【投稿】新型コロナウイルス対策支援事業と非正規労働者
福井 杉本達也
1 新型コロナウイルス感染拡大による厳しい雇用情勢
新型コロナウイルスの感染拡大による厳しい雇用情勢が続いている。日経新聞によると、5月の緊急事態宣言解除後も企業は人員削減の手を緩めていない。特に非正規の雇用者数は6月に前年同月比100万人超の減少と、比較可能な2014年以降で最大の落ち込みとなった。6月の就業者数は前年に比べて77万人減の6670万人。リストラによる失業者は44万人と前年比19万人増えた。業種別では、宿泊・飲食サービス業、生活関連サービス・娯楽業などで就業者の落ち込みが大きい。休業者は236万人と高水準が続く(日経:2020.8.1)。失業者と求職活動をあきらめた層や短時間勤務でさら働きたい人などを含む「未活用労働力人口」はコロナ禍で123万人増の533万人となっている(日経:2020.8.12)。宿泊・飲食サービス業や生活関連サービス・娯楽業の落ち込みが大きいということは、特に女性労働者や非正規労働者への影響がより大きいことを意味する。
このため、労働時間短縮、休業、解雇・雇い⽌め等で収⼊が減少し、公的な経済⽀援を求める⼈が急増している。政府は2⽉下旬以降、⼀律10万円の特別定額給付⾦や、雇用調整助成金、持続化給付金、⼦育て世帯とひとり親世帯への臨時特別給付⾦、仕事を休む⼈向けのコロナ対応休業⽀援⾦、税や公共料⾦の⽀払猶予、無利⼦・無担保融資の拡充等、多⽅⾯にわたる経済⽀援を打ち出している。⾦額とカバーする範囲からみればEU諸国と遜⾊はない 。しかし、本⼈からの申請が給付の前提となっている。「制度はあるが、アクセスできない」という申請主義に固有の問題が発⽣する。「JILPT調査によれば、コロナ前の通常⽉に⽐べて直近(4⽉)の⽉収/売上⾼が⼤幅に減少した者の割合は、雇⽤者の15.5%、フリーラ ンスの36.6%に上っている。⾔い換えれば、雇⽤者の6⼈に1⼈、フリーランスの3⼈に1⼈は、『潜在的要⽀援層』となっている」「全国では『ハイリスクの要⽀援層』の⼈数規模は、220万⼈を超えるものと試算される。そのうち、雇⽤者数 が207万⼈(5,920万⼈ ×3.5%)、フリーランスが17万⼈(170万⼈ ×10%)となっている。」(周燕飛 JILPTリサーチアイ 第41回 「低い申請者割合にとどまるコロナ困窮者⽀援事業」2020.7.31)。
2 雇用調整助成金
雇用を維持して従業員に休業手当を支払う雇用調整助成金の特例措置が9月末に切れる。政府は、これを12月末まで延長する検討に入った。雇用調整助成金は通常8,330円だが、新型コロナウイルス対策特例措置として1万5千円に引き上げられている。中小企業の助成率は通常2/3だが、100%に、大企業は1/2が3/4に引き上げられている。雇用保険被保険者以外のアルバイトに支払った休業手当も助成の対象となる。休業者は6月時点で236万人いる。雇用調整助金の支給申請件数68万件、このうち57万件を支給決定し、7月末までに5851億円を支給している。今回の特例で特に注目に値するのは、雇用保険財政が財源であることから当然と考えられてきた雇用保険被保険者が対象という要件を撤廃して、「雇用保険被保険者でない労働者の休業も助成金の対象に含める」こととした点である。また、「休業支援金」として、新型コロナウイルスの影響によって休業になったにもかかわらず、企業から休業手当が支払われない労働者に対し、一般財源から繰入れるという形で、国が直接、給与の8割を補償する。ただし、大企業の労働者は対象外である。これまで生計維持型ではないとみなされ、雇用維持政策の対象から外されてきた非正規労働者をも対象に繰り込もうという動きである。実務的なハードルとしては、支給要件に「事業主の指示」で休業したという証明が必要なことである。労働者は「支給要件確認書」の事業主記入欄の「申請を行う労働者を事業主が命じて労働者記入欄1の期間に休業させましたか」という項目において、企業から「はい」のチェックをもらわなければならない。企業はこれを認めたくないのは”当然“であろう。もともと労働基準法上の休業手当の支払い義務があるということになり、それを払っていない時点で労働基準法違反ということだからである。むろん、企業がチェックを拒否すれば救済手段はある。また、大企業の非正規労働者でも、商業施設の閉鎖は会社の責任ではないとして休業手当を支給されないケースも多々ある。
しかし、雇用調整助成金は労使双方にメリットのある制度であり、うまく活用すれば、新型コロナによる影響を最小限にくい止めることができる。これまでは、不正防止のために社会保険労務士にも連帯責任が課される重い制度であったが、この連帯責任が解除され「使える制度」になりつつある。申請手続が煩雑と指摘されてきたが、記載事項が約5割削減され、添付書類も削減されるなど、申請書類の簡素化がなされている。飲食店や対人サービス業の中小零細企業は、申請に必須の賃金台帳や出勤簿も作成されていないなど、給付にたどり着くまでの障壁はなお大きいが、新制度の意味は大きい。雇用調整助成金は「使うことが当たり前」の制度となってきており、申請をしない雇用主の「言い訳」も難しくなってきている(参考:今野晴貴Yahooニュース 2020.5.31)。
