなかった。いわば新しい時代に照応した国内外政策は全く提案されなかったのである。与野党含めて国内的な課題にのみ(特に地元にどんな利益をもたらせるか一に終始し、更に困ったことには自民から共産まで「コメは一粒も輸入させない」に象徴されるように極めてナショナリステックな対外策しか提案していない。世界経済における相互依存性が極めて高くなりしかもこの国の動きが世界に大きく影響を与えざるを得ない程の経済力を持ちながら、世界に対して「ノー」と言うだけの政策しかないのでは世界の混乱要因にしかなれない。
もう一つの点はリクルート関係議員が与野党に関係なくほとんど当選したこと(但しその多くはさすがに得票を減らしてはいるが)、財界からの巨額の献金・カネ・利権・地元・圧力団体優先の利益誘導政治、個人の思想信条を歪めかねない企業ぐるみ選挙、一方でこれまた組合による組合員一人一人の思想信条を侵しかねないような特定政党支持のための機械的・一律の全組合員からの選挙支援資金徴収……英国の中立系紙インディペンデントはこれらの状況を「民主主義の根がこの国(日本)では浅く、選挙戟は知的空白の中で行われる」と評したそうである。この国の民主主義をより徹底させようとする勢力にとってこれは克服し変革していかねばならない重大な課題である。一方、民主主義破壊を進めてきた保守勢力にとってすら深刻な事態といえるであろう。冷戦構造の陰で「西側陣常の一員」と言っていさえいれば良かったのが、冷戦構造の終わりと共に、自らが同盟国と呼んでいた西側陣営と呼ばれる先進資本主義国からすら共通の民主主義のレベル(そのレベルがどの程度のものであるかは別として)にすら達していないと言われかねないからである。

<新しい傾向>
またこれからの民主主義陣営の闘いに於て積極的に評価しておくべきことも見られた。その一つは資本主義か社会主義かというような考え方ではくくりきれない新しい考え方、例えば、自民党一党支配の下での利益誘導政治による生産者サイド(あるいは企業の論理)対消費者サイドへあるいは人権、環境、福祉などを主題とする考え方)というような新しい対決軸が登場してきているのではないだろうか。その意味でこの国の政治を変えていく統一戦線のあり方、その運動について一層検討を加える必要がある。日本資本主義がどのような状況に至っており、それが民衆の状態にどのような変化を引き起こしているのか、特に八十年代の自民党政治の過程で持てる者と待たざる者に象徴される階層の分化がどのように進んできたのかを改めて検討し、戦略を再編する必要がある。
もう一つは社会党の選挙運動の中などで多くみられたように労働運動、労働組合運動と消費者運動・反原発運動などに代表される市民運動との新しい関わりのあり方が模索され実践されているということである。これは今日の日本の状況の中で制度政策の提案とその実現ということを掲げて連合が結成されたことに示されるように、労働運動、労働組合運動が経済的要求の実現のみにとどまらず、生産諸力の発展に照応した労働とそのありかた、労働者・民衆の生活全般、社会のあり方まで考え、提案し、闘い取って行かねばならない時代になっていることを示すものではないだろうか。

