【投稿】「イージス・アショア」配備計画の突然の中止を“奇貨”とし、東アジアの緊張緩和策へ

【投稿】「イージス・アショア」配備計画の突然の中止を“奇貨”とし、東アジアの緊張緩和策へ
                             福井 杉本達也

1 「イージス・アショア」配備計画の突然の中止の発表
6月15日、河野防衛大臣は、新型迎撃ミサイルシステム 「イージス・アショア」 の配備計画の停止を発表した。建造に約4500億円の巨費が見込まれ、 “日本全域を24時間365
日、切れ目なく防護する”という触れ込みだったが、なぜ、計画は突然中止されたのか。自民党の二階幹事長は、党の会合で 「国防の重要な問題を、これまで党と政府がともに進めてきたはずだが、一方的に発表されたことは、表現のしようがない」 と、不快感を示した。

2 配備計画の表向きの中止の理由
表向きの中止理由は、迎撃ミサイルを発射した際に切り離す「ブースター」と呼ばれる推進補助装置の人口密集地への落下の懸念である。「ブースター」は、「イージス・アショア」で運用される迎撃ミサイル「SM3ブロックⅡA」 を、発射直後、垂直に推進させる部品である。住民の理解を確実に得るため、防衛省は地元への説明と並行して、ソフトウエアの改修によって安全な落下を実現すべく、アメリカ側と調整を進めてきた。ところが演習場の複雑な地形を元に、より精緻なシミュレーションを行った結果、「100%、演習場内に落下できるとは言えないのではないか」という疑念が生まれた。防衛省は5月下旬になって、安全に落下させるという 地元への「約束」を守るためには、事実上、新しいものを作るのと同じレベルで、ミサイルそのものの改修が必要だと判断した。河野は12日に安倍と会談し、配備計画は中止せざるを得ない考えを伝えた(NHK特集記事 2020.6.24)というものである。「周辺住民の命に直結する問題」で巨大な防衛計画を中止したのであるから大変な“英断”であるとなるが、これは全くのフィクションに過ぎない。「住民の命」を大切にするなら、沖縄の辺野古基地計画も今すぐ撤回すべきであるし、日米地域協定も改定すべきである。しかし、そのような声は自民党やマスコミからも全くあがっていない。

3 「イージス・アショア」は米国による対ロ・対中ミサイル防衛(MD)システムの一部
政府の表向きの説明は北朝鮮からミサイルだが、それは配備計画を正当化するための虚言に過ぎない。ロシアのラブロフ外相は「米国がミサイル防衛(MD)システムを世界中に展開し、日本がそれに組込まれることはロシアの国益に関することだ」と指摘している(Sputnik:2018.4.2)。同じくSputnikの軍事政治分析局アレクサンドル・ミハイロフ局長は、「日本はロシア国境の直近に強力な軍事力を有する隣国だ。日本は北大西洋条約機構 (NATO)の加盟国ではないが、その重要な同盟国であると世界では認識されている。日本はNATOのグローバル・パートナーシップ・プログラムに入っており、巨大な在日米軍を公然と駐留させている。当然、これはロシアに懸念を引き起こす。」「日本へのMDシステム配備は日本を北朝鮮のミサイルから守るだけでなく、アジア太平洋地域でのロシアの 戦略核戦力を弱めることもできるためだ。」「イージス・アショアが用いるSM-3シリーズの迎撃ミサイルは地上からも艦上からも発射可能で、射程は700キロ。近い将来に『SM3ブロック2A』 に置き換えられ、射程は2,500キロに伸びる。そうなれば、ロシア極東地域は潜在的に『対象下』に置かれる。」(同上)とロシアは警戒感をあらわにしている。また、ガルージン駐日大使は「米国の弾道ミサイル防衛システム「イージス・アショア」は巡航ミサイルを装備可能であり、このことは中距離核戦力(INF)全廃条約に対する違反となる」と指摘していた(Sputnik:2018.3.16)。なおINF全廃条約は米が2019年2月に破棄を通告・8月2日に失効している。同条約は核弾頭を搭載できるかどうかにかかわらず射程500~5,500キロの地上配備型のミサイルの廃棄を求めたもので、1987年に米国と当時の旧ソ連の間で締結され、冷戦期の過熱した核軍拡競争に歯止めをかける転機となった。日本は配備計画当初からINF条約違反と知りつつ、米国の核軍拡戦略に加担していたことになる。こうした事実はマスコミ等でも一切報道されることはない。
一方、朴槿恵政権時代に「北朝鮮から韓国を守るため」と称して地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の韓国への配備は中国の反発を招き、「中国の戦略安全利益を著しく損ねる」(日経:2016.7.2)と猛反発され、韓国への経済制裁に繋がった。同時にロシア国防省も非難声明を出した(同上)。
INF条約は主に欧州正面の事態を念頭に置いて作られたものであり、その失効が今後の軍事情勢にいかなる影響を及ぼすかについても、これまでは、主に欧州を舞台に様々な議論が行われてきた。既に米国は2016年にルーマニアにトマホーク中距離巡航ミサイルの発射に使われうるMK-41ランチャーを配備、また、ポーランドでも2020年よりは、北部・スウプスク市において米軍による「イージス・アショア」の運用が始まっている。韓国へのTHAADの配備と日本への「イージス・アショア」の配備計画は、この欧州におけるロシア包囲網と連携しつつ、東アジアから対ロ・対中核包囲網の形成をめざすものであるが、2019年8月4日付けの中国・『環球時報』社説は「アメリカの中距離ミサイル配備を受け入れる国はすべて中国及び ロシアと直接的間接的な敵となるということであり、戦略的な自殺行為だ。」と日本及び韓国に警告している(参照:浅井基文訳:2019.8.5 「21世紀の日本と国際社会」)。

