【投稿】「本当の懸念」の浮上--経済危機論(27)

<<二つの報道>>
現在のアメリカを象徴する二つの報道が、7月末、続けざまに大きく取り上げられた。一つは、「米GDP 32.9%減 過去最大・歴史的後退」という、7/30、米商務省が発表した、アメリカ経済急落の現実の深刻さである。
もう一つは、この現実に打ちのめさせられたのであろうか、トランプ大統領が同じ7/30のツィートで、11/3予定の大統領選について「(投票日を)遅らせたくはないが、選挙の不正は見たくない」と、選挙延期論を表明したことであった。支持率をどんどん低下させている自らの政権をなんとか延命させようとする、クーデターのにおいがふんぷんとするいかがわしいツィートである。
GDP急落は予想されていたこととはいえ、1~3月期5.0%減に比して、4~6月期32.9%減 まで急落した責任の大半が、パンデミック危機を見くびり、新型コロナウィルス感染拡大を放置、野放しにしてきたトランプ政権にあることは明瞭である。GDPの急落は、統計が存在する1947年以降、過去最大であり、2008年10-12月期のリーマンショック時の8.4%減の、実に4倍近い急落である。GDPの7割を占める個人消費は、

34.6%も減少しており、設備投資は27.0%減、輸出64.1%減、等々、トランプ氏が期待するV字回復の兆しなどどこにもない惨憺たる実態である。
これでも「予想よりもまだまし」と言われている。それは、一時、失業率の改善か、などと言われていた、失業保険給付申請件数が、7月に入って以降増大、悪化に転じており、実態はより以上に厳しいからである。それは、購買力衰退→需要喪失→投資機会の縮小→資本過剰→投機とマネーゲームという悪循環がいまだに放置されているからでもある。実体経済の悪化とは逆に株価が上昇するという、この悪循環は、規制されるどころか、中央銀行であるFRB自体が、ウォール街・金融資本に野放しに近くヘリコプターマネーを大量に提供しているからでもある。自由競争原理主義が金融資本主義と一体となって、実体経済を掘り崩し、経済危機をさらに深刻なものにさせているのである。

<<準備通貨・ドル崩落の懸念>>
しかし、こんな異常な状態はいつまでも続けられるものではない。野放しの金融資本主義がいよいよ放置できない事態を招きだしている、と、その推進の先頭に立ってきたウォール街の巨大資本自身が警告を出し始めたのである。「世界で最も影響力のある投資銀行」と言われるゴールドマンサックスが、7/28、ドルが世界の準備通貨としての地位を失う恐れがあるという大胆な警告を出し、ドルの支配を終わらせる可能性のある「衰退の恐れ」に言及し、「ゴールド(金)は最後の手段の通貨であり、特に現在のような政府が法定通貨を下落させ、実質金利を史上最低水準に押し上げている環境では」、「準備通貨としての米ドルの寿命に関する本当の懸念」が今日現在浮上してきている(ゴールドマンサックス・投資戦略担当ジェフリー・カリーらのレポート)と、警告を発したのである。事実、ドル崩落の懸念から、金の取引価格はこのところ連日、最高値を更新し続けている。
国際決済通貨・準備通貨としてのドルの圧倒的強さを背景に築いてきたアメリカ帝国の支配構造、やりたい放題の金融資本主義がいよいよ追い詰められてきたのだとも言えよう。
3年ごとに更新される国際決済銀行(BIS)のデータによると、ドルは現在すべての通貨取引の88%で使用されている。 国際通貨基金(IMF)のデータによると、ドルは世界の外貨準備の約62%を占めている。しかし、1970年代のピークには85%を超えていたものである。確実に変化してきているのである。
なによりもロシアと中国が、ドル支配から抜け出す、脱ドル化プロセスを着実に加速させてきており、今年、2020年の第1四半期には、両国間の貿易におけるドルのシェアが初めて50%を下回り、シェアは2018年の75%から46%に低下、非ドル貿易の54%は中国人民元(17%)、ユーロ(30%)、そしてロシアルーブル(7%)と確実にドル離れが進行している。わずか4年前、ドル紙幣は通貨決済の90%以上を占めていたことからすれば、急速な変化である。そしてロシアとユーロブロック間の貿易取引決済も、主たる決済通貨はドルではなく、主としてユーロで行われており、シェアは46%に達している。
さらに、中国の今年6月の銀行による外国為替取引全体の元建ての支払いと受け取りの割合が、2年前の19%から37%に増加し、ドルの使用量が70%から56%に減少している。中国はさらに、世界最大の石油輸入国であることから、価格決定者として行動するべく、石油購入カルテル形成をめざしており、イランとの貿易および経済関係においても脱ドル化を明確にしている。ドルの決済通貨・準備通貨としての役割が、いよいよ衰退する「本当の懸念」が現実化しだしたのである。世界の現実は急速に変化しており、すでに米国政治の指導的役割はトランプ政権の登場によって決定的に低下しているが、米国経済の成り行きいかんでは経済的にもドル支配が一挙に崩壊しかねない事態を迎えていると言えよう。
ゴールドマンサックスのアナリストたちは、こうした事態の背景にある「地政学的緊張の高まり、米国内の政治的および社会的不確実性の高まり、新型コロナウィルス関連感染の第2波を背景にしたインフレバイアス」を警告したのであるが、金融資本規制など事態を克服するニューディールについては、自らの否定的役割からしても、何も述べることができないでいる。
ヘリコプターマネーは、金融資本や1%の富裕層にではなく、彼らの独占支配を規制し、累進課税を復活させ、租税回避を許さないニューディール、実体経済の再建、99%の人々の生活再建、パンデミック危機に打ち克つセイフティネットの構築、社会的・公共的インフラを再建するニューディールにこそ使われなければならないのである。
(生駒 敬)

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