<今後の政局>
国会は衆議院解散前と同じく衆院では自民党が安定多数、参院では自民党が過半数割れという状況の下で続くこととなった。予算と条約、それに首相指名に付いては衆院の議決が優先し、法案に付いても参議院での否決後改めて衆議院で三分の二の多数で可決すれば成立する。しかし今の自民党の議席では三分の二に届かない。自民党以外の野党が結束していれば一本の法案も成立しえないという状態が少なくても五年間は続くわけである。参議院だけとはいえ消費税廃止法案の成立、被爆者援護法実の成立など、僅か半年間とはいえこの国会の状況が民主勢力の闘いにとって決して少なからぬ可能性と意義を持つものであることは実証されている。この機会を最大限活用し、この国の今までの政治のあり方を転換させ、民主主義を徹底させる新しい内容・形態・質を持った闘いの前進・拡大をこの国の社会の深部で進んでいる構造的な変化に照応しながら創り出していくべきであろう。
当面問題となるのは消費税である。政府・自民党は消費税は認められたと評価しているが、多くの民衆はそうは考えていない(総選挙直後NHKが行った「徹底討論・政治は変わるか」の中で実施された世論調査に依れば「自民党が過半数を大きく上回ったことで消費税が認められたと思う」人は二五%にすぎず、「認められたと思わない」人が七四%であった)。なにしろほとんどの自民党議員は消費税に対する見解を表明しないままに選挙戦を闘ったのである。参議院選挙では廃止を訴えた側が勝利し、半年後の衆議院選挙ではともかく「廃止するとは言わなかった」側が勝利したのである。すなわちもう一度元に戻って将来の日本をどのようにするのか、そのため税の収入、税の使い方はどうしていくのか、現状はどうなっているのか、どこからどう変えていくべきか改めて論議をすべき条件は存在しているし、またそうしなければならない。政府・自民党は改めて論議し直すことなどには当然応じる姿勢はみせないであろうが民衆の側はそうではない。改めてこの社会的な不公平・不公正を是正するための政策・運動が創り出されねばならないし、そのための闘いを開始しなければならない。
この闘いの場はどこか、それはなによりも連合をはじめとする労働組合、職場、地域でなければならない。民主勢力の側が日本の新しい状況、社会構造の大きな変化に照応した運動の建設を求められているように、保守勢力・支配階級もその支配を延命しより強固なものとするための戟線の再編に迫られている。その支配階級が買収の手を延ばそうとしているのが連合であり、また連合の一部幹部の中にはその誘いに呼応しようとする動きを見せる者がいることも事実である。しかしこの間の事実は連合はやはりその抱える八百万労働者の要求、考え方を(四千二百万人の労働者全体をも網羅しようとしているかどうカという点ではまだまだ弱いと言わざるを得ないだろうけれども、八百万というこの国の歴史上では最大数の働く人々の考え、要求、希望を)反映せざるを得ないということである。この連合の内外での闘い、連合を中心にして日本の労働運動を民主的に前進、拡大させるための闘いが重要であって、それが衆議院選挙後の九十年代の日本の政治のありように大きな影響を与えるものとなるであろう。

<投票行動の特徴>
第39回衆議院総選挙は、衆知のとおり、自民党安定多数・社会党議席増という結果に終わった。今回の総選挙における有権者の投票行動には以下のような特徴がみられる。
投票率-今回の総選挙は、表1から分かるように、86年、83年の総選挙よりも投票率が上昇している。このことは、有権者の政治への関心の高まり、主権者としての意識の高まりを示しているといえる。また、都道府県別で見ると、都市部よりも、東北・山陰・九州などの地方農村部の方が高くなっている。これは、コメ自由化に代表される農業政策への農民の関心の高さに起因するものといえるだろう。、
自民党得票率-自民党の得票率は、86年総選挙とほぼ同じであり、83年よりも上昇している。また、昨夏の参院比例区の得票率と比べると倍増している。しかし、参院比例区は、86年衆院同時選挙の時でも25・6%(衆院は37・9%一であり、衆院と参院を単純に比較することはできない。
野党得票率-社会党は83・86の時よりも、得票率をほぼ1・5倍上昇させている。一方、他の野党(公明・共産・民社等)は、得票率が落ちている。このことは、昨夏の参院選ほどではないが、早急に政治変革を求める声が依然強いことを示しているといえるだろう。
消費税-当選者数からみれば、「廃止より見直し」である。しかし、一貫して消費税導入に反対した社会党が得票率をのばし、導入に手を貸した公・民両党の得票率が落ちていることから、消費税に対する不満・批判は根強いことがうかがわれる。
「リクルート」候補-リクルート疑惑関連候補は残念ながら、一人(自民・高石)以外は全員当選した。しかし、しかしほとんどの候補が得票率を落としており、リクルート疑惑に対する国民の批判がなくなったわけではない。

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