4 「イージス・アショア」は時代遅れの兵器
Sputnikによると「軍事アナリストであり、ロシア の防空博物館のヴィクトル・クヌート フ館長は、イージス・アショアは時代遅れの代物だと分析している。『イージス・アショアは、軍事開発業界ではすでに過去の防衛システムだ。世界は今、将来性のある超音速兵器技術の開発に積極的に取り組んでいる。イージス・アショアは(日本に配備された場合)北朝鮮の発射ミサイルは撃墜できるが、近くには中国もある。ところが中国の超音速ミサイルに対するイージス・アショアの効果はゼロで、そういった標的に命中できるとしたら、偶然の産物に過ぎない。その一方で中国は事実上、超音速兵器の製造の最終段階にある。日本の指導部は間違いなく、現代のこうした軍事開発の傾向を考慮し、米国のイージス・アショアに巨額の費用を投入しても全く役に立たないことを理解している。』(2020.6.25)と書いている。
さらに米国を震撼させたのは、トランプ大統領の承認により、シリアに化学兵器を使用したという濡れ衣を着せて、2018年4月に米英仏が海空からシリアの軍事および民間目標に対し巡航ミサイルや空対地ミサイル 105基を発射したものの、実際に命中していたのは22基を超えず、「かなりの数」はシリアの防空システムによって撃墜されてしまった。 しかも、シリア軍の装備は旧式のS-125とS-200だけであった。フメイミム基地のロシア軍は迎撃には加わらず、追尾情報を提供し、ECM(電子対抗手段)や近距離防空システムを使用し、防空システムの優秀さを証明してしまった。結果、米国の脅しにもかかわらずNATO加盟のトルコやインドまでもがロシアの最新鋭ミサイルシステムS-400を導入することとなった。また、2019年8月のイエメン・フーシ派によるサウジ・アブカイクの石油施設へのミサイル攻撃でも、石油施設防衛のため展開していたはずの米軍のミサイル防衛システムは全く機能せず、アブカイク施設は完全に機能をストップしてしまい、原油が急騰するなど世界を震撼させた(Moon of Alabama:2019.8.17  福井:8.18)。