雇用調整助成金は1974年末の雇用保険法への改正で雇用調整給付金として創設されたものである。当時、電機労連書記局員だった小林良暢氏は、法改正に、ゼンセン同盟は繊維不況対策として熱心に取組んできたが、当時の社会党は「解雇をし易くする」と反対していた。そこで、ゼンセン同盟の宇佐美会長、山田書記長、電機労連の竪山委員長、藁科書記長に、同じ民間だから分かってくれるだろうと法案成立への協力を頼み、社会党を法案賛成へ転換させて法案を成立させた。しかし、75年の法の施行時には、繊維産業は慢性不況で工場は閉鎖されてしまい、この新制度を使うことができたのは電機産業であった。75年には、全国でも6万事業所で⼀時帰休を実施、不況でも雇⽤を維持する⽇本モデルが完成したのである。また、この両産別の4⼈が、後の⺠間先⾏の労働戦線統⼀を導くことになる(小林良暢:「ポストコロナで新しい働き⽅が⾒えてくる」『現代の理論』23号 2020.8.1)と書いている。
3 小学校休業等支援金・持続化給付金のフリーランスへの適用拡大
3月から全国の小中高校を臨時休校としたことに伴い、厚生労働省は雇用助成金の枠組みの中で、急きょ「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金」を創設した。そこに、フリーランスも同じなのに、対象にならないのはおかしいという議論の中で、フリーランス就業者のための休業補償として「新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応支援金」も創設されることとなった。しかも、1日当たり金額も、雇用労働者との比較してから7500円(定額)、1万5000円(上限))となった。
一方、経済産業省所管の持続化給付金は、新型コロナウイルス感染症の影響により売上が前年同月比で50%以上減少している事業者に対し、法人は200万円、個人事業者は100万円給付する。フリーランス就業者は確定申告の際、事業所得ではなく給与所得や雑所得として申告することが多い。当初、持続化給付金は事業所得での申告者のみが対象とされてきたが、6月29日からはフリーランスも適用対象となった。ただし、事業継続の意思があるかどうかが給付要件となるため、収入がなくなり、やむを得ず夫などの扶養家族となった場合には適用されない。国民健康保険保険者証で確認を行うので、新型コロナウイルスの影響で収入がゼロとなり、夫の健康保険組合等の扶養家族となると給付金は受給できない。相談事例では旅行社と契約するバスガイド11名中4名が扶養家族として受給資格外となった。
また、元々、事業所得で申告していた外交員(いわゆる「生保レディー」など、保険の対面販売を禁止されほとんど新規契約ができない)はフリーランスではなく、事業者としての受給が可能である。どこで、バスガイドと外交員の取扱いを分けられたかであるが、国税庁の源泉徴収の取扱いで「No2792:源泉徴収が必要な報酬・料金等の範囲」として「ニ プロ野球選手、プロサッカーの選手、プロテニスの選手、モデルや外交員などに支払う報酬・料金」と定められ、プロ野球選手と横並びで「外交員」が定められている。これは、おそらく、外交員を「個人事業者」として正社員と切り離したかった保険業界の国税への圧力が働いているのであろう。国税からは「事業者」ではなく労働者と判断されるフリーランスのような就業形態の者が、労働法や社会保険の適用上は労働者ではないと判断されるなど、法の狭間に多くの非正規労働者が排除されている。
雇用調整助成金が導入された1970年代は、四人家族の家計の中核的働き手である男子正社員の雇用を維持することが大前提であったが、1990年代以降、家計維持型の主婦パートやアルバイト等非正規労働者層が増大した。2008年のリーマンショック時には、「年越し派遣村」に代表されるように、非正規労働者が雇用保険の対象とならないことが批判の的となった。今回は、雇用保険制度の根幹を大きく変えるものではないが、新型コロナウイルスの緊急事態の対策として雇用調整助成金の財源として要件緩和が行われた。また、国債を財源とした持続化給付金もまた、8月6日までに、294万件:3兆8,320億円を支出し、さらに9,150億円を10兆円の予備費の中から追加支給することとした。もちろん、多くは中小零細企業向けであるが、その一部は非正規労働者に対する保護の拡大に使われる。「雇用類似の働き方」に対する政策が、先行実施されている事態である。こうした政策を通じ、収入が突然蒸発したバスガイドや保険外交員等々が持続化給付金を、70歳を超えた“夜の街”の「スナックのママ」が従業員のために雇用調整助成金などの申請をスマホを駆使して「自力」で行っている。労働戦線統一後30年を経過し、正社員を中心として組織する労働組合がこうした緊急事態における制度の変更を、今後の政策にどうつなげていけるのか、それとも「自力」にまかせるのか、その真価が問われている。(参考:濱野桂一郎『hamachanブログ』)