5 配備中止を決定したのはトランプ政権
マスコミも自民党も野党も含め、あえて触れようとしないが、「イージス・アショア」配備計画の突然の中止を決定したのは安倍政権などの“末端”ではなく、宗主国のトランプ政権である。安倍首相が6月16日に「前提が違った。進めるわけにはいかない。」(日経:2020.6.17)と断定したことや、日経新聞が発表翌日16日、「安心できるミサイル防衛に」との見出しで、「いったんプロセスを停止するという判断はやむを得ない」とする“理解ある”社説を掲載したことからも伺える。言うがままに防衛装備品を爆買いしてきた安倍首相がトランプ政権の意向に逆らえるはずはない。
では、なぜ米国は突然の戦略転換を行ったのか。①「イージス・アショア」を時代遅れの代物と認めた、②対中・対ロ戦略上、何らかの妥協が必要となった、③「米国ファースト」のもと、東アジアからも米軍撤退の動きの一環(既にドイツにおいてはNATO米軍削減の動きが始まっている)などの組み合わせが考えられる。

6 米国に梯子を外され「敵基地攻撃能力」しか浮かばない政治の無能力
『敵基地攻撃』を英語では『preemptive strike』となる。『先制攻撃』である。6月25日、河野防衛相は外国特派員協会で「 日本は先制政撃について検討するのか」と聞かれた。「先制攻撃」は、もちろん憲法違反ではあるが、国際法に違反する行為である(日経:2020.7.8)。国際情勢に無知な自民党もマスコミも「イージス・アショア」計画の中止直後から「敵基地攻撃能力」という言葉を見出しに堂々と使い、なんとか「米国ファースト」の穴を埋めようとしてきた。しかし、国際的な目は厳しい。「先制攻撃との区別狙う」「敵基地攻撃」に代わる「新名称を模索」せざるを得なくなった(日経:同上)。
そもそも「米国ファースト」政策によって穴となる「矛」の役割を日本の「敵基地攻撃能力」で埋めようとする発想自体が、日本における政治の無能力・貧困を示している。「敵基地攻撃能力」の次には、またまた「独自核武装」が出てくるのだろう。
野党も野党でピントがぼけている。社会民主党の機関誌『社会新報』の「主張」は「行き詰まる安倍政権が政権の支持率浮上に最後の悪あがき、強行路織を持ち出してくる可能性もある。」(社会新報:2020.7.1)と書くのみで、具体的な東アジアの緊張緩和策には何も触れない。緊張緩和に触れなければ自民党の「敵基地攻撃」という“蛸壺”の深みにはまっていく。
再度、中国:『環球時報』社説の「戦略的な自殺行為」という脅しをかみしめる必要がある。社説は続けて、「中露と対立するということは、往年の欧州諸国とソ連・ワルシャワ条約との対立と比較するとき、日韓が受け入れることとなる総合的リスクははるかに大きくなるだろう」「中露のミサイルの狙い定めた集中的なターゲットとなるべきではない」と警告している東アジアの現実がある。米国が「米国ファースト」の下、アジアからの撤退を考える中、核超大国に「自衛反撃能力」と言おうが何と言おうが、「先制攻撃」を仕掛けて生き残れるはずはない。言葉の遊びにもならない。いたずらに自らの国際的孤立を深めるだけである。しかも「先制攻撃」では「パール・ハーバー」同様、国際社会で同情するものもいない。
『環球時報』は日韓への恫喝の文書の中で「日本と韓国は冷静さを保つべきである。両国の利益実現手段は今やアジアの強靱な発展に伴って多元化しており、両国にとってのアメリカはもはや他の方面からもたらされる利益を犠牲にするに足るだけの絶対的源泉ではない。両国は現在中露とおおむね良好な関係を保ち、経済協力は不断に拡大」していると助け船を出している。ロシアからの朝鮮半島を通過した石油やガスパイプラインの敷設・シベリア鉄道や中国「中欧班列」(重慶とドイツ・デュースブルク間の鉄道輸送網)への参加もあろう。円・元・ルーブル・ウオンの共同プール制もあるかもしれない。「日本と韓国は高度な冷静さ」を保つべきであり(浅井基文訳:同上)、「イージス・アショア」の中止という“奇貨”を利用して、東アジアにおいて、具体的な緊張緩和の政策を出していくべきである。

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